アメリカさんの扱いがひどすぎたので米日的フォローを入れておこうと思って書いた話。
日米同盟を解消してから更に色々あってアメリカさんと日本君の仲はものすごく悪化してます。
忌憚なく意見を述べる日本君(ありえない…)未来予想図から10年後ぐらいを想定してます。
■米日フォロー バタン! 会議場の扉が開いた。 ズカズカと歩み出てくるのはアメリカだ。 その後を小柄な人影がちょこちょこと追ってくる。 「待ってくださいアメリカさん…!また拒否権を行使したのですね?」 「ああそうだよ、俺にはその権利がある」 コンパスが違う上にアメリカが歩調を緩めないので、日本はついてくるのに必死だが、アメリカは日本にちっとも気を使わなかった。 「常任理事の枠拡大に反対する理由を教えてください!」 「要するに君が常任理事になるってことだからさ」 「では私が常任理事になるのに反対する理由は?」 「…日本はふさわしくないからさ!軍事力で貢献できない常任理事なんてありえないだろ?」 「十年前に比べてずいぶん世界で紛争は減ったと思いますが。それでもまだ軍事力だけを全ての尺度にしますか?私はその分民生分野で協力していますよ」 アメリカの足がピタリと止まった。エレベーター待ちの間、日本はアメリカの後ろで肩で息を整えた。 「だいたいあなたと私が同盟国だった頃は、私を常任理事に推していたではありませんか」 「状況は変わったのさ」 「…あなたの意見に逆らわない国ならば常任理事にする価値があるというわけですか。自国の利益ばかりを優先して拒否権を使っていると、いつまでも持っていられるか分かりませんよ」 エレベーターの扉が開いた。アメリカは乗り込んでくるりと日本のほうを向いた。両手を腰に当てて胸を張って明るく言った。 「日本は前より意見を述べるようになったね、いいことだと思うぞ?…で、言いたいことはそれだけかい?」 右から左に流す体勢でもう話を終わらせようとしている。しかし日本はそれを許さなかった。閉まりかける扉にするりと小柄な身体を滑り込ませた。 「ではもう一つ。あなたのところの対日貿易規制を解いていただけませんか?」 ゴウン…エレベーターが動き始めた。 「君が世界の民主化に反対するから制裁なんだぞ」 アメリカは硬い表情を扉に向けた。日本も視線を合わせない。アメリカは壁に背中をつけて腕を組み、日本は背筋を伸ばして、二人並んで狭い密室の中でまっすぐ前を向いている。 「大体なんだって韓国の独立を支持しなかったんだい?…俺達がこうなったのは、十年前に君が韓国をかばったからじゃないか。それなのに俺を切り捨てて今度は中国の味方をするってわけかい」 アメリカはまだ分かっていないのか、と日本はため息をついた。 「私は誰の味方でもありません。韓国さんは、今はあれでうまく行っています。韓国さん自身が民主化と独立を望んで行動を起こしたときに、初めて助ければいいのです。そもそも私は民主主義が絶対善とは思ってませんから」 日本の返答は大変アメリカのお気に召さなかった。 「それじゃ君も昔のまま全体主義者のままなのかい?」 それならばアメリカは日本を潰さなければならなくなる。民主主義と自由の敵はアメリカの敵だった。 「国民自身が自分自身の行く末を決める、それは大変結構だと思いますよ。ただ、イデオロギーに拘って国に争いを持ち込むことには反対です。アジアには王政でうまくいっている国もありますし、そこに西洋の方が民主主義を持ち込もうとして滅茶苦茶になった国もあります。民主主義は必ずしも人を幸福にするものではありません」 「奴隷の幸福でかまわないってわけかい!自分で選択しない人生なんて、本当に生きてるとは言えないじゃないか!」 「馬鹿にするのも大概になさい。あなたが民主主義に拘るのはヨーロッパコンプレックスの裏返しだと思いますけどね。それで一体どれだけの紛争を解決できたというのですか」 ―――言い過ぎたことに気付いて日本は口をつぐんだ。