The Fairest Of The Fair

 自分のことを弱い人間だと思うことはあまりない。子供のころは、大人の事情で振り回される境遇に不貞腐れたりしたものだが、肝心の『大人の事情』を理解するにすれ、そんなことはなくなっていった。強くならなければ。そんなふうに、いつも思っていた。それは今も変わらない。強くならなければ、生き残らなければ。望みを叶えるために。望み。私から全てを奪ったものに復讐してやるのだ。私を助けたものの想い、執念は、今や私の生きる力になっている。それを恨むつもりはない。少なくとも、無力であることに泣くことしかできなかった子供を突き動かす原動力にはなった。だからといって、特別感謝したりもしないが。
 少なくとも、今の自分は護りの手を必要としていない。
 なのに、これはなんなのだろう。

「…―――あの……」
「ああ、今すぐ答えを出さなくてもいいから…考えておいてくれ」

 眉根にシワを寄せてうめいたシャアを遮って、男は自分勝手に告げると去って行った。

「………よく考えるもなにも」

 一人残されたシャアはしばらく突っ立っていたが、ため息とともに呟いた。




 幼かった頃から、シャアはもてた。大人にも子供にも。子供の頃は、周りから可愛がられるのはあのひとの子供だからで、そうでなくなってからは可哀相な身の上に同情されているのだと、子供心にわかっていた。もう少し大きくなると、どうも意味が変わってきた。性的な意味も含めて好意を寄せられているのだと理解できるようになった。その頃になるともう自分は子供ではないと思い込むようになっていたから、そう思い込む心と裏腹に体が子供から大人へと殻を破っていこうとする感覚は、現実的なぶん恐怖だった。理屈をこねるようになり、大人を言い負かすことができても、自分の人生は今まで生きてきた時間しか経ていないこと。それを認めなくてはならなかった。大人になりたかったから女を抱いた、ともいえる。性的快楽はあらゆる意味で衝撃だった。相手の顔も名前ももう曖昧なのに、感覚だけはいまだに残っている。
 ジオン公国に来て、ハイスクールに入学してからも、何人かの女の子と付き合ったが、どれも長くは続かなかった。相手に特別の感情を抱いていないことは、付き合っていればなんとなく伝わってしまうものだ。当然罵られたこともあるが、それでももてていた。
 男からの告白も何度かあったので、免疫というか、同性間の恋愛についての偏見もあまりない。

「どうしろというのだ………」

 士官学校へ来て、半年が経とうとしている。もうすぐ夏だ。カリキュラムや同級生にも慣れて、一番楽しい時期。
 このところ、シャアは何人かの上級生に立て続けに告白された。当然、全員男だ。言い分も何故か似通っていて、要約すると「守りたい」だった。自分はそんなに頼りなく見えるのだろうかと、シャアは頭を抱えたくなった。

「シャア、どうしたんだ?」
「ガルマ……」

 あいかわらず爽やかなご登場だ。悩みなどなさそうだな―――。
 シャアはつい、ひがみっぽく考えてしまい、あわてて自分のそんな思いを打ち消した。ガルマが悪いわけではないのだ。

「何かあったのか?」
「いや、別に。どうしたんだ、ガルマ」
「今度の宇宙実習のメンバーが発表されてる。ぼくと君は同じチームだよ」
「本当か?」

 宇宙実習はその名のとおり、宇宙で行われる。実際に航海に出たり、ノーマルスーツを着こんで船外活動を行ったりする。宇宙兵器の主力となるであろうMSはまだ開発途中だが、試作機が開発されれば士官学校の訓練にも取り入れられるだろうという噂だ。また、あくまでも噂だが、MSが開発されればすぐさま開戦、という話もでていて、こちらは妙に暗い現実味を伴っているせいか、生徒たちはひっそりとその噂について話し合っていた。
 今回の実習は、より本格的だった。上級生を含めた編成メンバーでチームを組み、船に乗る。あらかじめ指示されたポイントまで向かい、与えられた課題をクリアして帰ってくるというもの。妨害工作もあり、他のチームの妨害も認められている。どこに罠が仕掛けられているのかも自分たちで調べ、作戦を立て、解決する。上級生は仕官として指揮能力を問われるし、下級生は軍隊としての上下関係、組織行動に慣れなければならない。ギブアップしたチームはその場で失格となる。また教官たちが危険だと判断し、やめさせる場合もある。無事に課題を克服して帰ってきたチームは合格。そのチームの行動力、組織力、作戦活動など、個人も含めたポイントによって一位チームが決まる。
 いってみれば、巨大なスケールで行われる運動会だった。
 実習のメンバーを見て、シャアは思わず顔を顰めた。チームの隊長に選ばれていたのは、さっき告白してきた、あの上級生だった。

「上級生で知っている人はいないな。……シャア?」

 メンバー表を睨みつけて考えこんでいるシャアに、ガルマは訝しげな目を向けた。

「誰か知り合いがいたのか?」
「いや…。こうして見ると、いろいろな役割があるのだなと思って」
「そうだな。操縦士やオペレーター、今回は医療班もいる」
「一週間も宇宙へ出るのだから当然か。専門分野の先輩の話を聞くのも楽しみだな」

 よく考えて、と言ったのはこのことを知っていたからだろう。一週間、ひとつの船で一緒に過ごす。相手を知るにはいい機会だ。よく知らないから「NO」とは言わせない、ということか。
 少し厄介だな。
 シャアはプリントされたメンバー表を丁寧に折りたたんで、ポケットにしまった。








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えー…宇宙に出してみたかったんです〜。
メンバーは総勢で11人!…なんちて。(古い!)