と青春の日々



#61:Love is energetic


「キスしてい?」
唐突にかけられた言葉に三蔵が返事をするだけの間もなく、馴染んだ感触が唇を掠めていった。
「ん、力出た」
へへ、と悟空が小さく笑う。
「……何だ?」
「えーと、疲れたから、三蔵に元気もらった。ありがとな」
別に、キスのひとつやふたつ、安いものだ。相手が悟空なら。
いや、むしろ――――
「……足りねぇ」
「え?」
聞き返す悟空の腕を、三蔵はぐいっと引き寄せて。
「まだ、足りねぇだろ? 遠慮するな」
そうして、奪う。
あれっぽっちじゃあ、全然足りない。
もっと、ずっと情熱的なキスを。

「――三蔵のバカ! 力抜けちゃっただろ!」
十分後、真っ赤な顔で叫ぶ悟空がいたとかいなかったとか。


04/09/12



#62:Love is kittenish


新顔の猫を見つけた。
濃い茶と、黒と、白の三毛。小さいから、仔猫だろうか。けれど周囲に親猫の気配はない。
くりっとした瞳と目が合う。
悟空はにっこりと笑って、おどかさないようにそっとしゃがみ込んだ。目線を近くして、チッチッと舌を鳴らしながら指先で呼ぶ。
猫は逃げ出しはしなかったが、警戒するようにじっと悟空を見つめている。
ねこじゃらしがあればなぁ、と悟空は悔しく思う。代わりにその辺に生えている草をむしって、ひらひらさせた。
するとどうやらうまく気を引いたようで、細いヒゲがぴくっと動く。
もう少し。悟空は我慢強く草をちらつかせ、じりじりと近寄っていく。
三日月の瞳が草の動きを追う。
そして。
ぴょん、と跳躍する。
(――やった!)
しかし次の瞬間、突然進路を阻んだものに驚いて、猫は一目散に逃げてしまった。
「あっ……」
悲嘆の声を上げた悟空は、大きく諸悪の根元を振り返る。
「三蔵! 何でジャマすんだよ!」
窓からビールの雨を降らせた最高僧は、馬鹿にしたように笑って背を向けた。

「――ってことがあってさぁ! 三蔵ヒドイと思わねー!?」
「……それはまたどういう嫉妬深さなんでしょうねぇ……」
「なあ、俺らあてられてるだろ? 絶対あてられてるよな?」


04/10/30



#63:Love is heating


「熱ッ!」
勢いよくスープをかき込もうとした悟空は、同じくらい勢いよくスプーンを放り出した。
「馬鹿ザル。よく気を付けろ」
「だって!」
ものすごくおなかがすいていたのだ。そして、目の前に出されたスープはものすごく美味しそうだったのだ。
冷静になれ、なんて無理な話だと、ヒリヒリする舌をもてあましながら悟空は小さく唸る。
「……見せてみろ」
溜息をつく三蔵に向かって、悟空はべっと舌を出してみせた。
紫暗の瞳が間近で覗き込んでくる。
と。
「――――っっ!」
悟空は大きくのけぞって、そのあまり椅子ごと後ろにひっくり返った。
「なっ、なっ、何すんだよ!」
「ちゃんと反応するなら問題ねぇな」
反応って問題って何だよ!?
言葉も出ない悟空に、三蔵はついさっき舌を舐めるなんてイタズラを仕掛けたとは思えない真面目くさった顔で説いた。
「食い意地張るからこういうことになるんだ」


04/11/21



#64:Love is blessing


「……悟空、朝だ起きろ」
布団からはみ出た薄い肩を揺さぶる。
んー、と返事のようなものを返しながら眠そうに目をこする少年は、「悟空」と再度の呼びかけに、ぱちっと目を見開いた。
「おはよ、さんぞっ」
花のような笑顔がこぼれるのと同時に、三蔵は飛びつかれた勢いのまま寝台に押し倒される。
「何しやがる。離せ」
「やだ」
反抗的な言葉で、悟空は三蔵にさらにぎゅっと抱きついた。
「……だって俺、気付いちゃった。今日が何の日か」
三蔵は小さく嘆息した。
己にしてみれば、この日はたいした意味もない。できれば、さりげなく通り過ぎてしまいたかったのだが。
「三蔵にはそうじゃなくても、俺にはだいじな日だから。いっぱいぎゅってしたいし、いっぱいちゅーもしたい」
そうして、少し遠慮がちに額に落とされるキスを、三蔵は黙って受け止める。
「おめでとう」
「……ああ」
観念して返事をすると、悟空は本当に嬉しそうに微笑んだ。
「三蔵、好き」
あとはもう、キスの嵐。


