注意
日本姫化が加速。えこひいきも甚だしいですがネタですので本気にとらないでください。
ハッピーエンドとはいかないまでも日本の安定航行を目指しました。
もはやファンタジーです。ありえないこんな都合のいい話…(ぼそ)
ありえない露日で未来予想図の続きである非武装中立シミュレーション・前の続きです。
■非武装中立シミュレーション・後 相変わらず自宅にて静養中の日本の元にギリシャがやってきた。いつもネコのようにのこのこと歩いてくる国は、幾分歩調が早かった。 「おやギリシャさん、いらっしゃ…」 い―――!? 「よかった、生きてる…」 ぎゅうううう〜、ギリシャの日焼けした腕が日本を包み込む。近すぎる接触にはいつまでたっても慣れない日本だが、ギリシャの表情を見ると引き剥がせなくなってしまった。大きな身体を丸めたギリシャは日本の無事を確認して心底ホッとしたようで、つまりそれだけ心配していたのだろう。 (今回の事変はヨーロッパにはどう伝えられているのでしょうか…) と若干不安になった。ヨーロッパの国々は皆反応が過剰なのではないだろうか。 「大げさですね、大したことありませんよ」 「大げさじゃありやせんぜ、そうやって水に流そうとするのはどうかと思いますがねえ」 ぽんぽんとギリシャの肩に手をやった日本に話しかけたのはギリシャではなかった。 「…トルコさんも。お見舞いに来てくださったんですか」 「ああ、そのままで結構です。足腰をやられたって聞いてますから」 立ち上がろうとした日本をトルコは手で制した。もう片方の手でギリシャを剥がす。 そして持ってきたぬいぐるみを日本に渡した。トルコにぬいぐるみ。似合わないことこのうえないが、そのぬいぐるみは嫌になるほど見覚えがあるものだった。 「それ、お見舞い…」 ギリシャがぼそりと呟いた。 「急いでたから、家にあった奴…、カワイイです…」 「それをてめーが放り出して走ってくから、オレ様が回収してやったんじゃねーか、感謝しろよ」 「…………アリガト、ゴザイマス」 不本意を隠しもしない表情で、不承不承ギリシャは礼を述べた(日本語で)。ま、いいけどよ。トルコは肩をすくめて、日本の布団を挟んでギリシャと反対側に腰を下ろした。 「一緒に来たんですか?」 珍しいですね、と言外に匂わせれば、ギリシャとトルコは顔を見合わせた。 「ウチからは、直行便がない…」 「不本意だがね。今回は緊急事態だ」 トルコからの直行便に同乗してきたらしい。隣同士で仲良くするのはいいことですね、と日本が微笑む。コイツと仲良しなんて冗談ではない…と双方思ったが、日本が喜んでいるならば仕方ないとギリシャとトルコは揉めることはしなかった。今回は怪我の見舞いが目的なのだから、仲裁をさせたりして負担をかけてはいけない。 ギリシャのお見舞いの巨大シナティちゃんに身体を預けて脳天にあごを乗せると、腰痛がいくらかラクになる。お客様の前で失礼します、と断って姿勢を崩した日本の周囲にトルコが大量のお見舞いを積み上げた。 「ありがとうございます」 日本は嬉しそうに微笑んだ。何かしてやると日本はいつも申し訳なさそうな顔をするが、今日は素直に嬉しそうな顔をした。そのほうがいいと思う。本当に、目の前の小柄な国が滅ぼされてしまわなくて良かった。トルコは仮面の下で表情を緩ませた。 「本当に…」 日本がぐるりと部屋の中を見回した。 「私は果報者ですね。お見舞いに埋もれてしまいそうです」 うず高く積まれた見舞いの品はそれだけ多くの国に好かれているということを示していた。日本は自分自身を過小評価するが、素晴らしい先端技術を持ち、おごらず、謙虚で、親切で人当たりの柔らかい国は世界中で愛されていた。援助を行っても見返りというものを要求しない日本に機会があれば恩を返したい国はいっぱいいる。大国なのに軍事力を伴わない平和愛好国でもあるなんて稀有な存在だ。それなのに、あの国は――― 「日本は武器を持ってないのに攻撃するなんて…、中国、許せない…」 日本の顔のばんそうこうに手を添えてギリシャが静かな怒りをにじませた。いつも携えている長物の柄を握り締め(…もしかして武器なのでしょうか?)中国への敵意を隠しもしないギリシャに日本はあわてる。 「あ、あのギリシャさん、いいんですよ」 「…何が」 ギリシャはムッとして日本を見た。 「私のために怒って下ってありがとうございます。ですがもともと中国さんとの仲は悪くないのでしょう?トルコさんも、中国さんとは長い付き合いですよね?それに私は中国さんを追い詰めるつもりはないです」 「だって日本…」 「―――昔、私が中国さんにしたことでもありますから」 「…日本。」 中国や韓国との不幸な過去は確かに存在しているのだろうが、当事者がどう思っているかは知らないが遠くの国から見れば、日本はこの100年いつも謝って低姿勢で、もう十分に謝意を尽くしてきたと思うのだ。しかも100年間責め続けてきた中国や韓国に対して、日本は侵攻を責めようとしていない。 「ガキが。あんまり日本さんを困らせるもんじゃねェや」 焦れるギリシャの言いたいことはトルコにも分かる。だがそれ以上に日本が困っているのは見過ごせない。 