The Fairest Of The Fair




「ほら、ガルマ」
「ん・・・・・・」

 互いに熱を分け合った後、子供のように離れたがらないガルマに苦笑して、シャアは体を起こした。ガルマも諦めたように体を起こしたが、それでも名残惜しいのか、手を伸ばしてキスを強請ってきた。

「もう少し、いいじゃないか・・・」
「駄目だよ。もうすぐ消灯時間だ」
「・・・・・・・・・泊まっていけばいい」
「・・・・・・・・・」

 駄々をこねるガルマにシャアはくすりと笑みを漏らしただけで、今度こそベッドから降りた。ガルマはベッドに突っ伏して、バスルームへと向かうシャアの背中を見送った。
 いつも、こうなのだ。シャアは決してガルマの隣りで眠らない。消灯時間には寮監がチェックに来るから、部屋にいなければどこへ何をしに行っていたのか説明しなければならなくなる。まさかガルマの部屋でいちゃついていましたとおおっぴらに言うわけにはいかないのはわかるのだが、それはそれで淋しいものだとガルマは思っていた。シャアはその点割り切っていて、欲しがっているのは側にいたがって甘えているのは、いつも自分だけだと錯覚してしまう。シャアは聞き分けの無いガルマに、しょうがないなと笑うだけ。
 それが、ガルマを不安にさせているとは、知らないのだろう。
 愚かなことだと、ガルマは首を振った。もしもシャアに、本当に僕のことが好きなのかと問えば、馬鹿にしているのかと怒られるだろう。彼が誰にでも抱かれるようなひとだとは思わない。そもそも何がそんなに不安なのか、ガルマ自身掴みきれていなかった。
 カタンと向こうの部屋から音がして、シャアがこちらに戻ってくる気配がした。ガルマは慌てて起き上がり、身だしなみを整える。それから部屋に点々と、ドアからベッドまでの道のりに脱ぎ捨てられていた制服を拾い集めた。ここしばらく卒業試験の準備に忙しくて、彼と触れ合えなかったせいか、待ちきれなかったような切羽詰っていた自分に赤面する。試験が始まってしまえば、もっと忙しくなるだろう。そして卒業すれば、二人の道は完全にとまではいかなくても、分かたれる。

「あ・・・っと」

 制服を畳んでいた時、何かが小さな音を立てて落ちた。

「・・・・・・・・・?」

 金色のロケットペンダント。ガルマは首を傾げた。ガルマの持ち物ではないし、シャアの制服から落ちた以上シャアの物なのだろうが、ガルマが不審に思ったのはそれに封がしてあったことだ。
 蓋の上から、開かないように更に金属を被せ、閉じてある。これでは、他人はおろか、自分でも中のものが見られないだろうに。
 どういうことだろうとガルマが考え込もうとした時、ドアノブを回す音がした。
 咄嗟にとった行動に深い意味は無かった。ガルマはロケットを自分のポケットに隠した。

「―――ガルマ・・・、ああ、さすがに着替えたか」

 控えめに顔を覗かせてから、シャアは部屋に入ってきた。もしまだガルマが裸でいたらと躊躇ったのだろう。彼は自分の服に着替えていた。ガルマの部屋のクロゼットには、いつのまにかシャアの私服が常備されている。

「シャア」

 動悸が早くなるのを自覚して、ガルマは焦った。ポケットにしまいこんでしまった、小さなロケットの存在が重い。気づかれないようにしなくてはと、ぎこちなくも制服を差し出した。シャアがそれを受け取って、

「君もシャワーを浴びてきたらどうだ?・・・待ってるから」

 それから部屋に戻ると言った。うなずいて、そそくさとガルマはバスルームに飛び込んだ。
 どうしよう。
 返すべきだろう。咄嗟にしてしまったとはいえ、あれでは盗んだのと同じだ。制服を畳んでいたら落ちてしまったんだと、今言えば、シャアは許してくれるだろう。だが。
 この場合、だが、が重要だ。だが、これの中身を知りたい。
 おそらくこれはシャアの秘密だ。誰にも、この自分にも知られたくないだろう秘密。秘密などというものはその重要性如何に関わらず、誰しもひとつは持っているものだが、制服の内ポケットに、大事そうに小さなロケットに入れてさらに封までして隠すとは、彼にとって大事な秘密なのに違いない。
 それが何であるのか、知りたいと思うのは、自然なことだろう。
 ロケットを差し出して謝った後、中身を見せてくれないかと頼んだら、シャアは見せてくれるだろうか。

「シャア・・・・・・?」

 バスルームを出ると、シャアは部屋の玄関で待っていた。脇に折りたたまれた制服を抱えている。ガルマが寄っていくと、何も知らない彼はおやすみと囁いて、頬にキスをした。

「シャア、」
「なに?」

 シャアは自分の行動に照れたように笑っている。ガルマは出かかった言葉を飲み込んだ。

「・・・・・・愛してる」

 言おうとした言葉を置き換えて唇が紡ぎだしたのは、ガルマの真情そのものだった。僕は、彼を愛している。まるで免罪符のようだと罪悪感が胸を刺す。突然の告白に、シャアは戸惑って目を丸くした。僕もだ。嬉しいと書いてある顔で、シャアはガルマの愛に答えた。
 シャアが出て行き、ドアが完全に閉じられてしまうと、手の中に握り締められた金属の硬質な冷たさが全身を麻痺させていった。





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さて、最終章です。
金のロケットは皆さんご存知ですよね。