逸れた話を軌道修正しなければならない。 「貿易規制を解いてください。不便ではありますが、正直あなた無しでも何とかやっていけます。このまま私への規制を続けていると、あなた無しでも世界はやっていけることが証明されてしまいますよ」 10年にわたるアメリカの貿易規制で日本の台所事情は苦しくなっていたが、カツカツに飢えるほどではない。アメリカ以外にも取引相手はたくさんあるのだし、食生活は多少貧しくなったが、もともと資源が少ない日本は何とかやりくりするのは得意だ。止めてみて初めて分かったのだが、むしろアメリカのほうがワリを食っていた。スペースシャトルや自動車や飛行機を作ろうにも、日本からの特殊部品が入ってこなくては何もできない。その間にも日本と中国を初めとする他国との貿易は進行し、アメリカの寡占市場だった分野に進出していた。つまり対日貿易規制はアメリカにとって損しか生まなかった。困るのは日本のはずだったのに! ああそうだ、認めざるを得ない。日米同盟を解消してアメリカは困っていた。世界に力押しが通用したのは、日本の圧倒的な財政力とさりげない根回しというバックアップがあったからだ。十年前は一人勝ち状態で圧倒的な国力を誇っていた(と思っていた)のに、最近は体力が続かない。世界会議でも前ほど意見が通らなくなっていた。ゴーイングマイウェイを旨としてきたアメリカだが他国の意見を聞かざるを得ない(面倒くさいことだが)。さりげなく周囲に耳を傾けると、日本と誰かの会話だったり、日本の名前だったりが耳に入ってくる。そうしてアメリカは疑心暗鬼に駆られるのだ。日本はまた、俺を追い落とすつもりなのだろうか…あの開戦前夜のように? 「日本は僕の敵になるつもりかい?あまり正義に反するようなら、世界で包囲しての経済制裁も検討しなくちゃならなくなるね」 と、現在の貿易規制はまだ手加減しているのだと言いたげだが、対日貿易規制をアメリカ一人でする羽目になったのは意図したわけではなく、周囲がついてこなかったからだ。アメリカも日本も100年以上昔に対立したときのいきさつを思い出したが、状況はあの時と同じではない。 「世界会議の皆さんはあなたの制裁動議には賛成しませんよ。なぜなら、私が戦力を持たない平和主義者で、特定の宗教や政治理念に偏ることなくこの十年間常に公平だったと知っているからです。制裁を乱発するのはうまいやり方ではありません。敵を作って潰していくようなやり方では、弱ければ潰されますし、強ければそのうち一人ぼっちになってしまいますよ。かつての友邦としての忠告です」 孤立しているのはあなたで、今度戦争をすれば負けるのはあなたのほうです、と言われたように感じて、アメリカはカッとなって日本のネクタイを掴んで持ち上げた。 「…殴るんですか?あなたの正義では丸腰の相手を殴れませんよね」 アメリカは力を込めた拳を握り締めた。日本が怯えもせずに冷静だから、反抗的と感じて抑えが利かなくなる。日本は100年もの間アメリカに対して大人しくて穏やかだったのに、こういうときに思い出すのは刀を向けられ顔に傷をつけられた奇襲のときの日本の姿だった。直前までおとなしい顔をして、裏手で刀を研いでいた日本…あのときの恐怖を思い出すせいか、あれ以来アメリカは日本に対して冷静でいられない。日本はとっくの昔に武器を手放したのに、俺は無抵抗の相手に何をしているんだろうと我に返って片手でぶら下げた小柄な国を見つめた。 「私と関わるとき、あなたの正義はいつも揺らぐ。だから私はあなたの正義が絶対でないと分かるのです」 日本は顔をゆがめて呟いた。くそっ…と吐き捨ててアメリカは手を離した。 「分かってよ!俺は君と対立したいわけじゃないんだ!」 「私もあなたを切り捨てたわけではありません「だったら!」が、協力を得られるのが当たり前とは思わないでください。