「制裁回避についてはどうかと思いますがね。それが日本さんのやり方だってェんなら、何も言いやせんが…」 「はあ…ご心配かけます」 困ったことが起きても平気な顔で、一人で抱え込もうとする日本はつれない。どんな苦境も一人で何とかしてしまう有能さで、たやすく恩を返させてはくれない国だ。だからこそ、何かせずにはいられないのだ。 ■ わざわざ起きなくていいとギリシャとトルコは見送りを固辞した。日本は失礼して胸に抱えたシナティちゃんの右腕を手で持って振りつつ見送った。一人になると、シナティちゃんと向かい合ってしみじみと観察する。 (かっかわいくない…) あの愛らしい●ティちゃんが口一つでこうも変わるとは!ギリシャはお気に入りの宝物を見舞いに持ってきてくれたようなのだが。それにこれはよりによって中国が日本のキャラクターをパクって作ったキャラクターだ。否応もなく中国のことを思い出さずにはいられなかった。 (まあぬいぐるみに罪はありませんし…) 眺めていると、四千歳にもなって大きなぬいぐるみにじゃれ付く中国の無邪気な笑顔ばかりが思い出された。兄ではない…が、お前は弟ある!と告げて繰り出されるおせっかいは鬱陶しくも嬉しいものだった。たびたび過去の罪が蒸し返されることはあったが、笑顔を見せ、互恵関係を築いていたから、怒りはポーズだけで、うまくやっていると思っていた。 (…ようやく許していただけたと思っていたのは、驕りだったのでしょうか…) ぬいぐるみを背後から抱えてぼすん、と脳天にあごを乗せた。中国は日本に攻められたときどんな気持ちだったのか…どんな気持ちで執拗に責め続けるのか…攻められてみれば分かるかと思ったが、やはり理解できなかった。日本は中国を憎むことなどできない。いや、きっと誰のことであれ真実憎むことなどできないのだ。どうして中国は日本を攻めたのだろう。日本が中国を犠牲にしても生き残ろうとしたように、中国には中国にしか見えない世界があって(私の眼には意気軒昂に見えていたけれど)その中では追い詰められていたのかもしれない。ならば責めることはできない。 ■ ■ ■ 「イギリスさんですね?」 トントン、と説明し終えた書類をまとめて揃えていたイギリスは「何がだ」と胡乱な目を向けた。 「EUの方々に私の被害を大げさに伝えたのでしょう?」 イギリスはフンと鼻を鳴らした。 「俺は事実をありのままに伝えただけだ。中国と韓国が無抵抗の日本を挟撃して首都に攻め入って刀を突きつけて威した挙句、頭部出血させられた日本は自宅で療養中だってな」 「頭部出血って…」 これのことですか?と日本は呆れたように顔のばんそうこうを撫でた。床に蹴り倒されたときに畳にこすれてできたかすり傷だ。頭部に出血なんて聞いたら、真っ白な包帯をぐるぐる巻きにして絶対安静で寝ている重篤患者を想像してしまうだろう。妙に深刻だったスイスやギリシャの反応も納得だ。 「女性じゃないんですから、顔に傷ぐらい、騒ぐほどのことでは…」 「騒ぐほどのことなんだよ!いい加減にしろ!」 イギリスの機嫌が一気に下降した。揃えた書類を乱暴に押し付けてきた。 「制裁はやらないにしても抗議ぐらいしろ!ここで侵攻を許して悪しき慣習を作れば他の国だって迷惑なんだ!…べっ別にお前のことを心配してるわけじゃなくてだな!」 「はあ…」 相変わらず素直じゃない…と指摘すれば意地になるので日本はぼんやりとした返事で流して、押し付けられた訴訟用の書類を困ったように見つめた。 「こんなおせっかいこれっきりだからな!自分の身は自分で守れよ!?」 と言いながらイギリスは日本に甘いのだ。今日も、制裁をしないなら訴えとけと、裁判に不慣れな日本のために資料持参で説明(説得?)しにきてくれていた。悪しき慣習を作って台湾や東南アジアの皆さんに迷惑をかけるのはまずい。気は進まなかったが、日本はイギリスの忠告を容れて中国を訴えることにした。それにしても…と不思議そうに日本はイギリスを見た。 「…イギリスさんは、どうしてこんなによくしてくださるんですか?」 確かにイギリスにとって日本は主要貿易国だが、今では中国との取引のほうが多いはずだ。あまり日本に肩入れすれば、中国との商売に障害を生じかねない。だからアメリカは(日本に制裁動議の提出を勧めても)自分が表立って中国に不利益を与えようとはしない。それに比べてイギリスは(自惚れでなければ)過剰なほどに日本に心を砕いているように見えた。もはや同盟国ではない、ヨーロッパから遠く離れた極東の出来事など放っておいてもよさそうなものだが。 イギリスはばつが悪そうに目を逸らした。 「…心配して…悪いか!同盟国じゃなくたって、俺はお前のっとっとととともだちだからな!」 イギリスは耳まで真っ赤になった。まるで愛の告白でもするような様子に、日本にまで赤面が感染ってしまう。 「はあ…ありがとうございます…」 二人で赤くなって床に目線を落とす。やがてイギリスがぽつりと言った。 「このままどんどん削られたら消えちまうぞ…?」 日本の頬に手を添わせる。大事な陶器のカップでも扱うような手つきでそっと撫でた。 