愛と青春の日々
#81:Love is disgraceful
「ただいまー」
姿が見えないと思ったら、出かけていたらしい。
おかえりなさい、と声をかけた八戒は、ふと悟空が手にしているものに視線が吸い寄せられた。
「悟空、それどうしたんですか?」
悟空は早速包装を開けて、出てきた茶色い塊を口に放り込んでいる。
「三蔵に買ってもらった」
ちょうどそのタイミングで、三蔵が部屋に入ってきた。
八戒のまじまじとした視線を受けた三蔵は、あからさまに不快な顔をする。
「……何だ」
「三蔵、今日が何の日か知ってます?」
問う八戒の表情は何とも意味ありげだが、思い当たる節のない三蔵は訝しげに眉を寄せる。
八戒はちらと悟空にも視線を向け、そして面白そうに微笑んだ。
「西の方では、恋人に贈り物をする日です」
「え?」
悟空が口にものを入れたまま、まぬけな声を出す。その視線が、おのずと三蔵に向かった。
三蔵もまた、わずかに目を見開いていることから、知らなかったことが窺える。
二人の視線がぶつかった。
「――あっ、俺悟浄に用があったんだ!」
何やら察したらしい、悟空は取って付けたような理由をまくしたて、慌てて部屋を出て行った。
「……逃げちゃったじゃないですか。三蔵がそんな怖い顔するからですよ」
「誰のせいだ」
八戒の発言は、よほど三蔵のお気に召さなかったらしい。
けれど八戒は懲りずに、さらに追い打ちをかける。
「ちなみに東の方では、女性が男性に告白する日なんですよ。――チョコレートを贈って、ね」
06/02/14
#82:Love is unexpected
「あれ買って!」
いつもであれば即座に却下したはずの悟空のおねだり攻撃に対し、三蔵がめずらしく無言でカードを渡したのには相応の理由があった。
店先に所狭しと並べられた菓子類、胸焼けがするような甘い匂い。
早くここを通り過ぎてしまいたくて、悟空と言い争う時間さえ惜しかったのだ。
店の外で悟空を待つ三蔵は、ほとんど営業妨害になりそうな面持ちだった。
――と、ふいに、既視感が三蔵を襲う。
ごく最近、これとまるっきり同じことがあった。
思い出すと早かった。あれはちょうど一か月前のことだ。
同じ状況、同じ行動。結果、八戒に非常に不快な思いをさせられたことが記憶に鮮明だ。
「今日」もまた何かあるのだろうか?
思わず悟空を探して彷徨った視線は、収穫物を手に店から出てくる姿をとらえる。
お待たせ、と駆けてきた悟空は――しかし一か月前とは異なり、手にした包みをそのまま三蔵に差し出した。
「はい、これ。今日、先月もらったチョコのお返しする日なんだって」
明らかに予想外の展開に、三蔵はしばし瞠目する。
ようやく口から出た言葉は。
「……お返しも何も俺の金だろうが」
悟空は、う、と一瞬言葉に詰まったが、すぐに口をとがらせて言い返した。
「いいんだよ気持ちの問題だから。いらないなら返せ」
「一度もらったもんは俺のだ」
「まだあげてないだろ!」
「自分の言ったこともう忘れたのかバカ猿」
……悟浄か八戒がいれば「痴話喧嘩か」とあきれただろう言い争いを、自覚のない二人はとめどなく続けるのだった。
06/03/14
#83:Love is false
「うそつき」
唐突な非難に、三蔵は身をかがめて悟空の顔を覗き込む。
「何がだ」
「しないって言ったじゃんか!」
「そうだったか?」
とぼけるつもりでなく、三蔵は問い返す。
「そーだよ! だから一緒に入ったのに!」
午前1時のバスタブ。
わりと早寝の二人がこんな時間に起きているなんて、理由は一つしかない。
大声出すと隣に気付かれるぞ、と三蔵は思うが、思うだけで言わずにいる。自分から不利な条件を増やすことはない。
代わりに、めずらしく言い訳をしてみた。
「4月1日はエイプリルフール、だろ?」
