The Fairest Of The Fair






 静かな機械音が船内に響く。微かな振動が体に伝わってくる。窓から覗く世界は真の闇で、ここが地球でもコロニーでもないことを知らしめている。
 遠くに霞む星たちと、宇宙空間に漂う様々な隕石や塵がかすかに光っていた。

「シャア、ここにいたのか」
「隊長」

 飽きることなく宇宙を眺めていたシャアは、声をかけられて顔をあげた。

「なにかありましたか」
「もうすぐブリーフィングだから、呼んだだけだ」

 ぴりっと緊張したシャアに、隊長と呼ばれた男は苦笑した。警戒しているのは自分なのか、それとも実習になのかわからなかったせいだ。シャアに限らず、全員が常に緊張している。自分も含めて。だがせめてその言い方はやめてくれないかと思う。

「何かなければ、話し掛けることもしてはいけないのかと思ってしまう」
「そんなつもりはありません」
「それなら、いいが」

 告白したことで気まずくなるのはある意味当たり前なので、それは当然覚悟していた。気にしてくれているだけは進歩だなと楽観的に思うしかない。シャアからの返事はまだ貰っていない。男の健気な純情だ。
 ブリッジに行くと、先に来ていたガルマが隊長と一緒にやってきたシャアに驚いた顔をした。

「…どうして隊長と一緒なんだ?」

 隣りに立ったシャアに、小声で問い掛ける。

「通路で会ったから一緒に来ただけだ」

 シャアはそれがどうしたのかといった顔だ。
 隊長はシャアを探しに行っていたのか。彼はガルマがブリッジに来た時にはすでにここにいたのだ。何人かのメンバーが揃い始めた頃に、ふと出て行った。特に気に止めていなかったガルマだが、シャアがまだ来ていなかったことは気にしていた。ブリッジに来る前に、ガルマはシャアを誘おうと部屋を訪ねたのだ。しかし部屋にシャアはおらず、しばらく探したものの見つからなかった。仕方がない、遅刻はできないし、もしかしたら先に行っているのかもしれないと思いガルマは一人でブリッジに向かったのだった。
 それなのに、どうして、他の男と一緒にくるのだ。
 子供じみた嫉妬心だ。シャアに訴えてもそんなことは知らないのだから、わかってはもらえないだろう。

「……?何を怒っているんだ、ガルマ?」
「怒ってなど、いない」

 ガルマがなぜ急に不機嫌になったのかわからないシャアは、首をかしげた。
 ブリッジにメンバーが揃うと、ブリーフィングがはじまった。

「特に何事もなく、もうすぐ目標地点だ」
「オートコントロールが不能になって、手動にさえならなければねー」

 咳払いを一つして、なるべく威厳のあるようにと言った隊長のセリフに、すかさずツッコミが入った。
 わざとらしく疲れた様子のその男は、操縦士を務めている男だった。操縦桿を握ったまま、かたわらの副操縦士に同意を求める。相棒がまったくです、とうなずくと、和やかな雰囲気がブリッジに広がった。



 宇宙船といえども、普通に空を飛ぶ飛行機と、基本はそう変わりない。目標を設定して自動操縦で飛ぶ。何事もなければ。
 このトラブルは、おそらく予め仕組まれてあったものだろう。まず、電気系統のトラブルから始まった。電気が止まってしまえば明かりが消えるのはもちろんだが、酸素の供給が行われなくなる。宇宙空間で酸素がなくなるのは、死を意味する。これは実習で、どこかで教官がモニターしているだろうから最悪でも死ぬことはないだろうが、失格にされてしまうかもしれない。全員が必死になって原因を探し出し、なんとか復旧させた。
 そのツケとして、操縦を自動から手動に切り替えなければならなかったのだ。新たに作戦入力を行うには時間がかかる。おかげで、操縦士と副操縦士はほぼ24時間休みナシだ。