「そんなんだから対馬まで取られて…お前、またちょっと痩せたんじゃないか?」 優しい手つきにはむずがゆさを覚える。イギリスにつらそうな顔をされると、日本の心は痛んだ。他国からそしられること、強請られることには慣れていても、純粋に心配されるのには慣れていない。特にイギリスの正直な瞳はまっすぐな感情をぶつけてくる。居心地の悪さを覚えて日本はイギリスのごつごつした手を避けて身じろいだ。 「非武装だとおっしゃいますが、私の国にも一応自衛のための力はあるんですよ?」 「そんなこと言ったって、今回もろくに動かなかったらしいじゃないか」 役立たずだな、と唇を歪めるイギリスに、日本は微かに眉をひそめた。 「それは…私の意向でもありますから。彼らは優秀です。しかし私は二度とお国のためにと命を捨てて欲しくはないのです」 人的被害は皆無ではなかったが、国民が死ななくてよかった、と微笑む日本にイギリスはジリジリと焦れた。そんな態度では国民の生命は守れても、国は、日本自身は消えてしまうじゃないか! 「お前の国民はお前を守ろうとしないのか?お前はそれでいいのか?」 「いいんです。私は愛されてはいけないのです。自己愛のために他国の皆さんに迷惑をかけてしまうのなら―――」 自国に対する愛は他国への搾取につながる。武器を持っていれば、他国を傷つけてしまうかもしれない。一方的に悪と決め付けられ、刀を取り上げられた現実を受け入れるために、日本は特異なロジックを作り上げた。それは過去を責め続けることをアイデンティティの拠りどころとしてきた隣国によってさらに強化された。 「故郷を愛する心は誰でも持っているものですが、それは故郷の山だったり、近所の人だったりというささやかな共同体に由来するもので、国という大きな概念から生まれたものではありません。ナショナリズムなど壮大なフィクションではありませんか。ありもしないもののために命を落とすなんて愚かなことです…」 日本はものの見事に自分自身を否定してみせた。国民に愛されない国は悲しい。日本の国民は日本を愛していないのだろうか。日本は…自分を愛さなくてもいいから生きてくれと願うほどに国民を愛しているのに。 「誰のことも傷つけたくないってお題目はご立派だがな。敵を傷つけることまでためらうつもりか?」 もどかしくて詰問すれば、日本は彼には珍しい強い口調で反問してきた。 「敵とは誰のことです?中国さんのことですか?中国さんは私の敵ではありません。敵というのは作られるものですよ。どうしてあなたがたは、わざわざ敵を作りたがるのです」 「てめっ…いいかげん認めろよ…!」 今回の侵攻だけではない。日米同盟解消以来中国は少しずつ、少しずつ日本を削り取って反対に自分を肥やしていた。訴えるなりして国際的に行動を起こせばいいのに、日本はごくごく私的な抗議にとどめ、中国の行動を見て見ぬふりをした。過去の罪を引きずった遠慮なのかもしれないが度が過ぎる。そこまでされてもなお敵ではないと言い張るのだ。ことは領土問題に留まらず、内政干渉、貿易不平等、日本国内における犯罪など多岐にわたった。日本は何をされても黙って耐えてきた。傍で見ているイギリスのほうが耐えかねて、何度中国を殴ってやろうかと思ったか知れない。しかしそれは出来ない、する資格がない。思い返すとぐわっと心の中に燃え上がるものがある。 「―――やっぱりお前のためじゃない!俺のためだ!」 イギリスは揃えられた書類を大きな音を立てて平手で叩いた。 中国が目に余る行動を続けていれば、いつか殴ってしまうかもしれない。イギリスが中国を殴れば重大な国際上の問題を引き起こす(最悪戦争ということだ)。今ここである程度叩いておかなければ、ほとぼりが冷めた頃にまた攻めてくる可能性もある。俺に中国を殴らせるなよ…と昔の極悪面が出掛かり、あわてて引っ込めた。 イギリスは歯痒くてならない。自衛力はあるというが、日本にそれを使う気がないのなら持っていても仕方がない。日本の敵は中国や韓国だけではない、今回はたまたま味方に回ったがロシアも油断ならないとイギリスは思っている。かつての日本はとても強かった。その強さでイギリスの背後を守り、果てはイギリスを負かしてしまうほどに強くなった。今は刀を手放しているが、本気を出せばすぐに元の強さを取り戻す(その上今の日本は資金も潤沢にある)。彼を守ってくれる同盟国がいなくなった以上、いつまでものんきに構えているわけにはいかないはずだ。どこの国とも軍事同盟を結ばないというのなら、武装して自分の身は自分で守るしかない。日本がどんなに嫌がっても、それ以外の道はないのだ。 「お前のとこの警備体制は一週間しかもたない仕様なんだって?今まではそれでもよかっただろうが、もうアメリカは来ないんだぞ?また攻められたらどうする気だ!そうそう都合よく他国が助けてくれるわけじゃないだろう」 「…そうなったら、仕方ありませんね」 まるで他人事のようにうそぶく日本を見てイギリスの中で何かが切れた。相手が怪我人であることも忘れ、のしかかり肩を激しく揺さぶった。 「仕方ないだと…!?もっと自分を大切にしろ…!」 「そのぐらいにしておくのである。