しかし、あからさまに今思いついたような理由は悟空を余計に怒らせただけで、二人でベッドに潜り込んで夢の世界にダイブするまで、三蔵は悟空の文句を聞き続けなければならないのだった。
06/04/02
#84:Love is fetishistic
悟空がやけにぶかぶかのハイネックを着ている。
目ざとく見つけた悟浄は、好奇心にまかせて尋ねた。
「それ、三蔵様の?」
「着てろって」
悟空の視線を追って、悟浄もちらりと三蔵を窺ってみる。相手はまったくの無反応だ。
「ふーん」
含むように呟いて、悟浄はいきなりハイネックの首をぺろりとめくった。
「わ!」
「……なんだ、何もねーじゃん」
三蔵に向けたため息は、鋭い眼光で返される。
「何があるんだよ!」
手元で憤慨する声に、悟浄は悟空に視線を戻した。
「ああ、いや、大人の事情だ」
悟空はいぶかしげな顔になる。当然だ、わからないように言ったのだから。
「苦しいんだからいいかげんに離せよ!」
「悪い悪い」
けれどその瞬間に悟浄は、三蔵が何気なく悟空から視線を外すのを見てしまう。
――ああ、そうだったのか。
「何もない」のではない。悟浄は確かに見た。
ハイネックの下にあったのは――三蔵が隠したかったのは――首筋、襟足、うなじ。
「…………ムッツリ。」
途端、三蔵からもの凄い勢いで睨まれたから、きっと図星だ。
06/04/23
#85:Love is surprising
「……キスしたいな」
こぼれ落ちた呟きに、悟浄と八戒はぎょっとして発言者を振り返った。
平和な昼下がりを襲った爆弾は、しかし二人の視線には気付かずに、ぼんやりと三蔵を眺めている。
「……あのー、悟空?」
八戒が慎ましく申し出た。
「頭のナカミ、こぼれてますよ」
「えっ!?」
ようやく悟空は慌て出す。
「ウソ、待って俺、いま何――」
顔を真っ赤にして狼狽える様子に、悟浄は思わず吹き出した。おもむろに八戒の肩を抱き、強引に二人揃って悟空に背を向ける。
「俺たちは後ろ向いててやるよ」
――そんなことを言われても。
悟空は困り果てる。いわゆるそういう関係だとは知られていても、彼らの前でそういう振る舞いをしたことはなかった。できるはずがない。恥ずかしすぎる。
そっと三蔵を窺ってみると、案の定、仏頂面だ。悟空の迂闊さに呆れ果てているのか、悟浄のからかいに苛立っているのか――。
「ごめん三蔵っ」
先手必勝とばかりに謝ってしまう。
悟空の頭上でため息が聞こえた。そして。
「悟浄、悪ふざけもほどほどにしないと――――あ。」
肩に置かれた手を振り払って、悟空に助け船を出そうとした八戒は、ばっちり見てしまった。
同じく、二人の方に向き直ろうとした悟浄も。
「――失礼しました」
八戒と悟浄は、せかせかと部屋を後にした。
06/06/04
#86:Love is still
「三蔵様ー!」
「三蔵様、どちらですかー?」
土を踏む、あるいは砂利を跳ねる、いくつもの足音。
重なるいくつもの声が、遠くから聞こえてくる。
「……呼んでるよ?」
悟空は空を見上げながら呟く。
眩しい青空には、白い雲が絶えず流れている。見ていてあきない。
風のせいか、日が差しているわりに、涼しい午後だった。
悟空は、人目のつかない木陰にひっそりと身を寄せる。
――そして、もうひとり。
悟空の膝を枕にして、寝転んでいるのは三蔵。
「行かなくていーのか?」
「行ってもいいのか?」
質問を質問で返す。同じことを悟空がすると責めるのに、三蔵は勝手だ。
だいいち、悟空の答えなんて知っているくせに。
「まだ、行くなよ」
それでも三蔵は、悟空が願うと、満足そうに笑う。
「なら行かない」
もう少し、このままで、ふたりだけで。
06/07/16
#87:Love is marked
「…………すげーキスマークだな」
