露日♀妄想。露様と義兄・兄上と妹・露様の暴挙・日本vs.ロシアの続きで兄上vs.妹です。
ロシアの部下の一人に車を運転させて、日本とロシアは車に乗り込んだ。
なんてことない顔で隣同士座っている二人だが、日本の外套のゆったりとした袖の下にはロシアから取り上げた短銃が潜んでいて突きつけられている。
「私は銃の扱いに慣れてませんので、おかしな真似をしたらうっかり撃ってしまうかもしれませんから、注意してくださいね」
と淡々と言われたらこくこくとうなずくしかないだろう。
部下は恐ろしくて背後を確認できなかった。
よく事故を起こさなかったものだと思う…。
そうしてたどり着いたのは何の変哲もないマンションだった。
ロシアが部屋の鍵を開けるのを待つのももどかしく、日本は巨体を押しのけるようにして部屋の中に駆け込んだ。
先ほどまでロシアの出方を見張って片時も警戒を解かなかったのに、背後から撃たれる心配も放り出すとは、
よほど妹のことを心配していたのだろう。日本は見た目の無感情とは裏腹にとても愛情豊かなひとだから。
「無事ですか!」
「兄上!?」
小さな奥さんは目を丸くして立ち上がった。
小さな身体を紺色の外套が包み込んだ。
ぎゅうと抱き締められて、今まで兄にそんな行動に出られたことがない妹は驚いて頬を染めた。
傍目には兄妹の感動の再会だ。
ロシアは部屋の中に入れず、玄関先で兄妹の様子をじっと見詰めていた。
いやだ…いやだ…僕の奥さんがいなくなっちゃうなんていやだ…、
ロシアの背後からついてきていた部下はふとロシアの手元を見て顔を引きつらせた。
掌に握り締められたステンレス製の鍵が真っ二つに折れていた。
「ああ…よかった…!よく顔を見せてください、殴られてませんか?ひどいことをされませんでしたか!?」
「仰ることはよく分かりませんが…ロシアさんはとてもよくしてくださってますよ…?」
日本は妹の頬に手を添えて上を向かせる。妹はきょとんと返事を返している。
ロシアは玄関に飾られていた飾り壷を無意識に手に取っていた。
仕事でどんなに嫌なことをしても、帰ったら何も問わずに笑顔で迎えてくれる小さな奥さん。
今更いなくなるなんて考えられない。
この暖かい場所を取り上げようとする者は全力で排除しなくちゃいけない。
これで日本君の頭をカチ割れば―――
ざくろのように赤く割れた日本の頭の向こうに見える妻の表情を想像してロシアの全身がすぅっと冷えていく。
目の前で兄の頭が割られるのを見たら僕の奥さんはどうするだろう…。
僕を怖がって離れていこうとするの?
そうしたら僕はあんなに小さな手をねじりあげて、「好き」って言うまで痛くして、君を閉じ込めなくちゃいけなくなる…
あんまり力を入れたら、壊れちゃうかもしれないけど、仕方ないよね…、
ロシアは壷を手にふらふらと二人の日本の元に歩み寄っていった。
「こんな結婚を許可した覚えはありません!」
「え…?」
「帰りますよ!…何です?」
妹の手を引いて連れ帰ろうとした日本は、妹の思わぬ抵抗を受けて眉をひそめた。
「いくら兄上の言うことでも、それは聞けません」
―――!?
日本は今まで自分に逆らったことのない妹の抵抗に驚き、ロシアは壷を半分振り上げた状態のまま固まった。
「お前はだまされたんですよ!?」
「ですが…結婚したなら婚家のため夫のために尽くせと教えられました。ですから私はここに残ります」
日本は正面を向いて妹をまじまじと見つめた。
「正気ですか…!?」
「…ごめんなさい…」
黒い頭を俯けて表情は伺えない。ただ声が震えている。
日本は怒りにかあっと顔を赤く染めたが何とか振り上げようとする腕を止めた。
「…勝手になさい。もう日本の家には帰ってこなくて結構です」
そのままくるりときびすを返す。
すぐ背後に迫っていたロシアに一瞬「妹をよろしく」と視線を投げたように思えたのは、きっと気のせいだ。
ズカズカと部屋から出て行く日本のことは部下が追いかけていった。
ロシアはまだ信じられなくて目の前で顔を俯けている小さな奥さんを見た。
ぐしぐしと割烹着の袖で顔をぬぐい、顔をあげて初めてロシアに気がついたように微笑んだ。
「おかえりなさい、だんな様」
当たり前の顔をして迎えてくれるけど、今、この娘は温かい家族を捨てて僕を選んだ。
温かくて誠実な腕を捨てさせたのは僕だ。
歓喜がじわじわと這い上り、凍った手足を溶かしていく。
僕のことも、僕の仕事のことも何も知らなくて、ただ目の前にいる僕のことだけを見て、全てを捨ててついてきてくれる。
日本君はついに僕を裏切ったけれど。
これは僕だけのものだ。たとえ世界中が敵になっても―――
>>番外編 その後の日本君とアメリカさん