日本はもうお前の同盟国ではないのである」 肩を強くつかまれて、あまりの痛みにイギリスは揺さぶる手を止めた。振り返ると、スイスが逆光を背負って立っていた。 「だけどこいつが…!」 「吾輩も意見したが、その頑固者は一度決めたらてこでも動かん」 スイスは肩をすくめた。スイスの目線の先では、うつむいた日本が着崩れた寝巻の襟を直している。 「吾輩は日本と話がある。用が済んだのなら帰るのである」 無表情ながら強い口調でスイスに促され、トンと肩を押されてイギリスはフラフラと部屋の外に出た。 ■ 日本の状況は八方ふさがりに見えるのに、日本は涼しい顔をしている。イギリスでは相談相手にもならないということだろうか。悶々と考えて、ぼーっと廊下に立っていると「邪魔ですよ、おどきなさい」と高飛車な言葉をかけられた。顔を上げるとオーストリアが目の前に立っていた。狭い廊下をふさいでいたのであわてて端によると、どうも、と澄ました顔で礼を述べ、日本の部屋に入っていった。 (日本にスイスにオーストリア…何だ、このメンツ…?) スイスはともかく、上品な顔をして高飛車な貴族と日本が一緒にいるところが思い浮かばない。(日本も上品で典雅なふるまいをするが、オーストリアのように他人を畏まらせるような嫌味はない) 頭の中を疑問符でいっぱいにしながらイギリスは日本宅をあとにした。 ■ スイスとオーストリアはイスとテーブルがある洋間に通された。しばらく待っていると、いつもの和服に着替えた日本が入ってきた。杖をつき、歩き方はゆっくりだが自力で歩けるほどには回復しているようだ。 「今回は災難でしたね、お元気になったようで何よりです」 「ありがとうございます。スイスさんや皆さんが助けてくださったおかげです」 「…回復が早いのは、有事の際に国民が暴動の一つも起こさず粛々と助け合うからだろう。このような国民の落ち着きは他国にはないのである」 紅茶を飲みながら和やかに話は始まった。 マイペースなオーストリアや日本では中々本題に移らない。あまり時を置かず、スイスは単刀直入に切り出した。 「―――それでこの前の話であるが。日本が中立国になるというのなら我々は歓迎するのである。しかし日本はまだ条件を満たしていないのである」 アメリカとの同盟を解消してから周囲が騒がしくなった日本はかねてよりスイスに中立化の相談を持ちかけていた。具体化する前に中国に侵攻されたのだが、優柔不断な日本も本気で話を進めることになり、今日は中立国の先輩であるスイスやオーストリアに話を聞こうと集まってもらったのだった。(本来ならば日本がヨーロッパに出向くところだが、復興中ということで勘弁してもらった) 何か条件があっただろうか…と日本は不安げに首をかしげた。 「中立国に武装は不可欠なのである!体調が回復したら我が国で特訓を施すのである!」 「ああ…、やはり武装しなければダメでしょうか…」 ずいと身を乗り出したスイスの肩をぽこ、と丸めた書類で叩いてオーストリアが軽くいなした。 「スイスの意見だけでは偏りがあり過ぎるので私も。きっとご相談に乗れると思いますよ?」 日本はぎょっとしたが、殺気を放つスイスをオーストリアは歯牙にもかけない。オーストリアがスイスを無視して書類をテーブルの上に広げる横で、噛みつきかけたスイスは怒っても無駄だと思ったのか(お二人はいつもこうなのでしょうか…?)矛を収めて話し出した。 「中立とは簡単に言えば吾輩が世界の脅威にならん代わりに吾輩の安全を守れと世界に要求することである。世界は中立国に対してその権利を守る義務を持つ。皆が中立の思想を持てば世界は平和であるのだが…」 「しかし貴方が思っているほど美しいものではないかもしれません」 オーストリアの言葉にスイスがち、余計なことを…とでも言いたそうな不機嫌な表情を浮かべた。 「貴方は交戦権を放棄し、非武装宣言をしていますから、ある意味中立宣言しているようなものですね。協力はしても、アメリカのために戦うことはしないのでしょう?」 日本は思わずうつむいた。もののふの系譜を受け継ぐ者として、戦いもせずに一方的に守ってもらうということは(たとえその他の事柄で貢献していようとも)恥ずべきことだった。 「責めているわけではありませんよ。国防のやり方は様々です。傭兵に頼っている国もありますからね」 話題を戻しますが…とオーストリアは優雅な所作でカップを傾け、紅茶で口を湿した。 「中立を宣言しただけで攻めも攻められもしないですむなら素晴らしいことですが、実際に中立を宣言している国が少ないのは、相応のデメリットがあるからです。例えば、平時からあらゆる同盟・機構に参加することは禁じられています。公平を保たなければなりませんから。このため、気をつけていないと孤立してしまいます。また、友邦が攻められていても表立って助けることはできません。武器の供与・販売すら禁じられています。スウェーデンなどそれで中立をやめましたからね」 「最大のデメリットは有事の際に他国から助けてもらえる保証はないということでしょうか。特に貴方は丸腰ですから。世界は中立国を守る義務を持つといっても罰則があるわけではありません。