愛と青春の日々
#71:Love is fool
「三蔵」
と仕事中の三蔵のところにひょいと顔を出した悟空が、ぺろりと舌を出して言うことには。
「お供え物の饅頭食っちゃった」
「ああ?」
思わず三蔵の顔には眉間にしわが寄る。
「あと、花瓶落として割って、廊下泥だらけにして、入口の門壊して――」
悟空は悪事の数々を自ら暴露していく。が、その割には反省の色が全くない。
「テメェどういうつもりだ」
苛々と声を荒げる三蔵に、悟空はにまーっと笑って。
「だって今日、エイプリルフールだぜ?」
そうして三蔵の仕事を邪魔だけして、悟空はさっと逃げていった。
その夜。仕事から戻った三蔵は、何気なく悟空に切り出した。
「明日は休みが取れた。街に行くか?」
「ほんと?」
悟空は満面に喜色を浮かべる。三蔵は続けて、
「好きなモンいくらでも買ってやるし、たらふく食わせてやる」
ここまで甘いことを言われれば、さすがに悟空も気付く――こんな、ウソばかり。ぬか喜びだ。
「……ひでぇ。三蔵のウソつき」
「信用しねぇのならやめだ。せっかく本当に連れて行ってやろうと思ったのにな」
三蔵はしれっと言うが、それだって絶対にウソに決まってる。
悔しさと腹立たしさが収まらない悟空は、苦しまぎれの逆襲に出た。
「三蔵なんか、好き、大好き、めちゃめちゃ好き!」
――この勝負、どちらの勝ち?
05/04/01
#72:Love is unsaid
「三蔵、あれ食いたい!」
店が立ち並ぶ賑わった通り。悟空がそんなことを言い出すのは、日常。
でも。
「なぁさんぞーさんぞーさんぞー!」
「――しかたねぇな」
こんなふうに三蔵が簡単に折れるのは、とてつもなくめずらしい。
「……何、アレ?」
悟浄と八戒は、思わず顔を見合わせる。
けれどすぐ、八戒が気付いた。
「ああ、今日は――」
言いかけたところで、悟空がくるりと振り返った。唇に人差し指を当て、「しーっ」と制す。
八戒は言葉を飲み込んだ。少ししてつぶやく。
「……なるほど」
「だから、何?」
「言うと魔法が解けてしまうみたいですよ」
「はあ?」
それはお互いに知らないふりをする、誕生日プレゼント。
05/04/05
#73:Love is forcible
「……ナニやってるんですかアナタたち」
ノックして、扉を開けて、八戒は深い溜息をついた。
視線の先には、真っ昼間からベッドで上と下になっている三蔵と悟空。
部屋の前を通りかかったら何やら不穏な叫び声が聞こえてきたから、無視することもできず仕方なく割って入ったのが運の尽きだった。
……どうせ、こんなことだろうとは思っていたのだが。
「見たままだ」
「見てわからないから聞いたんですが」
「――八戒っ! 助けて!」
「はあ……」
八戒の目には、三蔵が悟空を押さえつけ無理やりリップクリームを塗ろうとして抵抗に遭っている――ように見える。
ツッコミどころは色々あった。
なぜ三蔵がむきになっているのか、とか。
なぜ悟空が嫌がっているのか、とか。
あるいは、なぜ三蔵がイチゴ味のリップを持っているのか、とか。
――しかし、それよりも何よりも。
目の前で、抵抗をねじ伏せ強引に悟空の唇に塗られていくリップクリームは。
「…………何だか妙に艶めかしいですねぇ」
05/05/14
#74:Love is ignorant
顔を洗い終えて鏡を覗いて、あれ、と悟空は頭をひねった。
――首筋に、小さな赤いアザのようなものがある。
滴る水をタオルで拭って、悟空は早速八戒のもとへ向かった。
「おはよー八戒。なあこれ、虫さされかな?」
おはようございます、爽やかに挨拶を返した八戒は、「何です?」と言いかけて笑顔を引きつらせた。
その反応に気付いた悟空は、にわかに不安になる。
「何? もしかして変な毒虫?」
