The Fairest Of The Fair




 8月15日は、ジオン公国にとって特別な日である。
 サイド3が、ジオン公国の宣言をした日。ジオン公国国慶節。
 士官学校はすでに夏期休暇に入っていたが、この記念日にあわせて全校生徒及び職員が戻ってくる。
 さらに、今年は特別だった。
 ジオン公国の総帥、ギレン・ザビが、この士官学校で演説するのである。
 そのため、学校全体がいつもよりざわめいていた。

「久しぶり!シャア!」

 飛びつく勢いでやって来たのはガルマだった。約半月ぶりの再会だが、シャアにはそれほどの感慨は無い。ああ、とうなずいただけのシャアに、ガルマは不安そうに目を瞬かせた。シャアがそっけないのはある意味いつものことなのだが、再会の喜びくらいあってもいいのではないか。それとも、夏期休暇を寮で過ごしていたシャアに楽しそうな顔で久しぶり、なんて、無神経だったろうか。
 咄嗟に次の言葉が出ないガルマが何を考えているのかわかったのか、シャアはひょいと苦笑して肩を竦めた。

「ああ、そうじゃなくて―――。夏休みの間中、君はしょっちゅうテレビに出ていたからね。あんまり久しぶりという感じがしないんだ」
「そういうこと、か」

 ほっとして、ガルマは笑った。少し困ったような、笑み。
 夏期休暇に入った途端、ガルマのスケジュールは公式行事で埋まった。士官学校に入学した、ザビ家の末子。誰もが認める公王の秘蔵っ子。そのガルマが士官学校へ進学したことで、ザビ家は戦う意志を国民に示し、同時に戦意を鼓舞した。
 今までガルマは学生である―――子供である、ということを理由に、公式な行事にはあまり関わってこなかった。TVや雑誌の取材をうけることはあってもそれはガルマ個人のことではなくザビ家の一員としてであり、あくまでも戦争とは無関係だった。ギレンやドズルとは180度違う印象を与えてきたのだ。心優しく、美しい貴公子。そんなイメージをガルマ・ザビは植え付けてきた。

「まだ慣れていないせいもあるが、ああいう場に出ると自分が未熟なことを思い知らされるよ」
「比べられるからか?」
「まあね。しかし、ああいうものにも慣れなくてはならないのだから、軍人というのは大変だ」

 もっともらしくうなずいて語るガルマに、シャアは可笑しくなった。

「公式の式典に出席するのは限られた軍人だけだろう。…今日はガルマ様の演説はあるのかな?」
「ガルマ様、はよしてくれ。今日はあいにく一生徒としての出席だよ」
「それは残念」

 講堂には生徒・職員の他に、正規の軍人が並んでいた。教官たちも軍人には違いないが、よほどのことが無い限り戦場には出ることの無い軍人だ。
 壇上と、講堂の壁際、二階テラス部分に至るまで、厳めしい軍人たちがズラリと並ぶ。彼らはギレンの親衛隊、そして護衛兵達だ。
 そして仕官候補生たちに、軍人とはかくあるべし、という見本にもなる。エリート軍人の生きた見本。
 ガルマはシャアとともに、一年生の列に立っていた。一学期の成績順。一位はシャア。二位がガルマ。筆記試験の結果だけをいうならガルマが上なのだが、いかんせん全体を見るとシャアのほうが上だった。兵士を育てるところなのだから運動能力に重点が置かれるのは当然だろう。
 今のガルマには、入学式の時に感じていたなかばやつあたり的な憤りは無い。さほど点差が離れているわけではないせいもあるが、むしろシャアがトップなのが誇らしかった。家に帰った時などつい家族の前で自慢してしまったくらいだ。二位で満足するとは何事か、と叱りつけたものの、ガルマに誇りに思えるほどの友人ができたことが嬉しかったのか、その後少しだけ笑ってくれた。少しだけだが。その兄が今、壇の中央に立つ。その顔は見慣れた兄のそれではなく、総帥としてのそれであった。

「―――諸君」

 ギレンが講堂を一望し、口を開くと、それまでどこかざわめいていた雰囲気がぴしりと緊張した。

「今日はこのサイド3がジオン公国としての宣言を果たした、記念すべき日である」

 言葉の持っている威力というものを計算しつくされた語り方だった。彼はこんな話し方をする人だったろうか、とシャアは思い出そうとした。
 実物のギレンを見たのは一体何年ぶりだろうか。老けたな、というのがシャアの率直な感想だった。まだ30代の半ばのはずだが、ずいぶんと老成して見える。
 最後に会ったのはいつだったろう。ジオンが亡くなってから俄かに身辺が物騒になり、政権争いに巻き込まれる前にと地球へと逃げた。あの時はまさかザビ家が自分に危害を加えようなどと企てているなどとは思ってもみなかった。詳しい事情を聞かされたのはそれでも安全とは言い切れない地球でだった。だから会えなくなると知った時には純粋に悲しかったものだ。今までも会えなかったがそれは周囲が引き止めるからで、会いに行けば会えると信じていた。自分が望めば彼は会ってくれる。ギレンはいつも親切で丁寧で紳士的だった。あの日、父の葬儀の日にも。











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Novel-2










お待たせしました、続編です!
実をいうと「F-F」の番外編と称してちょっと怖い話を…と思っていたのです。
が、結局のところボツに。
ボツにした理由はオリキャラが出張ってしまうのと、あまり怖くなくなってしまったこと。
レポート用紙にして20枚。総ボツ。
しばらくへこんだ。