周辺国の良心といういささか心もとないもの拠っているわけです。保証を得ることはできませんから、周辺国に見捨てられれば頼れるものは自分の力しかありません」 スイスやオーストリアが中立を宣言する一方で武装をやめないのは、結局周辺国を信用しきれないということでもある。国には国民や国民の財産を守る義務がある。低い可能性にかけて武器を手放すのは国民に対して無責任だ―――というのがスイスやオーストリアの判断だった。 「世界には非武装中立を謳う国もないわけではありませんが―――」 「ナンセンスである。日本は攻める価値もないからと放置されている小国とは違うのである」 スイスはフンと鼻を鳴らして日本を見た。 「瑞々しい果汁を垂らした果実が柵も見張りも立てずに実っている状態で盗みに入るなと言うのは難しいのである。ましてアジアはヨーロッパに比べて貧富の差が大きい、日本に盗みに入れば一発逆転できると考える者がいても無理はないのである」 むっと眉根を寄せた日本を見て、アジアを侮辱するわけではないが…とスイスはフォローを入れた。 「我々とは状況が違うのである。ヨーロッパでは政治や経済、背景にある思想が似通っていて行動が予測しやすく、周辺国の牽制も効きやすい。また万一攻められて負けてしまっても陸続きの他国に逃げて再起を図ることもできる、しかし日本は攻められたら逃げ場がないのである。しかも中国、ロシア、アメリカに囲まれているなど最悪である…!」 「私どもは中立国同士で隣り合っていますから、片方が攻められたら義勇兵を募って助けることになるでしょうね。中立思想の危機ともなれば」 期待していますよ、とオーストリアが肩に置いた手をスイスは嫌そうに避けた。貴様…吾輩の助けを当てにしているであろう…と不機嫌ににらみつける。当然じゃありませんか、貴方の利益にもなるのですから、とオーストリアはすまし顔。どうやらあまり仲はよろしくないらしい。 「私どもにできるアドバイスとしては、瑞々しい果実をそのままにしておいたほうが利益になるならば周辺国はそれを守るだろうということです。…中立ともなれば、今までのように自国にこもっているわけには参りませんよ?孤立を防ぐためには国際貢献をしなければ」 「分かっています。…お恥ずかしいことです。上司は頼りになりませんで、中々警備隊の改組は進みませんが、民間レベルではもう動き出してます」 「ほう…、警備隊を改革するのであるか。強大な武器を持たせ、有事に備えて判断の自由を増やすのであるか?」 「いえ、私は戦争を放棄してますから…。そうではなくて災害・人道支援部隊を強化するつもりです。こちらはまだしばらくかかりそうですが。草の根では人材育成などの国際交流も始まっているんですよ。好意を持ってもらえれば、攻められにくいでしょう?」 オーストリアが優雅に微笑んだ。 「孤立を防ぐためではなく、好意を持ってもらうための攻めの国際交流というわけですか。それも大変結構。中立を保持するためには、各国と仲良くしておかなければ。まあ、その点は貴方に関しては心配ないでしょう。この人など四方八方に牙を剥くから、自分で自分を守るしかなくなるのです」 「…やかましい」 どうでもいいが、ちくちくとスイスへの皮肉を忘れないオーストリアも平和主義者とは思いにくい。永世中立国には反骨精神というか、警戒心というか、周囲への攻撃を忘れない気質があるのだろうか。 「実のところ中立とは、いざ世界のどこかで戦争が起こったとき自分と関係ない戦争には関与しないという冷徹なものです。それよりも、貴方には、支え支えられ…という関係のほうが向いているかもしれませんね」 そうなのですか?と日本は首をかしげた。中立という思想が優しい理想だけでできているわけではないことは分かっているが、中立国の代表選手といえるスイスは日本に対して様々な忠告をしてくれるし、今回も親切だった。 「スイスさんは真っ先に駆けつけてくださいましたが…?」 「このハリネズミさんすら動かす力があるのですから尚のこと、誰とでも仲良くできるという才能を生かすべきでしょう」 ハリネズミ…と揶揄されてスイスはぶすくれた。確かに日本にはお節介を焼いてしまう傾向にあるかも知れない、しかしそれは日本があまりに不甲斐ないのが気になるだけであって、仲良くしているつもりはない。日本はスイスを攻撃しないから、スイスも攻撃しないだけである。 誰とでも仲良くできる日本だが、残念ながら例外はある。中国・韓国との仲は若干の不安材料ではあるが(実際に非武装非同盟状態の日本は侵攻された)。しかし今回の事変でオーストリアは感心したことがあった。 「貴方は中立宣言するまでもなく、中国に攻められたとき周辺国が駆けつけましたね。第二次大戦の後、中立国が侵攻されたことはありませんが、あのようになることを想定しています。実際にそうなるかは世界に必要とされているかどうかにかかっていますが」 今のまま世界中の国と良好な関係がキープできるなら、特に中立宣言をしなくても平気そうだが。日本と特別な関係を結びたがっている国は案外多いのでどちらかというと虫除けの意味が強いのかもしれない。 「世界中と仲良く…か。