朝の光の中で、シャアは青褪めた。

「嘘だろう」

 呟いた言葉を確認しようと、さっきからやっていた動作をまたなぞる。制服のポケットを探り、上下逆さまにして振ってみても、出てくるはずのものは現れなかった。嘘だ、ともう一度呟いて、シャアはクロゼットを開けた。しまわれていた服を一着ずつ確認し、無いとわかると放り投げた。普段ならもちろんそんな無作法なことはしないシャアだが、もはや構ってはいられなかった。クロゼットが空になり、引き出しの中身をぶちまけてみても、目的の物は見つからなかった。呆然と、立ち尽くす。
 地球から持ってきた、唯一自分が何者であるかを証明する物。あれには、たったひとりの家族である妹の写真が入っている。自分に向かって笑いかけるアルテイシア。
 それだけならば、なんとでも言い訳がきくだろう。だが、絶対に他人には見られてはならないものも、そこにはあるのだ。
 ダイクン家の紋章。ロケットの内側に刻み付けられた血のシンボル。写真を除かなければ見ることはできないが、見られたら致命的なものでもあった。
 危険だと、わかっていても。どうしても捨てられなかった。持ってくるときには念を入れて、封まで施した。なにより、無くすはずなどないと思っていた。
 それが。
 誰かに拾われたら不審がられるのは当然だ。開けて見るためのロケットペンダントに封がしてあるのだから、尚更好奇心を煽るだろう。用心したのが結果として仇になった。もしも、中を見られたら、紋章を見られたら、大変どころの騒ぎではない。ジオン・ダイクンの忘れ形見の話題は、今でも公国で一番のゴシップだ。偽者にせよ、本物にせよ。
 どうすべきか。シャアは迷った。
 あれは探すには危険だし、無くすには惜しい。なにより妹の写真は手元にあれだけしか持ってこなかったのだ。笑顔の妹。アルテイシアをを最後に見たとき、彼女は泣き叫んでいた。今も耳に蘇る。行かないで、兄さん。
 家族の写真。他は全て地球だ。マス家にあるものと、ダイクン家の物を納めた銀行の隠し金庫の中。

「…………」

 ため息を吐いてシャアはのろのろと制服に着替えた。今日から士官学校は卒業試験の期間に突入する。半ば突貫で叩き込まれたものを一週間で試されるわけだ。結果はそのまま軍に持ち込まれる。手を抜くわけにはいかなかった。もっとも今の心境でまともに試験が受けられるとは思えないが。

―――それでも。

 それでも、あれを諦めてしまうわけにはいかない。諦めたら、ここに来た意味さえなくなるような気がしてしまうのだ。
 復讐を決して忘れないための、金のロケット。
 もっとも変質しにくい金属で作られている。





 試験を受けないわけにはいかないから、捜索はどうしても夜になる。制服で活動するところを重点的に、シャアは探し回った。まずは校舎と寮。図書館、帰り道に至るまで、文字通り這うようにして探した。けれども見つからなかった。
 もしかしたら誰かに拾われてしまったのだろうか。シャアは電気も点けていない暗い室内を睨みつけた。部屋の惨状はあのままで、足の踏み場も無い。拾った人物が拾得物として学校側に届けてくれれば良いが、どこかに売られでもしたら、二度と手元には戻ってこないだろう。しかしそれは、まだ良い想像だ。
 学校には「金色のロケットペンダント」として提出してある。決して嘘ではないが、本当のことでもない。あれは本物の金だ。純金100%。メッキ加工ではないことは、目の肥えた者が見ればすぐに見抜くだろう。そして士官学校とは主に目の肥えた者、つまり良家の子弟ばかりがほとんどを占めているといっても過言ではない所だ。そんな高価な物の持ち主が地球出身の孤児とわかれば、出自を疑われかねない。自分のものであることを証明しろ、中を見せろと追及してくるだろう。
 そしてもしも、中を見られてしまったら?
 写真の人物が誰かはわからなくても、ダイクン家の紋章はわかるだろう。サイド3において、ジオン・ダイクンは偉人と崇められているが、支配者はザビ家だ。親ダイクン派は危険思想の持ち主として排除されている。閑職を宛がわれるか、コロニー追放くらいで済めばよいが、正体が知られたらどうなるか。ザビ家は容赦しないだろう。
 そうなる前に、なんとかしなければ。最悪の事態を想定して、行動する覚悟をシャアは決めた。まだ時間はある。疑われているのならば、その人物は何らかの行動を起こすはずだ。
 同時に、ある可能性について気づかないフリをしていることにも、シャアは気づいていた。



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お久しぶりです……。
覚えておいででしょうか?