確かに犯人は変な毒虫で、いたいけな子供に手を出すような害虫だ。しっかり退治しないといけませんねぇ、と八戒は固く決意する。
「大丈夫ですよ、悟空。薬がありますから」
八戒は悟空の首筋に、これでもかとばかり念入りに、つんと刺激臭のする薬を塗ってやる。さらに。
「こっちは虫よけスプレーです。特に寝る前! ちゃんと肌の隅々までスプレーしてから寝るんですよ」
「わかった。ありがと八戒」
……遠目で一部始終を眺めていた悟浄は、せっかく付けたキスマークに虫さされの薬を塗られるという、たとえようもなく哀れな目に遭った最高僧に、少しだけ同情した。
05/06/15
#75:Love is heated
「暑っ!」
外は炎天下。中はゆだるような熱気。
人間より多少丈夫に出来ているとはいえ、人間じゃなくても暑いものは暑い。
悟空は目の前で涼しげな顔をしている男をきつく睨んだ。
たまに人間じゃないと思うことはあるけれど人間の範疇にあるはずの三蔵が、なぜこの暑さに耐えられるのか不思議でならない。やっぱり人間じゃないのかもしれない。
兎にも角にも、むかつく。
だいたい、悟空はシャツもジーンズも脱いで下着一枚になってしまいたいのに、それができないのも、三蔵のせいだった。
ところ構わず痕を残すあの癖は、真剣に何とかして欲しい。特に夏場。(冬ならいいという意味ではない。もちろん。)
ふいに窓から外を見ると、悟空と同じく暑がっている柴犬が――毛皮を着ている分、悟空よりも暑いのかもしれない――木陰でハアハア息をしながらぐったりしていた。
犬は舌を出して熱を逃がす、と教えてくれたのは、八戒だったか。
悟空も真似して、大きく口を開け舌を出してみる。
……どうだろう?
やっぱり効果ないか、と早々にあきらめようとした時、ふと気付いたら、三蔵が悟空を見ていた。視線が合うと、近づいてくる。
そして、舌を、舐めた。
はたと悟空が状況を把握した頃には、三蔵の手によってしっかりあごを捕らえられ、めちゃくちゃに舌を絡められてしまう。
「――――熱…っ」
05/08/23
#76:Love is itchy
「かゆい」
猿のくせに何やら難しい顔をしていると思ったら、そんなことだった。
「すげーかゆい! 三蔵、ここ何かなってねー?」
ぐい、と襟を引いて見せられたのは、ちょうど首の後ろ。
「……何もないが」
「えー!?じゃあ何でこんなにかゆいんだよ!」
悟空は怒りながら、爪をたててしきりに首を掻く。
日に焼けていない肌に、じわりと赤い線が浮かんで、三蔵は顔をしかめた。
「掻くな。馬鹿力で傷になるぞ」
「だって掻いてねーとかゆいし!」
悟空は三蔵の忠告など聞くそぶりもない。
たとえそれで、本当に傷になったとしても、三蔵は何の迷惑も被らないし、だから関わりのないことだ。
――けれど、見ているだけで嫌なのだから、しかたない。
「掻くな」
三蔵は悟空の手をつかんで、首から無理やり離した。
そして――――、唇を寄せてきつく吸い上げる。
「! んなっ、何すんだよ!」
「まだかゆいか?」
飄々と問う三蔵の、意図を察した悟空は、そっぽを向いて「知らねー!」と怒鳴った。
05/10/30
#77:Love is seeing
「目ぇ閉じろ」
あと1センチで唇が触れる。
三蔵の顔が近づいてくるのをじっと見つめていたら、あとちょっとのところでオアズケを喰らってしまった。
甘い言葉もなしで(これは別に欲しいわけじゃない)、前置きもなしで、いきなり仕掛けておいてその態度はどうなのかと思わないでもないが、わざと逆らうほど意地っ張りでもない。
……けれど、こればっかりは譲れないと悟空は思う。
透き通るような、どんな綺麗なものよりも綺麗な、紫暗の双眸。
それを、見ていたいから。
「やだよ」
好きだから。その瞳が。
――だから、キスのときは。
「目、閉じないで?」