まあ(吾輩には理解できんが)お前ならやり遂げてしまうのかもしれんな」 「貴方ならできると思っていますよ」 スイスもオーストリアも何だかんだで日本を評価していた。 「大方のことはお話しましたかね…。全ての意見を聞いて選ぶのは貴方です」 「ご親切にありがとうございます」 親切というばかりでもありませんよ、とオーストリアは苦笑した。 「中立国の我々は貴方がどのような路線を取ろうと関与しませんが、貴方のような優秀な国が特定の国に吸収されて、その国がアメリカのように超大国になるといささか困るのですよ」 超大国として気ままに力を振るっていたアメリカは、日本と袂を別ってから動きにくそうにしている。自分の利益のために世界の平和を願う中立国としては是非この状態を保って欲しいのだ。 ■ ■ ■ できるだけ穏便に目立たないようにという日本の意向が反映された小さな裁判場に関係者が集められていた。日本は原告席で東南アジアの面々に取り囲まれていた。 集めた応援の署名の束を日本に手渡しながら励ましつつ中国への当てこすりも忘れない。 「アフリカ連合は恩知らずね!昔あれだけ助けてもらったのに」 「まあまあ…仕方ありませんよ、今は中国さんが一番の援助国ですから…」 「あなー、日本は寛容過ぎだよ!そんなんだから中国につけこまれるね!」 中国なんかに負けないで頑張って勝つね!という東南アジアの皆さんの顔を眺めながら日本は困り笑顔で署名を受け取った。この裁判は釘を刺すためのもので、日本は中国を追い詰めるつもりはない。(ご期待には添えないんですけどね…)と思いつつ「ありがとうございます」と微笑んだ。 ■ 東南アジアの面々に囲まれて微笑む日本を眺めながら中国は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。エサにたかる鯉のような連中だ…今では日本より我のほうが金も力も持っているある…、しかるに、アジアの盟主たる中国の元には誰も近寄ってこない。 機嫌を降下させた中国の肩を誰かがぽんと叩いた。振り向くとロシア。 「…っ」 気配を殺して背後に立つのはやめて欲しい。毎回心臓が止まる心地がする。 「何で俄羅斯がこっち側に座ってるある。お前は日本の味方じゃなかったあるか…?」 「僕はどっちの味方でもないよー」 にこにこと邪気のない笑顔を浮かべる大男を中国は胡乱そうに睨みつけた。この男は常にアメリカの反対をしたがるから、今回もそういう理由なのだろうか。現在極東では韓国が中国につき、日本には台湾がついている。ロシアが中国側につくというなら一応歓迎するが(しかし獅子身中の虫のようなもので油断できない) 「君があくまで日本君を滅ぼすっていうなら潰すけどね」 と怖いことをさらりと言った。 「よっ中国、そんな険しい顔してちゃ、せっかくの美人が台無しだぜ?」 「しもいのが何の用あるか…」 「向こうにはあいつがつくみたいだから、中国のほうには俺が。ま、弁護人みたいなもんだな」 「頼んでないある」 そんなつれないこと言うなよォ…とフランスはばちんとウインクしてみせた。フランスが指し示す日本の後ろの席には固い表情を浮かべたイギリスと、何故だか知らねど楽しげなアメリカが座っている。イギリスはかなり早い段階から中国への不快感を隠さなかった。アメリカは、彼自身の日本への感情はともかく、片方に無抵抗で侵攻された国があり、片方に宣戦布告もなしで首都に攻め込んだ国があれば、アメリカの正義に従って前者の味方をしないわけにはいかなかった。 「弁護といっても侵攻したことは明白だからな、いかに慰謝料を少なくするかの勝負かな。中国もさ、国際協調が叫ばれるこのご時世に日本に攻め込むなんて無茶するよなー」 吹けば飛ぶような小国ならともかく、相手が日本では、問題にならないはずがない。いくら日本が中国や韓国に弱腰だといっても大っぴらな侵攻では周囲が放っておかない。とはいえ、日本はそれほど多くの補償を中国に要求していたわけではなかった。被害額の実費(雀の涙程度だ)と、今まで中国が少しずつ掠め取ってきた日本領土の返還だけである。裁判では確実に中国が負ける。敗者を見逃すのは日本流(アジア流?)の揉め事を避ける布石らしい。日本はむしろ、中国が孤立することを心配していた。お優しいことだ、フランスは揶揄するように呟いた。 「あれが昔我にしたことあるよ…」 同じことをやって何が悪い!?と今更ではあるが中国は言わずにいられなかった。しかし中国の言い分を認める国は少ないだろう。あの頃とは時代が違う、帝国主義のプレッシャーに追い立てられた日本と国際協調時代の中国は同じ立場ではない。時間が解決すると軽く言うことは出来ないが、それにしたって百年だ、フランスはドイツと呉越同舟でうまくやっているのに、中国はどうしてこうも日本に対して頑迷なのだろう、とフランスは肩をすくめた。 「日本は責める権利があるのに使おうとしない。日本に感謝しとけば?アメリカやイギリスの強硬路線を抑えてくれたのは日本だぜ?」 「違う!我はそんなこと望んでないある!」 中国は長い髪を振り乱してヒステリックに叫んだ。 