「すまんな。あと少しだから頑張ってくれ。もうすぐ折り返し地点だ」
「あと半分もあるじゃないですか」

 二人には全員が申し訳なく思っているから、自分たちから泣き言を言ってくれて助かった。くすくすと忍び笑いがもれる。

「もう何もないと思いますか?」

 副隊長を務める男が言った。

「どうかな。最大のヤマはこれからだ。無事接舷できても、中で何が起こるのかわからないからな……」

 シャア達のチームに与えられた課題は、ある地点に浮かんでいる船からディスクを取ってくるというものだった。隊長は言葉を続ける。

「ゲル弾とはいえ銃の携帯を認められている。当然そのような事態が起こりうる、ということだ。撃たれれば負傷者扱いにされる。動ける人間が減るのは痛い」

 実弾を使っての訓練ではないから実際に撃たれても負傷はしない。ただ、撃たれた箇所によっては以降の活動を制限される。左胸、心臓と、頭を撃たれた場合、リタイヤ、つまり死亡扱いだ。ゲル弾は殺傷能力の低い弾薬で、しかも今回は特別に中身に赤いペンキが使われている。撃たれて赤く染まる様はまさしく本物そっくりだろう。想像だけにしておきたい。

「私としては、」

 と、隊長。

「船内の捜索よりも、むしろこの船の警備に重点を置きたい。この課題はどうしてもチームを二つに分けなくてはならないからな…。船を奪われたら、帰れない」
「目標船は動かせないのですか?」

 副隊長が手元の資料を見ながら言う。

「いっそ、船ごと牽引してしまうとか」
「無茶を言うな。そんなことをしたら燃料がもたなくなる」

 結局、当初の予定どおり、二手に分かれて活動することになった。小数精鋭ということで、運動能力の高い数名が実行班。射撃の腕を請われて、シャアも実行班になった。ガルマは守備班。これは別にガルマの腕がどう、ということではなく、ザビ家の末子に万一のことがあってはいけないからという配慮からだった。誰も口には出さないが、そんなことはガルマにもわかった。当然、ガルマは不満だ。
 なによりも不満なのは、シャアがあの隊長と行動を共にするということだ。シャアがあの男に何かされたわけではないのだが、目の前で親密そうにされるだけで腹が立つ。

「こんな時にまで、ザビ家を持ち出されるとは思わなかったよ」

 まさか隊長に嫉妬しているんだという訳にもいかず、ガルマはそんな言葉で不満を訴えた。

「何をいまさら―――君らしくない。こんなことでいちいち腹をたてていたらキリがないぞ」
「僕の言い分を聞こうともしない。あの隊長は」
「仕方がない。君が指揮官役になれるまでは我慢するんだな。もっとも、なったらなったで、指揮官は動かずにいるものです、と言われてしまいそうだが」
「嫌なことを言うなよ。シャア」

 からかい半分のシャアに、ありえそうなことだとガルマは顔を顰めた。

「君はどうやら隊長と気が合わないらしいな。いつもならこんなふうに扱われても黙ってやりすごすのに」

 言い当てられて、心臓が跳ねた。そんなことはないとムキになりかけたガルマの肩をシャアが宥めるように撫でる。その瞳は真剣だった。

「……何か、嫌がらせでもうけたか」

 蒼い蒼い瞳に吸い込まれるのがわかる。シャアの瞳に映る自分を見て、ガルマはすぅっと心が晴れていくのがわかった。我ながら単純だと思う。シャアが自分を見ているだけで、嬉しいと感じてしまうなんて。

「いや……」

 ガルマが首を振るとシャアの手が離れていった。だが触れられたところは温かいままだ。

「君はいろいろと我慢するのが得意だ。たまには吐き出さないと、まいってしまうぞ」
「嫌がらせとかそんなんじゃない。ただ……」
「ただ?」
「気になるだけだ。なんとなく」

 なんとなく、シャアが彼を気にしているように見えて。だからこそ必要以上に警戒してしまうのだ。

「僕はどちらかといえば、あの副隊長のほうが気になるな」
「え―――」

 どういうことだ、とガルマが問いただそうとした時、船内にブザーが鳴り響いた。目標発見だ。

「気をつけろ、ガルマ」

 慌ただしさの中で、シャアはそれだけ告げると接舷された船に入っていった。







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Novel-2

嫉妬するガルマ様。