第2話   ゲンゴロウの健康保険証


 
 コバネイナゴの稲子は、短大を卒業すると、大手商社に入社し、受付業務に配属されました。

 ある日、その会社に、ショウリョウバッタの庄吉がセールスにやって来ました。庄吉は、スマートで格好よく、しかも一流企業に勤めるエリートでした。

 二人はお互いに一目ぼれをし、夏の暑さの中、狂おしいほど燃え上がりました。やがて稲子は妊娠し、できちゃった婚でしたが、入籍も済ませました。元気で色黒の水辺が好きな長男は、源五郎と命名されました。

 稲子は家庭に入り、専業主婦として、しばらくは幸せに暮らしていました。




 しかし、単調な日々の生活の中で、二人の愛は徐々に冷めていったのでした。

 稲子は水田が好きなのに、庄吉は川原が好き、など、あらゆる点で性格の不一致が見られるようになりました。

 稲子にとっては、庄吉が旧盆の頃にはやたらとテンションがあがり、精霊(ショウリョウ)に憑依されたかのようにハッスルするのも不気味に思えてなりません。

 ある晩、稲子は、庄吉のキチキチうるさい歯ぎしりに耐えられず、突発的に源五郎を連れて、家を飛び出してしまいました。




 別居を始めて6ヶ月がすぎましたが、庄吉は離婚には応じてくれません。

 しかも、世間体が悪いのと、出世にも響くので、庄吉は、妻と子供が家を出て行ったことを誰にも言ってませんでした。

 庄吉の会社は健康保険組合がありましたが、別居したことを話していないため、稲子と源五郎の健康保険は、いまだに庄吉の扶養のままでした。






 稲子は最低限の荷物だけ持って家を飛び出してしまったので、健康保険証を庄吉の家に置いてきてしまいました。

 何度も庄吉に、保険証を送ってくれるよう頼みましたが、応じてくれません。

 源五郎という小さな子供がいるので、稲子は保険証が無いことをとても不安に感じていました。

 市役所の国民健康保険課に行ってみましたが、担当官のシャクトリムシに杓子定規に「健康保険の資格喪失届けの控が無いとダメ!」と言われてしまい、国保の保険証を作ることも出来ませんでした。





 離婚には応じてもらえなくても構わない、けれどもせめて、源五郎の健康保険証だけでも、作ってあげられないだろうか・・・。

 稲子は、悲しみに沈み、赤く染まった夕暮れの水田の前で立ちすくんでいました。

 農協のスピーカーからは「七つの子」が流れてきました。夕方の5時です。良い子は家に帰りましょう、とアナウンスがありました。

 腕の中では源五郎がスヤスヤと眠っています。
 稲子の頬を一筋の涙が流れ落ち、水田の中に落ちました。


 すると、水田の中から、キラキラと輝く五色の光に包まれて、一匹の見たことのない虫が、現れました。


 「こんにちは。ぼくは、しゃかいほけんろう虫っていうんだ。君の悩みを解決してあげるよ」
 その虫は言いました。


 そういえば、嫁入りをする前日、母が、そのような伝説の虫がいる、と縁側でアルバムを開きながら、何度も繰り返し、独り言のように言っていました。庭に秋桜が咲き乱れる小春日和の穏やかな日でした。




 しゃかいほけんろう虫は聞きました。

 「君が欲しいのは、金の国家公務員共済組合保険証かい?それとも、銀の組合管掌健康保険証かい?それとも、銅の医師国保、歯科医師国保、薬剤師国保・・・」

 「別に何でも良いです。源五郎が病院に行く時に使えれば・・・」




 しゃかいほけんろう虫は、稲子に履歴書を書いて、翌日の9時に印鑑を持って練馬駅に来るよう、伝えました。




 翌朝、改装されて迷子になりがちな練馬駅東口で待ち合わせをした、しゃかいほけんろう虫は、稲子を豊玉北の建設会社に連れて行きました。


  会社の社長は、稲子に会社内の掃除や片づけをするよう命じました。

  しゃかいほけんろう虫は、稲子に何枚かの書類に押印させると、どこかに出かけていきました。





  しばらくすると、しゃかいほけんろう虫が帰ってきました。

 「千葉だと1週間待ちだけど、23区内は即日発行なのさ。」と、稲子と源五郎の健康保険証を渡してくれました。

 あれ程欲しかった健康保険証がたった1日で出来上がり、目の前にありました。

 しかもプラスチックタイプの政府管掌健康保険証です。
 保険証の角度を傾けると、スカシのように「SEIKANKENPO」の文字がキラキラと浮かび上がり、漢字ではなくあえてローマ字にするという、役人様のセンスの良さを改めて実感させていただける一品です。


 
 「だけど、明日からもここで働き続けなければならないのでは?私が住んでいる稲毛駅からは、毎日通うなんて、とても無理ですわ」と、稲子が言いました。

 「わかっています。どうぞ心配しないで」としゃかいほけんろう虫はいいました。



 そして、一旦は稲子に渡した保険証2枚を回収して、怪しげな呪文を唱えました。

 「ネリ〜マシャ、カイホ〜ケンジ、ム〜ショワ、エキカラトオスギルヨ〜♪ニホ〜ンバ〜シシャ、カイホ〜ケンジ、ム〜ショニシテ〜オケバ〜ヨカッタナ〜、ソイヤ、ソイヤ!」




 次の日の夕方、しゃかいほけんろう虫は、稲子に、稲子と源五郎の国民健康保険証を手渡したのでした。

 「国保は前年の所得によって保険料が決まるから、無職だった稲子さんと源五郎ちゃんの保険料は、最少金額でOKだよ」
 しゃかいほけんろう虫は、やさしく言うと、大空に飛び立っていきました。



 「ありがと〜う!ろうむしさ〜ん!」
 稲子は源五郎を抱きかかえながら、しゃかいほけんろう虫の背中に叫びました。



 「“ろうむし”とか“しゃかいし”とかよく言われるけれど、正しい短縮形は“しゃ・ろ・う・し”だよ〜〜〜」と、返事をした、しゃかいほけんろう虫の声は、総武線快速電車の音にかき消され、稲子の耳には届きませんでした。





 めでたし、めでたし・・・。






            

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