「我があれを憎んだように、あれも我を憎むべきある…。逃げることは許さんある…!」 たちの悪い女の執着みたいだ、とフランスは少々引いてしまう。日本は中国を兄とは呼ばないが、中国は日本を弟と呼んで家族だとみなしていた。その意識が日本を自分の下に囲い込もうとするのだろうか。 「いいかげん解放してやったら?」 百年の確執からも、アジアからも。そして自分も不毛な恨みから解放されたらいい。許すかどうかというのは相手の問題ではなく自分の問題だ。中国が日本に謝罪を要求し、日本が中国にどんな補償をしようと、中国が許す気にならなければ許せる日は来ない。過去の恨みにいつまでも拘泥すれば苦しいだけだし、今回みたいに侵攻なんて過ちを起こすことになる。 「どうしてあれは、我を責めようとしない…我のことなどどうでもいいあるか…?」 中国にとって日本はどうでもいい存在ではなかった。日本はそうでないというのは苦しくてならない。 「日本に言わせりゃ、あらゆる犠牲を払う気になれば戦争は避けられるんだそうだ」 唐突な言葉に中国がフランスを見る。 「侵攻されてんのに、中国は敵じゃないんだとさ。戦争は敵がいないとできないからな」 「弱虫なだけある…全てをなあなあで誤魔化して、一人でお綺麗な顔をしていたって、世界は争いで満ちてるある。避けた争いは誰かが代わりにかぶってるだけあるよ」 アメリカもイギリスも中国もロシアもフランスだって、平和を口にしながら、戦争は問題解決に必要なものだと思っている。だから軍隊を持ち続けているのだ。 「思い出すなあ…ここの1コ上の裁判場で裁判をやったよなあ…」 不意にフランスが天井を見上げた。何の裁判だとは聞かずとも分かった。上の階の大裁判場は特に重大な裁判のときにしか使われない。そして今ここに揃っている元連合国のメンツを見れば、思い出すのは日本を裁いた百年前の裁判だった。 「あいつは何一つ反論せずに全てを受け入れて、あれから百年、えらそうに日本を弾劾した俺達は誰一人、核放棄も武装放棄もできてない」 日本は先駆者だ。ヨーロッパが白人至上主義で凝り固まっていたところに人種による能力差はないのだということを証明してみせ、大国といえば軍事力を伴うのが当然と思われていた冷戦下の世界に経済大国・技術大国という新しい尺度を導入してみせて、また今度は戦争を本当になくしたいなら敵を作らなければいいのだと静かに示す。先んじているゆえに損ばかりするけれど、日本は淡々と時代の先を行く。 「格が違うんだ。俺達にはできないことを一人でやってる」 中国が反論しようとしたところで、開廷のベルが鳴った。 ■ 手洗いに立った中国は、用を済ませて厠を出て、杖をつきつつ一人で歩いてくる日本を見つけた。中国が起こした事変以来、日本の周囲にはいつも誰かがいる。思いがけない遭遇に中国は狼狽えた。 「…中国さん」 中国に気付いた日本は立ち止まった。不機嫌な様子の中国に反射的に謝ってしまいそうになったが、訴えてすみませんというのもおかしな話だと思い、目礼して通り過ぎようとした。 この機会を逃したら当分二人きりでは会えないかもしれない。とっさに中国は日本の腕をつかんだ。裁判が始まる前フランスに向かって日本のことを悪し様に(?)述べていた中国は日本に言いたいことがたくさんあったはずなのに、いざ目の前にすると何を言ったらいいのか分からなかった。和解したいのなら滅ぼすつもりはなかったと告げるべきだし、自分の非を認めるなら謝るべきだったが、結局出てきたのは自己弁護の言葉だった。 「我は悪くない!」 「そうですか」 違う、そんなふうに流して欲しいわけじゃない。こちらを見ろ、我がお前を攻めたのには理由があるのだ。 国内の豊富な資源と資源を持つ国との活発な外交により、中国は資源大国となっていた。資源は力だ、二度と攻められないように、アメリカやロシアに大きな顔をさせないためにも力を持ち続けなければならない。しかし地下資源は無限ではない。中国がいつまでも世界で力を持っているためには日本の技術が必要だった。おあつらえ向きに日本はアメリカとの腐れ縁を切った。日本の省エネ技術はアメリカもロシアもインドも欲しがっている。誰かにとられる前に、中国の翼の下に収めてしまわなければならなかった。日本だって、アメリカに再び大きな顔をされたり、ロシアに狙われるぐらいなら、優しい兄貴分の中国の下に入ることを選ぶはずだ。とはいえ、韓国でさえ少しは抵抗したのだから、日本は死ぬ気の抵抗を見せるだろうと、その場合は力任せに併合してやろうと思っていたことは事実だ。それでも滅ぼすつもりはなかった。 理由も聞かずに許すという日本は結局中国の話を聞こうとしていない。中国は日本と向き合うとき、愛憎やら、裏切られた悲しみやら、ありとあらゆる感情が降り重なって平常に対することができない。それなのに日本はいつだって冷静だ。やられてみれば日本だって我の気持ちが分かるはず、という気持ちもあったが、日本が中国のように無様に取り乱すことはなかった。 「お前は何もかもなかったことにするつもりか!?」 中国が日本を攻めたことだけでなく、150年前に日本が中国を攻めたことも含んでいたが。 