露日♀妄想。露様と義兄・兄上と妹の続きで露様の暴挙編です。
兄も妹も“日本”なのでややこしいです(汗)
それにしても露様が日本君を好きすぎる…
少女はくるくると忙しく動き回って鍋の仕度をしていた。
土鍋の蓋を持ち上げるとほわんと湯気が立つ。
野菜は切り揃え、差し入れのカニは鍋に投入するばかりになっている。
「―――よし、完璧」
頭の中でシミュレーションして一人ふわりと微笑んだ。
もうすぐこの家に、ロシアがやってくる。
カラカラカラ
「ただいま帰りました」
引き戸を開ける音に続き、兄の怒鳴らずともよく通る声が響き、少女はあわてて玄関に向かった。
「おかえりなさい兄上。…いらっしゃいませ、ロシアさん」
「こんばんわ」
鴨居をくぐって(よく額をぶつけているけど今日は大丈夫だった)ぬぼーっとした大男は笑顔を見せた。
それだけで、綺麗な顔が一気に人懐こい印象に変わる。
大柄で着膨れた姿はクマを連想させた。
しかし二人の間は初めから和やかだったわけではない。
何せロシアは日本にとって仇の一人だった。
兄は詳しく話さないが、背中の傷は恥だという兄の背中に残された銃創は彼がつけたのだという。
逃げるときにつけられた傷ではない。手を出さないという誓いを破った彼に背後から撃たれたという傷は、
満身創痍だった兄の傷の中で大きなものではなかったけれど、兄の精神をぽっきりと折り、日本は“戦争”をやめた。
本当は怖かったのだけど、兄が平気で談笑しているから、私も怖がっていてはいけないと勇気を出したのだ。
会ってみればロシアは紳士的で、警戒していた少女は拍子抜けしてしまったのだけど。
「今夜は寄せ鍋です。何か嫌いなものはありますか?」
「ううん、日本が作るものはみんなおいしいもの」
楽しみだな、と綺麗な顔に笑いかけられて、気恥ずかしくてうつむいてしまった。
ロシアから妹との縁談を持ちかけられてから、日本は何度かロシアを食事に招いていた。
最初誘われたときは驚いたが、日本なりに人柄のよしあしをチェックしろということなのだろう。
日本が背広を着替える間、居間に二人残されることにも慣れた。
日本の妹だという時点で人柄については心配してないけど、少女はちっちゃくて、くるくるとよく働き、伝統的な人形のように可愛らしい。
やがて日本が着物に着替えて戻ってきた。
少女が用意した鍋は文句の付けどころなくおいしく、日本もロシアも酒を酌み交わしながらご満悦だった。
日本がロシアのコップに酒をついでいく横で、小さな手が忙しく動き、ロシアにおかずを取り分け、鍋に野菜を投入していく。
少女が何度目か台所に何か取りに行くために立ち上がったとき、ロシアは首をかしげた。
「君もここにきて一緒に食べようよ」
「あ…でも」
「そうですね、気がつきませんでした。こちらはもういいですから」
だってさっきから全然食べてない。
少女はわずかに躊躇したようだったが、日本に言われてロシアの横にちょこんと座った。
「優しいんですね、ありがとうございます」
頬を桜色に染めて感謝の言葉を告げられる。
そんなことを言われたことはない。ロシアは戸惑った。釣られて頬が赤くなる。
女の子の相手は慣れていたはずなのに、この空間ではどうにも調子を狂わされてしまう。
そんな二人の様子を見て日本はうんうんと一人うなずいていた。
「今日は秘蔵の大吟醸を出しますよぅ!」
もう出来上がってしまったのか、日本はぱあっと擬音が聞こえそうなほど顔を輝かせ、まだ封を切っていない一升瓶を取り出した。
「兄上、それとっておきのお酒じゃ…」
「今日飲まずにいつ飲むとゆーのですかっさぁロシアさん盃を受けてください!」
どこからともなく漆塗りの盃を取り出し、ロシアの手に押し付けて酒を注いだ。
その盃は特別なときだけ使われるもので、特別なときとは、祝言とか、義兄弟の誓いを結ぶとき。
つまり日本は少なからずロシアとそういう縁を結ぶつもりがあるということだ。
それに込められた意味を知らずに描かれた菊が素晴らしいと感心しているロシアの横で、少女は頬を染めた。
目の前で上機嫌の日本が盃を手に笑っている。
日本の妹はやわらかく微笑んで、いそいそとつまみを用意したりとかいがいしい。
ロシアは落ち着かずもぞもぞと尻を動かした。
分かってるのかな、僕は昔この屋敷を土足で踏み荒らして略奪していった男なんだよ?