05/11/21
#78:Love is sorry
わざと、なんかじゃない。もちろんだ。
けれど起こってしまったことは取り返しがつかなくて、原因が悟空にあるのも明白だった。
ちょっとよそ見をして勢いよくぶつかったせいで、三蔵が舌を噛んでしまった。
「ご――ごめん!」
すぐに悟空は謝った。
しかし、三蔵は簡単に許してくれないのだ。
うっかりと、「それくらい舐めとけば治るよ!」なんて軽く言ってしまったのが悪かったのかもしれない。
「なら舐めろ」
そうして、口を開け舌を見せる三蔵。
生々しい傷は、口の奥の方にあった。これを舐めるには、必然的に三蔵の口に舌を入れなければならないわけで。
――そんなのはキスと変わらない。
いや、キスよりもずっとたちが悪い。三蔵が求めているものは。
思わず頬を染め、言葉も出ない悟空を、三蔵はじっと注視する。
さあ、どうする? とでも言うように。
05/12/14
#79:Love is displesaed
またあんなところにバカ猿がいる。
三蔵は寺院の屋根の上に養い子を見つけ、眉間に皺を刻んだ。
不機嫌の理由はいくつでもある。
バカ猿はするなと言ったことを性懲りもなく繰り返すし、あれが発見されれば三蔵は寺の坊主共から鬱陶しい小言や嫌味を聞かされるのだろう。
そもそもこんな「子育て」状況に自分が陥っていることからして、まず不本意だ。
それに――視力が良いとは言えない三蔵が、共の僧侶たちより誰より早く悟空に気付いてしまうのも、何だか非常に癪に障ることである。
三蔵の姿を見留め、手をぶんぶん振ってアピールしてくる悟空に対して、三蔵は無視してやろうと大人げない八つ当たりを試みる。
だが、見過ごせない動きが視界の端を掠めた。
身体能力には優れているくせに、無駄な動きが多いせいか、悟空がバランスを崩したのだ。
危ない、と気を取られたせいで、失態を見せることになったのは、しかし三蔵の方だった。目の前の階段を踏み外す。
「――大丈夫!?」
いつのまにか、すぐそばに悟空がいた。いたってぴんぴんしている。
屋根から飛び降りて、うまく着地したようだ。そのままここまで走ってきたのだろう。
「……誰のせいだと……」
うなる三蔵に、悟空は身を乗り出して、心配そうに繰り返す。
「大丈夫? 俺のお菓子!」
視線が三蔵の手元に集まった。そこには、土産物の菓子の包み。
「――っ、テメェには絶対にやらん!」
三蔵が大人げなく宣言したのは言うまでもない。
05/12/31
#80:Love is selfish
まただ。またあんなところにバカ猿がいる。
また三蔵は寺院の屋根の上に養い子を見つけ、眉間に皺を刻んだ。
いつもより余計に皺が見られるのは、つい先日の不愉快な記憶が脳裏をよぎったからだ。
無視だ、無視。
そう思うのだが、何やら悟空は挙動不審だ。今度は何をやらかすつもりだと考えると、迂闊に目を離せない。
と、不意に悟空がバランスを崩す。
咄嗟に身体が動いたのは、悟空を助けようと思ったからではなく、たまたま悟空が三蔵の上に落ちてきたからだ。
結果的に、受け止めることになった。
「……おい、無事か?」
ちゃんと受け止めたのだから無事に決まっているが、一応声をかける。
顔を上げた悟空は――三蔵に食いかかった。
「何で食いもん受け止めてくれなかったんだよ!」
……何やらこそこそしていたのは、隠れ食いをしていたためらしい。そういえば、周囲には無惨に果実の残骸が散らばっている。
「…………」
三蔵はぽいっと悟空を投げ捨てた。
「! 何すんだよ三蔵ー!」
悟空は哀れっぽい声を出すが、三蔵としては更に足蹴にしたいくらいの気分だ。いいや、むしろそうすべきだ。
地面に這いつくばりいそいそと汚れた果実をかき集める悟空の背を、三蔵は思いきり蹴りつけてやった。
05/12/31