The Fairest Of The Fair






 総帥の演説が終わってしまえば、後はすることがない。生徒たちは一端それぞれの教室に戻り、解散の挨拶を受けた。その後すぐに帰宅する者もいたが、ほとんどが教室で久しぶりにあう友人たちとのお喋りに興じていた。やはりというか当然というか、ガルマはそれらの挨拶責めにあっていた。
 シャアはというとその人の波に巻き込まれないうちに、さっさと避難している。遠巻きに眺めるだけのシャアに、ガルマは恨めしそうな視線を送るが、その間にも次々にやってくる者達のあしらいに必死だ。こういう手合いの相手をするのにもようやく慣れてきたようだ。夏期休暇に入ってからの社交界責めのおかげだろう。

「シャア・アズナブル」
「はい」

 シャアを呼んだのはクラスの担当教官だった。彼はまだ教室に大勢の生徒が残っていることに少し躊躇して、シャアを手招きした。おとなしく従い、廊下へと出る。

「…すぐ、学長室へ行くように」
「学長室へ?」

 何の用で、とまでは訊かなかった。行けばわかることだ。

「…わかりました。すぐに参ります」

 チラリとガルマを窺えば、 気遣わしげな視線でこちらを見ていた。この後の約束があったわけではないが、一応ひらりと手を振って出て行くことを伝える。どうせガルマは総帥と一緒か、そうでなくても迎えの車で公邸に帰るのだろう。












 それにしても、学長が一体何の用か―――。演説の時、一瞬出遅れたことを咎めるつもりなのだろうか。そんなことを教育されているわけではないが、心当たりといえばその程度だ。しかし、あの時に学長は壇上にはいなかったはずだ。
 あの一瞬を見咎める事ができるとしたら、それはギレンだろう。

「シャア・アズナブルです」

 ノックの後、名乗りをあげる。待つ事もなく「入れ」と応えが返ってきた。

「…貴様がシャア・アズナブルか」

 そう言った男に向かい、シャアはすっと敬礼した。総帥服を着た男。
 ギレンだ。
 予想はしていたものの、こうして一対一でギレンと相見えるとは想像していなかった。この部屋の主である学長はおろか、警護の者さえギレンは連れていない。
 シャアは息苦しさを覚えた。目の前の男が総帥になったのは、さすがにダテではない。圧倒される。カリスマと呼ばれるものを感じて、シャアは緊張した。

「シャア・アズナブル。仰せによりまかりこしました」
「うむ」

 ギレンはゆっくりと学長用の椅子から立ち上がった。あからさまに値踏みする視線を真っ向から受け止める。ギレンはしばらくシャアを眺めて、かすかに瞠目した。

「―――どこかで会った事があるか?」
「―――は……?」

 一体何を言うつもりかと身構えていただけに、その言葉は意外だった。
 どこかで会ったもなにも、十数年前まではそれこそ毎日のように顔を会わせていたのに。忘れてしまったのか―――そう言ってやりたいのを堪える。自然と笑みが零れ落ちた。

「なんだ?」

 まさか笑われるとは思っていなかった、ギレンが不愉快そうに額に皺を寄せる。

「いえ…その、ご令弟にも同じことを言われましたので…つい。失礼致しました」
「ガルマが?」

 これもギレンにとっては意外だった。ガルマの知己でギレンに重なる者は多いが、それにしては目の前の青年は例外だろう。出自をみてもわかるが、アズナブルという名には覚えがない。
 それなのに、見た瞬間、ギレンは懐かしさを憶えた。今ではなく、講堂で演説をしているときに。それが、シャアをここに呼んだ理由だ。
 何故ここにいるのかわからないと、立ち尽くす迷子のような風情と、直後の憎悪。
 ほんの一瞬だったから確かではない。
 こうして目の前にすると錯覚だったのかと思えるほどだ。それほどシャアには隙がない。多少緊張してはいるが、総帥と対面して臆する事のない態度でいられるのだから大した者だといえよう。