何かしてもらったら、何かを返すのが当然でしょう」 アメリカが簡単にキレて狭量な態度をとるのは日本に対してだけだ。複雑なグチャグチャとした感情(それこそコンプレックス―complex―だ)があるのだろうが、日本は精神分析家ではないのでそんなことはどうでもいい。日本は一番の友達だぞ!と笑うアメリカにそんな特別はいらないと何度思ったか。フランスやドイツに対するときのように、利害と尊敬で結ばれた対等な友人関係を望んでいた。 「私はあなたと友達になりたいんです」 「だったらどうして同盟っ…十年前はっ…俺達は友達だったじゃないか!」 「違います。対等の友達ではありませんでした」 「俺は友達のつもりだったぞ、仲良くしてたフリをしていただけだったのかい!?」 「私はあなたに反対意見を述べることはできなかった…反対すべきときに反対しなかったのは申し訳なかったと思っています!」 おかげでアメリカはこんな独り善がりの国になってしまった。周囲の国が自分に反対することなど考えてもいない。アメリカだとていつまでも超大国ではいられないのに。 アメリカにとって日本に声を荒げられることなど想定外の出来事で、思春期の少年のように口をへの字に曲げて黙り込んだ。何度かの戦争を経験し、世界のリーダーとして世界会議を運営し、その中ではままならないこともあっただろう、けれど彼はまだ若い国なのだ。 「私はあなたの敵ではない。分かっていただける日を待っています」 何度目か分からないがエレベーターの扉が開いた。(二人はずいぶん長い間夢中で話していたから、何度か開いていたはずだが、誰にも見咎められないでよかった) 日本は、先ほど持ち上げられたときに気付いたことが気にかかっていた。 「アメリカさん…何だか肌が荒れてますが、ちゃんと食べてますか?またサプリメントをがぶ飲みしてるんじゃないでしょうね」 「君こそ痩せたよ…」 急に話題が変わったのでアメリカは面食らって語調は弱くなった。この状況で体調管理の小言をくらうとは思っていなかった。しかしもともと日本にはそういうところがあった。政治の話をしていたのに急に生活上の瑣末事を取り上げて騒ぐ。それは彼の中で前の話題は終わり!という合図でもあった。 「まあ、あなたからの食料輸入を止められてますからね。でも小麦がなくても米でパンを作ったり大豆とコンニャクから肉を作ったり工夫してやってるんですよ?」 台所が苦しくなればなるほど日本の突飛な創意工夫は輝く。日本のことだから米しかなくても米から何でも作り出してしまうんじゃないだろうか。米のパンはイギリスやフランスから話を聞いていた。麦のパンに比べてしっとりしていておいしいのだそうだ。 食べたいな、と腹の底がうずいた。 絶交を言い渡されて貿易を止められるという嫌がらせを受けているのに、日本は何でもないように食事に誘ってくる。アメリカは自国の脂っこいジャンクフードを愛していたが、そればかりでは飽きてしまう。今の時期だと七輪で焼いてしょうゆを垂らしたキノコがおいしいんだよな、熱燗もつけてさ、と最近触れていないワショクと日本の家が無性に恋しくなった。日本のおいしい手料理を食べたいけれどホイホイとついていくほどアメリカは日本を信頼できていない。毒までは盛らないだろうがどんな細工をするか知れない、と疑わなくてはいけない自分が嫌になる。イギリスは、彼は誠実で正直だというけど、日本はフリができる国だ、そんなに信頼していいの?と思う一方でイギリスやフランスはホイホイ日本の家を訪ねているのだと思うと、ほんの十年前までその位置を占めていたのは俺だったのに、と腹の底がうずく。…いやきっとこれはお腹がすいてるだけでハンバーガーを食べれば治まるものだと自分に言い聞かせたが、腹の底のモヤモヤは治まらなかった。 「あったかい食事が恋しくなったら、うちに食べにいらっしゃい」 閉じかけた扉から日本はするりと下りていった。 |