露日♀妄想が続いてます。
確実に苦労することが分かってる結婚を日本君が許可するはずがない…という疑問をこねくり回しているうちに話が大きくなってきました。
カラン、と氷が鳴った。
頬を撫でる外気は混濁していた意識を浮上させた。
薄暗い店内に流れるのはチェロの旋律。
目の前には芳醇な香りを漂わせる琥珀色の液体。
それをボンヤリと見つめ、一気に煽った。
「そんな飲み方では、せっかくの高い酒がもったいないですよ」
許可をとらずに隣の席につく気配がする。
だらしなくカウンターに預けていた頭の向きをごろりと変え見上げると。
ピンと伸びた背筋の先の、冷静な黒い瞳にぶつかる。
そこには思ったとおりの人が座っていた。
「いいんだよ…酔いたいんだ。僕、ふられちゃったんだから優しくしてよ」
ロシアはすねたように唇を尖らせたが、日本は甘やかしてはくれなかった。
無表情を崩すことなくピシャリと言った。
「何言ってるんですか、自分から離れていくように仕向けておいて、不幸に酔ってるんじゃありません」
いつもながら日本の舌鋒はロシアに対して容赦がない。
傷ついてる相手にまでそれはひどいんじゃないかな?
これがあの若造だったら君は優しく慰めるんだろう。
からんでやる、とたくらむどす黒いオーラに気付かないはずはないのに日本は席を立たない。
ロシアが指で合図するとバーテンダーは慣れた様子で薄緑色の液体に満たされたグラスを日本の前に滑らせた。
む。と一瞬眉根を寄せて、日本の指がグラスをつかむ。
どうやら付き合ってくれるらしい。
それから20分後―――
「だいたいあなたの女性関係はどうかと思いますよ」
いつまでたっても慣れない洋酒で真っ赤になった顔で日本が言った。
「好いてくれる相手にはわざと嫌われるようなマネをして…成就することを避けているようです。あれでは相手の女性が可哀想です」
「あとくされのない相手を選んでるからいいんだよ。相手だって分かってるよ」
「分かってませんよ!身体だけの関係なんて相手に失礼ですっ」
普段感情や思考を表に出さない日本だが、アルコールが入ると面白いように枷が外れヒートアップしていく。
はっきり言ってこういうことで日本に意見する資格はないと思うが。
「だってさ、…一人は寒いもの」
寂しげな表情を浮かべてみせると日本はふっと口を噤んだ。
弱みを見せられると躊躇してしまう日本はお人よしだ。
そんなんだからつけこまれて、厄介な相手にばかり懐かれるんだよ。
「心に触れるつもりがないのなら誰彼かまわず手を出すのはやめなさい」
先ほどより柔らかい声で、むなしくなるだけですよ、とぼそりと言い添えた。
おや、とロシアは日本を見やった。
この一言は恋愛事情がお寒い日本にしては真実を含んでいる。
そもそも男の責任とは…と続けるのを聞き流しながら、これに愛されたら幸せだろうなあ…とぼんやりと日本を眺めた。
口下手だけど一途で誠実で、一度決めたら何があっても守る。婚約を破棄されて罵られてもだ。
いつまでも一人の相手に心を残したまま。
そういうのって惚れられる相手としては本望なんじゃないかな。
「君が女の子だったらなあ…、どんな手を使ってでも抱いたのに」
ぼそりと呟くと、日本はものすごく嫌な顔をしてわずかに身を引いた。
「大体あなたは女性の純潔をどのように考えているのですか!」
ガミガミと続く説教はうっとうしいけど嫌じゃない。
僕がどんなにひどいことをしても君は僕を見捨てないから。
本当にお人よしだ。
「大事に守ってきて、この人になら捧げてもいいと思う相手にですねぇっ…」
酒だけでなく顔を赤くした日本をロシアは冷めた目で見た。
日本はを女心をもてあそぶなと怒るけど、女の方だってロシアの容姿や金に寄ってくるんだからお互い様だ。
(…日本君は女の子に夢見すぎだよ…)
でもそういうことを本気で言うところも嫌いじゃない。
日本自身は純潔は結婚して一生添い遂げる相手に捧げるものだ、と明言している(重い、重いよ日本君…!)
かつて婚約までいった相手はいたが結局かなわず未婚。だから、つまりそういうことだ。
このネタでからかうと烈火のごとく怒って面白いんだけど、こういうカードはもっと効果的な局面で切りたいのでしまっておく。
「ねえ…結婚ってそんなにいいもの?たかが紙一枚の契約じゃないか」
私も経験はありませんがいいものですよ、と日本は根拠なく言い切った。
「だって家族になるんですよ。一時の恋情が過ぎた後にも、確かな絆で結ばれるんですよ。
多少のケンカぐらいでは揺るがず、帰宅すると必ずそこに待っていてくれる家族がいる。
それはきっと冬の陽だまりのような幸福だろうと思うんです」
ロシアは家族を知らない。ロシアにとって家族とは力づくで集めてきたものだった。
一つ屋根の下にいても、皆びくついた表情でロシアを伺うだけで、人数が増えれば増えるほど寒さが身に沁みた。
日本が言うような、陽だまりのような温かさを感じたことはなかった。
「…そんなにいいものなら、してみようかなあ…」
「はあ!?」
日本は素っ頓狂な声を上げた。
…そんなに驚くようなことだろうか。
いいものだって言ったのは日本なのに。
「そりゃ相手はよりどりみどりでしょうけど…」
想像がつきません…酔いも吹っ飛んだ、呆然とした表情で日本が呟く。
日本が保障してくれることならロシアは信用する、だって日本は絶対に嘘をつかない。
「君、確か妹がいたよね」
「は!?うちの妹ですか…?まだまだ至らない娘ですので…」
反射的に断りの文句を探す日本の手を握り締めた。
本当に困っているくせにロシアを振り払おうとはしない日本はお人よしだ。
だからどんなにガミガミ叱られてもロシアは日本が好きだった。
>>兄上と妹