「あれは何と言っておった」
「それが、どうしても教えてくれないのです」

 よろしくと言って握手を交わした後も、さりげなく何度か訊いてみたことがある。だが、ガルマは決して答えてくれなかった。頬を染めてもうそれは忘れてくれと繰り返す。ガルマとは士官学校で初めて会った。だから完全にガルマの勘違いなのだが、反応が面白いのでついからかってしまうのだ。
 だが、ギレンとは違う。彼とは会った事がある。本当に忘れているのか忘れたふりをしてこちらの出方を待っているのか。
 いずれにせよ、キャスバルだと知れれば殺されることには間違いない。

「総帥にお目にかかるのは、初めてです」

 内心の可笑しさをこらえてぬけぬけと言う。ギレンは小さくうなずいた。納得するしかないだろう。目の前にいるのはシャア・アズナブルという名前の男なのだから。














 ―――一番の友人なんです。
 久しぶりに家に帰ってきた弟は、自慢そうに言っていた。金色の髪と蒼い瞳をもつ友人。成績優秀で精錬潔白。聖人君子を絵に描いたような口ぶりで熱っぽく語っていた。
 ガルマはお人好しなところがあるが、世間知らずというほどではない。父や自分たちについて群がる人間模様を見てきている。そう簡単には騙されたりはしないだろう。
 ギレンはあらためてシャアを見つめた。なるほどガルマの言うとおり美しい男だと思った。だが一つだけ、ガルマの言っていたこととは違うものがある。
 瞳。
 柔らかい、とガルマは評していたが、とんでもない。これほどの野心を秘めた瞳のどこが柔らかいものか。
 それでもギレンはその瞳が嫌いではない。すぐさま靡いて媚びを売るようなものよりは、誇り高い獰猛さを失わないその瞳のほうが好みだ。

「あの時」

 蒼い瞳を覗き込みながらギレンは気にかかっていたことを口に出した。

「何を見ていた?」

 その瞳は、一体何を映していたのだ。

「……総帥を」

 半ば予想していた問いだったので、シャアの答えはすぐにでた。嘘ではない。あの時、シャアはギレンを見ていたのだ。ただし、過去の。

「いずれ、そこまで行ってやろうと思って見ていました」

 いずれ、殺してやろうと思って見ていたのだ。しかしそんなことは億尾にも出さずに答えをかえす。
 そこまで、というのはトップの地位のことだ。総帥の座。

「……ほう」

 野心をはっきりと告げられて、ギレンは目を眇めた。面白いと思うのと同時に、可愛げのある男だと思った。気に入った。
 この男は、とてもガルマの手には負えないだろう。

「総帥…?」

 シャアは目を瞬かせた。今、ふいにギレンの顔が近づいたのだ。一瞬の出来事。ああ、キスをされたのか。理解した今も、何故それが起こったのかがわからない。
 再び伸びてきた手を、一歩下がる事で避ける。ギレンの意図が読めない。混乱しそうになる。髪に手を差し入れられ、引き寄せられた。咄嗟に瞼を閉ざす。二度目の口付けはやけにはっきりと感じられた。

「お戯れはおやめください」

 腰に手を回されて、シャアは慌てて離れようとした。だが次の瞬間にはふわりと体を浮かされて、学長の大きな机の上に座らされる。ゆったりと背中が机の上につき、ギレンの体が膝を押し分けて割り込んできた。
 この状態まできてこれから何をされるのかわからないほど、子供でも初心でもない。

「嫌か」
「当然です」

 きっぱり言ってやると面白そうにギレンの目が細められた。嫌、といいながらもシャアは何ひとつ抵抗をみせない。このままギレンが行為を進めれば、黙って抱かれるつもりなのがわかったからだろう。

