■日米同盟解消→財政難で米の太平洋軍大幅削減→極東で中露跳梁跋扈→台湾ちゃん大ピンチじゃないか!と気付いたので台湾独立を画策してみました。 台湾はぐっと拳を握り締めた。日本などの力添えもあってどうにか世界会議に席を持つことはできたが、いまだ正式な参加国ではない。正式な参加国になるために、もう何度目になるか分からない台湾名での参加申請をしているが、中国も負けじと中国統一動議を提出している。今だって一所懸命演説している台湾を妨害ばかりする。 (わ、私はジジイを呑み込んで一つになろうなんて思ってないし、ジジイを邪魔しようっていうんじゃない、それなのにどうして私の存在を認めてくれないの…!?) ぐ…と手に持ったお守りの懐剣を握り締めた。ジジイが力づくでも一つになるって言うんなら、台湾にできることはもう…、 (…もしジジイが私を併合したら、テロで抵抗するしかない…!) 隣にちらりと目をやった。台湾と中国の丁々発止のやりとりを隣の席で日本はハラハラと眺めている。争いごとが大嫌いで、何でも話し合いで解決しようとしたかつての育ての親は、きっとテロなんて荒事は嫌いだろう。だけど、だけど…!悲壮な覚悟を固めて台湾は懐剣を振りかざして――― 「えろてろりすとになってやるー!!」 ビリリ―――叫び声と共に絹が避ける音。 「台湾さん!?やめなさい…ッ」 突然着衣を裂き出した台湾を隣に座っていた日本があわてて取り押さえた。ヒューヒュー、やれーもっと脱げー、と無責任な声が飛ぶのはヨーロッパあたりか。きっとフランスかスペインだろう。頭痛を感じつつ日本はあられもない格好の台湾に上着をかけてやった。 「落ち着いて、私が中国さんに話しますから!」 こんなはしたない真似には慣れていないのだろう、台湾は自分でやったことに真っ赤になっていた。日本の上着に顔を埋めてブルブルと震えている。冷静に話し合いができる状態じゃない。日本も台湾には幸せになって欲しいのだ。日本が短気を起こして(こちらから言い出したことではなかったが反対しなかったのだから同じことだ)アメリカとの同盟を解消したあおりで台湾の存続まで危うくなるとは…と自分のうかつさを呪いたくなった。台湾の代わりに席を立って、顔をしかめて騒動を眺めていた中国に向き合った。 「中国さん、台湾さんが離れてからもう100年です。台湾さんは政治も経済もひとり立ちなさっていて、中国さんの家も台湾さんなしで成り立ってますし…もう十分実績を積んでいると思うのです。どうか…」 「我の身体がちぎられることを認めるわけにはいかんある」 中国はフンと鼻を鳴らして一蹴した。 「実質上別の国として、こうして世界会議にもそれぞれ出席しているのですから、身体がちぎれるということはないでしょう?」 「小娘がうちから離れれば、その分だけ制空権も制海権も失うある。我は国としての権利を主張しているにすぎんあるよ」 もともとうちの制空権も制海権も持ってないじゃない…台湾が不満げに呟く。台湾の意見は無視する中国だが、経済大国の地位を占める日本の言い分を聞かぬフリはできない。一応聞いてはいるが、中国は意見を容れる気はないようだ。と見て取って台湾はがたん!と音を立てて席を立った。 「ジジイと一つになるくらいなら、私…日本さんと結婚する!」 ブフーッ 議場のそこかしこで国々が茶を噴いた。 台湾に何を言われてもどこ吹く風で流していた中国が(何故か)いきり立った。 「許さん許さんそれこそ許さんあるよ…!何をほざくかこの小娘…!!」 激して詰め寄る中国。日本の背中に隠れてベーっと舌を出す台湾。しかし日本のワイシャツの袖をつかむ台湾の手は緊張で震えている。不自然に力が入る台湾の白い指の感触を感じて、日本はゴク…を唾を呑み込んだ。台湾が日本の保護下にいたのは100年以上前のことでほんの50年ほどだが、頼ってくれた以上、何としても守らなければならないと思う。しかし日本は台湾のために戦うことはできない。ずっと慕ってくれる台湾のために、日本には何ができるのだろう。 「…中国さん!」 すがった手を振り払われて台湾が目を丸くした。 「お願いします!台湾さんの独立を認めてください!」 「にほん…」 中国が呆然と呟いた。 足元で、日本が床に身を投げ出して頭を床に擦り付けた。 世界会議の議場が静まり返った。 何を言われても冷静に対処し、穏やかな顔の下に高い矜持を隠し持つ日本が、頭に中国の足を乗せられて土下座している。履いているのが底が硬い軍靴でなくカンフーシューズなのが残念だと思いながら、中国はぐり…と足に力を込めた。 「何でもするというのか…?ならば、血が出るまで額を打ち付けてもらおうか…」 にほん、やめ… ちゅうごくっ… 出席者から悲鳴のような声が漏れた。 「に、日本さんもういいですからっ…」 日本は頭をあげた。 ゴッ…ゴッ… 足元で黒い頭が上下に揺れている。 そのたびに鈍い音を立てる。 中国は足元の絨毯が赤く染まっていくのを眺めていた。 自分で言ったことだが、まさか、するわけがないと思っていた。日本が台湾のことをこよなく大切に思っているのは知っている。しかし所詮、他国のことではないか。 不意にぽんと肩に手を置かれて、中国はビクリと肩を揺らした。 「ろ、俄羅斯…」 肩に手を置いたロシアがふるふると頭を振っていた。ロシアは基本的に中国と日本の関係に口を出そうとはしないが、日本を傷つけることだけは許さない。何か言いたげに首を振るロシアの笑っていない笑顔に脅されるように、中国は跪いて日本の頭を止めた。 日本は中国にうつろな目を向けた。額や鼻が赤く染まっている。 「…我の部屋で、二人で話すあるよ」 血を流したままふらふらと立ち上がる日本を誰も止められない。中国が日本の手を引いて、連れ立って部屋を出て行こうとする二人に台湾が縋った。 「日本さん待って!私のことなんだから、私も…」 「下がれ小娘!」 一喝されて台湾はその場で固まった。議場の扉が開かれ、パタンと閉じられるまで、誰一人動くことができなかった。 ■ ■ ■ 翌朝、日本と中国は連れ立って議場にやってきた。 昨晩日本は部屋に戻らなかったから(わざわざ確認した)中国の部屋に泊まったのだろう。心配で一睡もできなかった台湾は、日本の姿を見つけると、中国の存在も目に入らないほど一目散に駆け寄った。 「日本さん!」 「…ああ台湾さん、おはようございます」 どこかぼんやりとした表情で挨拶してくる日本は、朝っぱらから疲れきった表情を浮かべている。同じ匂いをさせて、昨夜二人の間に何があったのか。一体何が…と思うが台湾は怖くて問いただすことができない。 「我は先に行くあるよ」 「中国さん、昨夜のお約束を、くれぐれもよろしくお願いします」 「分かっとるある。統一動議は取り下げるあるよ。拒否権も使わんある」 え―――!? 目の下に隈ができている中国もろくに寝ていないようだが、実質台湾の独立を認めたような発言をしておきながら、妙に機嫌よく、ひらひらと手を振りつつ歩き去った。 「さ、私達も早く行きましょう。一番最初はあなたの念願の決議ですよ」 日本はふわりとはかなく笑った。 「…昨日、二人きりで、何をしてたんですか…?」 「ふふ、大人のたしなみです」 おそるおそる聞いた質問ははぐらかされてしまった。 |