The Fairest Of The Fair






 士官学校にも週に一度、休日がある。

「シャア、今度の休み、一緒に出かけないか?」
「今度の休み?」

 ガルマの誘いに、シャアは笑みを浮かべて聞き返した。
 どこへ行こうか。それをシャアと考えるのも楽しいだろう。シャアと共有できる時間を想像するだけでも、胸が浮き立つ。

「今度の休みは駄目だ。約束がある」

 ガルマの想いを打ち破るように、シャアはアッサリと断った。脹らんでいた想像がいきなりぱちんと弾けてしまったショックで呆然としてしまったガルマに、ガルマ本人よりも周囲のほうが慌てた。誰よりも慌てたのは、シャアとの約束を取り付けてしまった人物だ。

「うわっ、シャア!僕との約束なんていいって!」
「なぜ?先約があるならそちらを優先するのは当然だろう」

 シャアは回りの慌てぶりがまったく理解できないようだ。至極真面目に言う。確かにシャアの言うとおりなので、皆納得していいものかどうか迷いつつ納得した。ただこの場合、問題なのはガルマの身分がちょっとフツーではないことだ。ガルマは所謂王子様である。そう思っていないのは唯一シャアだけだ。いや、シャアもガルマの身分も立場もわかっている。決してガルマの面目を潰すようなことはしないし、何かあればさりげなくガルマに一歩譲る。あんまりさりげないので、その時は気づかず、後になってみてわかるくらいだ。
 それでも、こういった時。シャアはまったく公平だ。その公平さが、ガルマには嬉しかった。今まではまるで珍獣か天然記念物かというくらいの扱いをされていたから。

「ガルマ?」
「うん。シャアの言うとおりだ」

 ガルマが言うと、その場にほっとした空気が流れた。

「じゃあ、その次の休みは空いてるか?」
「ああ。どこかへ出かけるのか?マイクロフトは古書店街を案内してくれるって言うんだ。僕はこの辺りには詳しくないから」

 シャアがジオンで今まで暮らしていたところと、士官学校はまるで違う。士官学校は寮や各種訓練場や図書館など、様々な施設や設備を備えており、学校というよりはひとつの都市のような作りになっている。日用品や教科に必要なものはすべてここで揃うが、しかしそこはやはり『学校』であり、街ではない。学校の近くには学生向けの専門店が軒を連ねている。古書店街も、そのひとつだ。

「どこへ行こうかは、君と決めようと思っていたんだ」

 実をいえば、ガルマも詳しくない。買い物は、注文をすればすぐに届く。そういう生活をしてきたからだ。一人で街をあるいたこともない。いつも護衛やとりまきがいるし、そんなガルマが行けば、周りがパニックになってしまうのだ。

「じゃあ、ゆっくり決めよう。幸い時間はたっぷりあるから」

 楽しそうに笑うシャアに、ガルマは目を細めてうなずいた。ほのかな優越感に浸る。とりあえずこれで、シャアと二人の時間を持つことが約束されたのだ。











 シャアと友人になって。他人の懸念をよそに、ガルマとシャアはとても上手くいっていた。シャアといるだけで、純粋に楽しかった。シャアは変にガルマに気を使うこともなく、言いたいことを言い、やりたいように行動する。ガルマと友人になる前と同じように。むしろ変わったのはガルマのほうで、自由に行動するシャアをどう自分に引き止めておくかをいつも考えているようになった。シャアは誘えば滅多に断らない。気分良くガルマに付き合うし、一時あれだけモメたガルマのとりまき達とも話をするようになった。結局、彼らも仲良くしたかったのだ。ただ身分とか立場とかプライドが邪魔をして、自分からは仲良くなりたいと言い出せなかっただけで。もちろんシャアに反感を抱いているものは未だにいるし、ガルマに対して厭味なくらいに下手にでておべっかを使ってくる者もいる。あいかわらず、皆、教官も含めてガルマのことを様付きで呼ぶし、そうしないのは唯一シャアだけだった。そうして良いのはシャアだけだ、とガルマが決めているからだ。シャアは特別。親友だと、胸を張って言える。だけど、シャアはどうなのだろう。
 ガルマはため息を吐いて、時計を見やった。今日はもう何度もこの動作を繰り返している。遅々として進まない時計の針に苛立ってはため息を吐く。
 このところの休日はシャアと過ごしていたから、一人というのは久しぶりだ。約束などしていなくても、まるで示し合わせたようにお互いに部屋を行き来して、結局二人でどこかへ行ったりする。大抵は談話室。話をしているうちに興がのればお互いの腕を比べに射撃場に行ったり、剣の勝負をしたり。射撃の腕はシャアが上だが、剣ならガルマが勝つ。こんなとき、すぐ上の兄―――ドズルに鍛えてもらっておいて良かった、と思った。なにもかもシャアに敵わないというのは、やはり悔しい。
 こういう時、とりまき達は自分たちの腕では到底二人に敵わないことを知っているので、ついてこない。だからガルマの休日は、いつもシャアと二人だった。
 前もってあらかじめ誘ったのは、だからこれが初めてだった。学校外への外出は、前もって届出を出さなくてはならない規則だからだ。誘っていなければ、シャアがどこかへ出かけたのも知らずに部屋を訪ね、あげくどこへ誰と出かけたのかと一日中気を揉むところだった。シャアの部屋を訪ねていないだけで、気を揉んでいるのは今の状況とそう変わりは無い気はするが。
 寮の食堂で昼食をとり、何をする気も起きずにまっすぐ部屋へと戻る。ガルマがつまらなそうな顔をしているせいか、気を使っているのか、とりまき達は寄ってこなかった。こういう時に限って気をつかうのだなと半ばやつあたり気分で思う。
 パラパラと本をめくって見るが、読む気も起こらない。ガルマはベッドに身を投げ出した。












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Novel-2



前ページのがあまりにも長かったので、短く区切りました。
どちらが読みやすいでしょー。
マイクロフトというのは世界一有名な名探偵の兄です〜。
趣味丸出し……。