風呂上がり、ハーフパンツ一枚の悟空を見て、まるで他人事のように三蔵は言うが。
「付けたの誰だよ!」
「俺以外のやつだったら殺すぞ」
勝手な男は物騒に笑う。
何だか悔しくて、悟空は挑発するように言ってみる。
「これだけあれば、一つくらい増えてたってわかんねーだろ?」
すると、突然腕を引かれ。
「これは昨日バスルームで、これは一昨日外でヤった時――」
ぎょっとする悟空のことなどほったらかしにして、三蔵は嫌がらせのように一つ一つの痕跡を解説していく――が。
「これは…………、」
不自然に途切れる声。
悟空はぎくりとする。身に覚えなど断じてないが、言いがかりでもつけられたら堪らない。
「何…、――っっ!」
焦って問いかけて、けれど後半は言葉にならなかった。
腰を痺れさせる、刺激。
「……消えかけてたから付け直したぞ」
三蔵はしれっと言って、悟空を怒らせた。
06/10/09
#88:Love is smokeless
「ソレって口寂しいの?」
「ああ?」
ソレ、と悟空が指さすのは、三蔵の口許だ。
「タバコ。火ぃ付けずにくわえてるから」
何も好きこのんでそうしているわけではなかった。
だが、古く貴重な書物が溢れんばかりの狭苦しい書庫では、さすがに三蔵も喫煙を控えざるをえない。
自然、不機嫌な声になって三蔵は悟空に絡む。
「悪いか?」
「悪くないけど、気になる」
ふと三蔵の頭に、小さないたずらが思い浮かんだ。
つい、と悟空の顎に指をかけ持ち上げて。
「――だったら、お前が『代わり』をくれるか?」
「イイヨ」
悟空は、拍子抜けするほどあっさりと言ったかと思うと、どこから取り出したのか、三蔵の口に飴を放り込んだ。
にこ、と笑う様子に他意は見られない。
「…………ガキ。」
そうじゃねぇだろ。
三蔵は顔をしかめ、甘ったるい飴を奥歯で噛み砕いた。
06/11/06
#89:Love is better
たとえば、タイ焼きとソフトクリームだ。
日一日と冷え込みが増すこの季節、通りに二つの屋台が並んでいたとして、どちらに足を向けるかは悩むまでもない。
つまり。
二つの寝台があって、一方では子供が丸まってぬくぬくと眠っていて、もう一方は整然とベッドメイクされていたら、どちらに足が向くかは決まっている。
誰だって、添い寝するなら冷たい空気よりも温かい体温の方がいい。
よって、三蔵は悟空のベッドに潜り込んだ。
「……おかえりぃ」
気配で気付いたのか、ぐっすり眠っていた悟空はうっすらと目を開けて、寝ぼけた声でつぶやく。そして三蔵に身体を寄せて、眉をしかめた。
「冷たい」
それでも、腕に収まるぬくもりは、三蔵から離れようとはしない。
だから。
「あたためろ」
言って、三蔵は悟空を深く抱き込んだ。
寒い夜のこと。
06/12/11
#90:Love is snowbound
『雪が怖い』
そう怯えていた子供のことを、忘れることができない。
――明日から雪になりそうです、と八戒が外を見てつぶやいた時、隣にいた悟空の肩が少し揺れた気がした。
だから、悟浄は尋ねてみたのだ。
「お前、まだ冬が嫌いなのか?」
振り向いた悟空は、驚いたように大きな目を瞬かせた。
「え? 別に嫌いじゃねぇよ。前から」
その返事に、今度は悟浄が驚いて眉を寄せる。
「だってお前、昔、雪が怖いとか言ってただろーが」
ああ、と悟空は納得したようにうなずいて。
「うん。雪は。でも、冬は嫌いじゃなかったよ」
その後に続く言葉を、悟浄は、ある種の達観とともに聞いた。
「三蔵が、いつもより優しーから」
はにかんだような、その顔を見ていったいどんな言葉を返せというのか。
この場に三蔵がいたなら、矛先を変えることができるから、悟浄としても対処のしようがあっただろうが。
「……寒くなってきましたからお茶をいれましょうか?」
八戒がさりげなく話題を変えた。
06/12/31