「私に抱かれる事は、不名誉ではないぞ」
「あいにく私には、権力と寝る趣味はありませんので」
「はっきり言ってくれる」
「こんなことをしても、総帥には何ら得るものなど無いと思いますが?」
「得るものがなければこんなことはしない、と思うのか」
「違いますか」
「……気に入ったものは手に入れる。それだけだ」

 それだけ、か。手に入れて満足してしまえば、後はあっけなく捨てる。そんなことをしても誰も文句など言えまいが、自分までそうするつもりはない。

「総帥の気紛れに付き合う、その見返りはなんですか」
「セックスに見返りを要求するのか。無粋だな」
「私は総帥の恋人でも愛人でも、部下でもありません。貞操を捧げる報酬があっても良いではありませんか」
「ふむ……」

 ギレンは少し意外そうにシャアを見た。それからにやりと口の端をもちあげる。男を相手にするのは初めてだ、と暗にシャアが言ったせいだ。

「では、望みのものを」

 与えよう。学生服を寛げ、内に着ているシャツの釦を外す。あらわれた肌に唇を寄せると、シャアの喉が震えた。

「……期待していますよ」

 シャアは抵抗しなかったが、だからといって積極的でもなかった。ギレンのするに任せたまま、無表情でいる。これが決して自分で望んだ事でないことを示すように。
 それでも全裸にしてしまうとさすがに羞恥心が沸いたのか白く透き通った肌が微かに朱を帯びた。
 制服という抑圧された道徳の象徴の上で、淫らな行為に耽る。
 初心者相手だからか、それとも単なる気紛れか、ギレンはひどく優しい手つきで愛撫を施していった。この男がこんな抱き方をするのかと意外なくらいに。気に入った、というのはどうやら本当らしい。こみあげてくる快感を堪えるように、シャアは喉を鳴らした。
 ギレンが顔を上げる。内股を辿っていた唇がシャアのそれに近づき、重なった。全裸のシャアと引きかえ、ギレンは未だきっちりと軍服を着込んだままだ。敏感になった肌を硬い生地がかすめる、そんな刺激にすら感じて、肌が粟立った。

「…どうした」
「わたしの、どこが、これほどお気に召しましたか」

 金髪碧眼が即『キャスバル』に繋がるほど、この男はデリケートではないだろうが、どこか、心の片隅にでも何かないのだろうか。嫌悪でも後悔でも憎しみでも、何かひとつでも。それとも、それがあるから気に入ったのだろうか。男の身体を抱こうと思うほど。
 シャアが訊けば、男は似ているからだと答えた。

「誰をも寄せ付けぬような碧と、とりまく金輪」
「――――――………」

 それはまた、随分とだいそれたものに見立てられたものだ。

「イミテーションで我慢なさるおつもりですか」

 この男がそんなもので満足するはずがないとわかっていて、訊いてみる。案の定、ギレンはにやりと笑い、自分が入り込む箇所に指を突き立てた。

「―――っ、あッ」

 いきなりのことに、シャアの背中が反り返る。咄嗟に振り払おうとしたのを堪え、指先で机に爪をたてた。痛い。

「いずれ、手に入れてみせる」

 気に入ったから手に入れる。実にわかりやすい。そんな理由で、この男はあの星に攻め入ろうとしているのだ。

「っん、……んぅ………」

 指がゆっくりと内部をさぐる。痛みと、今まで経験した事のない圧迫感に身体が強張ったが、どうしようもない。もともとやる気などないのだ。勝手にしろ、となかば自棄になってシャアは身体を明け渡した。










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Novel-2






えー…。先に謝っておこう。ごめんガルマ!
こればっかりは譲れなかった。シャアの初体験(男)は
絶対ギレンだ!と決め付けていたのです。

その手のシーンもちょこっと入ってますが、この程度なら
裏にはならないでしょう……。
裏と言うからにはそれなりの目的をもってきちんとエロくないと!
(目的ってなんだ目的って)変なところでこだわりが(笑)。