「そんなことはありません。過去のことは悪かったと思っています」 本来ならばここで謝罪するのは中国であるはずだ。しかし彼らの間では日本が謝るのが当然という空気が流れた。 「そうだ、お前が悪いことをしたから我はお前を責めるある、どうしてお前は我を責めようとしない、我のことなど歯牙にもかけんというわけか!?」 中国を踏みつけ越えていった日本は、敗戦でジリ貧に下がったと思いきや奇跡の復興を遂げ、中国の手元に戻ってくることはなかった。中国ばかりが太陽を追うヒマワリのように日本のことを見つめている。もはや中国は日本の特別ではないという意識から、日本をアジアに縛り付けようと躍起になった。 「逃げるつもりか臆病者!我と真剣に向き合え!」 「…臆病者?私がですか?武装に逃げたのはあなたでしょう、私はあなたを信じることにしたのです」 不意に日本が顔を上げた。 「私は真剣です。あなたは誠意を見せろと言った。私は二度と過ちを繰り返してはならないと誓った。ですから、あなたが何をしようと戦争という手段はとりません」 中国からの軍事プレッシャーは凄まじい。中国にしてみれば、毎年バカ高い軍事費を計上する日本が武装していないとは思っていなかったのだから、かつて強大な軍事国家だった隣国に備えをするのは当然だったが、日本は敵意を隠しもしない隣国からの軍事プレッシャーに歯を食いしばって耐えて、何があっても再軍備をしなかった。中国が日本の主権を侵すのはこれで何度目だろう。裁判では、日本が戦争を避けるために払った代償の数々が明らかにされて傍聴人を驚かせた。 「武器を取り戦うだけが勇気ではない、私は二度とこの手で人を傷つけないという誓いを百年間守り続けています。これが私の誠意です」 臆病者の詭弁かもしれませんが…と日本はうつむいた。中国にはそんな生き方はできない。日本は嘘をつかないと知っているのに、日本の非武装宣言を信じることはできなかった。隣国を警戒し備えるのは国として当然のことだ。そうして互いに対抗しようとすれば、軍縮など進むはずもない。 中国の脳裏に、俺たちにはできないことを一人でやってる…とのフランスの言葉が蘇る。今はもう、攻め入ったときのように死ぬ気はないようなのに、相変わらず自分を守る気は見られない日本の態度が怖くなった。自分を捨てておきながら、相手に何の保証も求めない。理解していた、理解できると思っていた日本が理解できないモンスターに感じられた。 中国は何度も日本を脅かすだろう、しかし中国が何をやっても日本はあなたを信じると言うのだろう。中国は、杖をつきつつ立ち去る日本の背中をいつまでも睨みつけていた。 ■ ■ ■ スーツに身を包んだ日本は控え室で呼ばれるときを待っていた。いよいよ今日、日本国は新たな一歩を刻む。ここまで来るのに様々な国と関わった。アメリカとの同盟を解消し、中国と韓国の脅威に晒され、ロシアや台湾や東南アジアの面々に助けられ、イギリスからは身に余るほどの配慮をもらった。ほかにも数え切れないほどの国々から好意を示されて、まだ生きていていいのだと思うことができた。 「本当に、このような無謀をするつもりか?」 そばに付き添うスイスが最後の問いを問うた。 日本は永世中立を宣言することを選ばなかった。日本には国民のほかにも大切にしているものがいくつもあって、それらを切り捨てて閉じこもっていることなどできない。台湾や韓国や中国が困っていたら手を差し伸べずにはいられないし、友情を捧げてくれる国々に乞われれば援助を行うだろう。しかしどの国とも軍事同盟を結ばないという決意も変わらなかった。結局、どこにも属さないが世界全体に関わっていくという道を選んだ。 「はい。ご心配いただいてありがとうございます、ですが…」 「頑固者め!」 中立国の輪に日本が加わらなかったことを残念がってなどいない。中立国は役に立たない仲間意識など持たずに孤高を保つものである。日本は金輪際アメリカの言いなりになることはないであろう、いいことではないか。スイスはふ、と口の端を上げた。 「手並みを拝見しようではないか」 スイスは内心舌を巻いていた。日本はなかなか自己主張をせずふらふらと優柔不断なくせに頑固でとうとう世界中に言うことを聞かせてしまった。武装せずに中立を貫くという道の先を見せてもらおうではないか。まだ日本から目を離すわけに行かない。 今日、日本は非同盟諸国会議にオブザーバーとして参加する。非同盟諸国会議はゆるやかな中立を守りつつ世界を変革することによって平和を目指す有志の団体だが、世界の国の半数ほどが参加している。世界平和を望んでいるが、参加国は第三世界(この言い方も古臭いが)が多く、実際に世界を平和の方向に動かしていくには足りないものがある。参加を打診すると、日本さんなら大歓迎よ!と言ってくれた。オブザーバー参加ではまだスタートですらないが、いずれは非同盟諸国会議の一員として、世界平和に寄与していくことを望んでいる。 ドアが開き、インドが顔を覗かせた。 「日本、時間ですよ」 「はい、今行きます」 スイスと別れ、ドアを開いて出て行く。ドアの外は大会議場で、非同盟諸国の万雷の拍手で迎えられた。 |