憎まれたいわけはないけど、手放しで感謝されたり許容されたりすると、どうしたらいいか分からなくなる。
すっかり酔っ払って上機嫌でしゃべる日本を置いて少女はお茶を入れるために台所に立った。
やがて日本は眠ってしまった。
自分の家だからだろうか、コタツに突っ伏して無防備に眠る日本を眺めながら、ロシアは泣き笑いの表情を浮かべた。
どうして君はそうなのかな…今まで何度も失望させてるのに…。
「ダメだよ…そんなに僕を信用しちゃ…」
普段は貝のように固い口が酒であたたまって緩んだのだろう。
アメリカも妹を望んでいたが断ってよかったと、言うつもりはなかったであろう事実を漏らしたのだ。
それを聴いた瞬間、ロシアはすぅっと全身の血が引く心地がした。
眠る日本のこめかみにかかる髪をそっと掬い上げた。
本当はずっと欲しかった。
でも誰かの部下になるような男じゃないと思っていた。
そんな日本をアメリカは徒党を組んで叩き潰して抱き込んだ。
殺されかけた相手に手当てを受けて恩義を感じなければならないなんて矛盾してる!
けれど理屈に合わない人生哲学を信奉する日本は最後の一人になってもアメリカに忠義を尽くすだろう。
このうえ妹まで―――日本から全て奪って自分のものにしてしまおうというのか。
…ダメだよ。
こっちの日本は僕がもらうよ。
「あら、どうされました?」
ふらりと台所に入ってきたロシアを見て、お茶の支度をしていた少女は目を瞬かせた。
「日本君、寝ちゃったんだよ」
「まあとんだ失礼を…。退屈させてしまいましたね、申し訳ありません」
謝っているにもかかわらず、くすくすっと少女は嬉しそうに笑った。
「なぁに?」
「兄があんなに上機嫌なのは久しぶりです。ロシアさんのおかげです」
―――ああ、どうしてこの兄妹はこうなんだろう!
「ねぇにほん…僕の家に来てくれる?」
「え…それって…」
プロポーズですか!?少女は目を見開いて頬をかっと染めた。
きゅうと少女の手を包み込む厚い掌は小さな手を潰さないように、逃がさないように優しく。
いつもほのぼのと笑みを湛えている顔は答えを待ってすがりつくように頼りなかった。
少女はこくりとうなずいた。
「ああ…よかった!それじゃ今行こうすぐ行こう!」
「えっ?あのっ?そんな…今すぐですか!?」
「大切にするよ」
「でもっ兄に挨拶しないとっ…!?」
ふわっと抱き上げた身体は羽根のように軽く、小さな身体を抱き込んだロシアの心も羽根のように軽くなった。
「いいんだよ、もう日本君との話はついてるんだ」
「そうなんですか…?」
とっさについた嘘に、少女は不審を抱いたようだったが、大人しくロシアの腕の中に納まった。
翼が生えた靴を履いているように軽い足取りでロシアは日本の屋敷を抜け出した。
人一人腕に抱えているとはとても思えないほど。
その顔に浮かぶのは泣き笑いの表情。
日本が忘れてもロシアは忘れない、ロシアが日本にしたひどい裏切りを。
どんなにひどいことをしても日本はロシアを見限らなかった。
けれど日本の手に一つだけ残った大切なものを略奪していったロシアを今度こそ日本は許さないだろう。
もう、許してくれないよね…と悲しみと奇妙な解放感がない交ぜになってロシアを駆り立てた。
>>日本vs.ロシア