The Fairest Of The Fair





 見慣れない黒のスーツを身につけたギレンを見た時、正直ほっとした。周り中が父や祖父ほど歳の離れた大人に囲まれていたキャスバルは、やっと歳の近い―――といっても15も離れているが―――知った顔に、安堵のため息をついた。

「ギレン、来てくれたのか」
「キャスバル」

 葬儀は国葬で行われたが、後日身内だけのものも行われていた。喪主をキャスバルが務めていたものの、段取りはデギン・ザビとジンバ・ラルが取り仕切っていた。もともと親ダイクン派の、その筆頭であるラルと、独立の兆しを見せ始めていたデギンとは反りが合わず、葬儀の最中であるにもかかわらず度々衝突していた。そんな大人に挟まれていたキャスバルが知った顔をみて気が緩んだとしても、誰にも責められないだろう。

「良かった。このところちっとも顔を見せてくれないから、もしかしたら来てくれないんじゃないかと心配だったんだ」
「まさか―――ジオン様にはあれほどご恩を賜っておりましたのに」
「うん……」

 キャスバルはつんと目の奥が熱くなったのを堪えた。泣くわけにはいかなかった。喪主の自分が泣いていてはいけない、と必死に言いきかせる。
 俯いたキャスバルを、ギレンが不審そうに覗き込む。

「キャスバル?」
「死んでしまったんだ―――父様と、母様が……」
「キャスバル様!」

 ギレンとキャスバルの間に割って入ったのはジンバ・ラルだった。切羽詰った声で呼びかけられて、驚いたキャスバルが振り返る前に腕を引かれる。

「どうした、ラル」
「このようなところで、何を…。キャスバル様、喪主なのですから―――」
「話をしていただけだ」
「とにかく、中へ。皆様がお待ちです」

 ジンバ・ラルはキャスバルに、というよりはギレンに向かって言った。喪主なのですから、というのは言い訳に過ぎず、ギレンと二人になってはいけないと言いたかったのだろう。キャスバルにはそんなことはわからなかったが、ギレンには通じた。警戒心も顕わなラルを鼻先で嘲笑い、すでに葬儀の始まっている教会へと入っていった。
 鎮魂の鐘が響き渡る。
 幼い妹は両親の死、そのものよりも周囲の重苦しい雰囲気に怯えて始終泣いていた。今はもう泣きつかれて、ぐっすり眠っている。
 一方、キャスバルは夜になり葬儀が無事に終り客たちがいなくなった屋敷でぼんやりとしていた。今、屋敷に残っているのは使用人と、父の側近たち。ラル親子、そしてザビ家だった。彼らはお互いに牽制しあいながらこれからのことを話し合っているようで、キャスバルがその場から抜け出しても咎めず、探しにも来ない。

「……………」

 大人たちが何を話しているのかなんて、説明されなくてもわかるというものだ。今まで父が握っていた権力を誰の手に委ねるべきか、誰の下につけば言い目をみられるのか、思案しているのだろう。
 もうじき政権争いが起こるだろうということくらい、キャスバルにもわかっていた。ただ、それに巻き込まれるのは御免だった。
 キャスバルは食堂のテーブルの下に潜り込んだ。たっぷりとしたテーブルクロスに隠れて、ようやく一人になれたと膝を抱え込む。脇には用意したティーセット。いつもは妹と二人、ままごとのように行うお茶会。今はキャスバル一人だった。

「父様……母様……」

 ぽつりと呟いて、布の隙間から食堂を見回す。もう二度と二人には会えないとわかっていても、どうしても信じられなかった。今にも足音がして、母がやってきそうだ。テーブルの下に隠れているキャスバルを見つけて微笑む。まあ、こんなところにいたの、キャスバル。そう言う母の姿を待っている。だってまだこんなにも家中に二人の気配が残っているではないか。

「キャスバル?」

 呼ぶ声にはっとして顔をあげた。テーブルクロスが巻き上げられる。
 現われたのはギレンだった。

「こんなところにいたのか」
「ギレン」

 がっかりしたのが伝わったのか、ギレンが同じように潜り込んできた。

「…どうした」

 窮屈そうに手足を屈めて、顔を覗き込む。泣いているのかと思ったらしいが、キャスバルは泣いてはいなかった。泣けないのか、とギレンは訊いた。キャスバルはうなずいた。

「…私が泣くわけにはいかないだろう?これから、アルテイシアを守っていかなくてはいけないんだ」

 キャスバルが大人びた口調なのはいつものこと。いつもならそれは彼を年不相応に、大人に見せていたが、今は逆効果だった。途方に暮れる子供がそこにいた。ギレンは言った。

「誰か、おまえに泣くなと言ったのか」
「そんなことは言われなかった。でも……」

 しっかりしなくては。そう思うとないている場合ではないという声が聞こえてくる。
 ギレンは手を伸ばし、小さな頭を引き寄せた。キャスバルは大人しくギレンの腕の中に収まる。

「今のうちに泣いておいたほうがいい。…大人になると、かえって泣けなくなる」
「ギレンも、泣きたかった?」

 その問いに答えは無く、ギレンは黙ってキャスバルの頭を撫でた。彼の体は温かかった。生きている事を実感させる、温もり。
 棺に入った父と母の冷たさとは正反対のそれにキャスバルは安心した。

「…………っ」

 ぎゅう、とギレンのスーツを握りしめて、喚きだしたい衝動を堪える。妹のように泣き喚く事はできなかったが、それでも涙が出てきたことが嬉しかった。ギレンの手があやすように背中を撫でていた。













 あの優しさだけは嘘ではないと、シャアは思っている。あの後、泣き疲れて眠ってしまった自分は、朝になってベッドで目が覚めた。喪服からパジャマにきちんと着替えていた。ギレンが面倒を見てくれたのだろう。
 たとえギレンが、ザビ家が両親を殺した罪悪感からあの時慰めてくれたのだとしても、その後自分を殺そうと画策したとしても、あの時に殺さなかったという一点で、シャアはギレンが見せたあの時の優しさだけは本物だろうと信じていた。












「――――――ジーク・ジオン!!」











 高らかに叫んだギレンに引き寄せられるように、割れんばかりの歓声があがる。
 あっという間もなく思い出は怒涛の歓声に押し流されて、残ったのは今ここに居るという現実だった。両親をザビ家に殺され、その復讐のためにここにいる、という現実。
 シャアは咄嗟に周囲にあわせてシュピレヒコールをあげる。隣りにはガルマがいるのだ。不審に思われてはいけない。ガルマは目を輝かせて壇上を見上げていた。
 その名を使うな、と叫びだしそうだった。簒奪者にそんな資格はない。亡くなった後にまでとことん利用されるなんて、可哀相な父様。許せない。
 ギレンがゆっくりと檀下を眺め、満足げに口元を緩ませる。側近とともに壇上を降りようとして、ふっともう一度、壇下を見た。
 ほんの一瞬。
 目があった。
 それだけでもうギレンは舞台から去って行った。








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Novel-2







オリジンのシャア・セイラ編が終わる前に、でっちあげてしまおう…。
そろそろ話も佳境に入ってきました。

若い頃のキシリアさんはかっこいい…。
あれから何があったんだ!?と問いたいくらいかっこいいです!(笑)