04/11/29



#65:Love is dreamy


「サンタクロースっているのかな?」
そんなことを大真面目に訊かれて、悟浄はちょっと困った。
普段の悟浄と悟空の関係を考えると、大笑いして「本気で信じてたのかよお前」と馬鹿にするのが正しい。
けれど今回に限っては、それができないから困った。
クリスマスを知らなかった子供が初めて迎えるクリスマス。
そんな「特別」を壊すほど、悟浄は意地が悪くないつもりだ。
悟空はじっと悟浄の答えを待っている。
さてどうしよう?
子供といっても、悟空はもう十五だ、夢みたいな話に疑いを持つのは当然だろう。
そこで「一番」の三蔵でもなく、クリスマスを教えた八戒でもなく、わざわざ悟浄を選んで訊いてきたのは、つまり、こういう場合に悟浄なら真実を言うと――意地悪でためらわず夢を壊すような発言をすると読まれているからで、悟空にしてはなかなか考えている。
ある意味信用してくれたわけだ。けれど悟空には悪いが、悟浄は裏切らなければならなかった。
「そうだな――ま、いるんじゃねーの、お前なら?」
嘘ではない。
大きな袋を抱えたサンタクロースが、悟空には二人ばかりついているのだから。
――いや、二人が三人になったって、きっとかまわない。


04/12/24



#66:Love is bitter


「キスって甘いの?」
さて何だか難しいコトを訊かれたぞ、と八戒は思った。
相手は真剣そのもの。半端な答えじゃ納得してくれそうにない。
「……たぶんそれは、キスするときの雰囲気が甘いから、キスが甘いって言うんですよ」
「チョコみたいに甘い味がするわけじゃないってこと?」
「そういうことになりますね」
どうやらうまく事を収められたらしい。八戒は心の中で満足げにうなずく。
が、数秒後に笑顔が固まった。
「やっぱり悟浄の言ってたことウソだ! キスって苦いもんな」
性懲りもなく悟空にその手のことを吹き込むロクデナシに怒りがわき上がるが、もっと重要なのはその次だ。
キスが、苦い?
そんなことを思うのは、ヘビースモーカーにキスされ慣れているからとしか考えられない。
そしてこの場合、当てはまるのはたった一人だ。寺院で煙草を嗜むのは、一番お偉い最高僧だけなのだから。
……知ってはイケナイことを知りたくもないのに知ってしまった八戒は、ちょっと遠い目をして「春ですね…」とつぶやいた。
「まだ冬だろ?」
という悟空の不思議そうな声は、もう耳に届かないようだ。


05/01/10



#67:Love is stealthy


見つけたのは偶々だった。
少し前から姿が見えないとは思っていたが、別に探すつもりはなく、宿の廊下を歩きながらふと外に視線を向けたら悟空がいた。
何をしているのだろうか。ちょこちょこ変な動きをしている。
窓際に寄って確かめると、すぐに理由が判明した。
悟空の陰からひょっこりと顔を出したのは、この宿の番犬だ。そういえばここに到着した時、悟空が犬を見てやけに喜んでいた。
一人と一匹は、二匹と表現した方がいいと思えるくらい、庭で楽しそうにじゃれ合っている。
三蔵は二階の窓から黙ってそれを眺める。
悟空が三蔵に気付く様子はない。

しかし。

「――愛しの仔猿ちゃん陰から見つめてにやけてるなんてお前ってムッツリ?」
「――というか端から見るとアナタかなり不気味なんですけど」
いつのまに背後への接近を許してしまったのか。
左右の肩越しにかけられた言葉に三蔵が激怒して銃を乱発したのは、もちろん言うまでもない。


05/01/23



#68:Love is loving


「で、お前はナニふてくされてんのよ?」
「別に」
せっかくひとが「優しいお兄さん」をしようと思ったのに、つーんとそっぽを向かれたものだから悟浄は面白くない。
ひとしきりプロレス技を掛けて憂さ晴らしをしてから、再び尋ねた。
「で?」
とびっきりの笑顔だ。悟空はそれを胡散臭そうに眺め、しぶしぶ口を開いた。
「三蔵。俺のこと、子供扱いするだろ?」
問われて悟浄は思い出してみる。最近の三蔵と悟空。
……あー、確かにもともとそういうところはあったが、最近は八戒も真っ青の甘やかしっぷりだ。理由を、悟浄は知っている気がする。
何だ。つまらない。
「……お前、本当にガキだな」
ため息が出る。怒り出す悟空を制して、悟浄は重ねて言う。
「甘やかすのは、大人が子供にするだけじゃねーだろ?」
こんなことを説明させるな。
悟空はまずぽかんとして、それからみるみる顔を赤くしていったから、悟浄の言う意味に気付いたのだろう。
まったく世話が焼けるが、まあ悟空が無自覚だったのも仕方ない。悟浄だって、三蔵に「恋人を甘やかす」なんて行動パターンが存在していたとはつゆほども思っていなかったのだから。
「……な、のろけていい?」
「冗談じゃねぇ」
悟浄は即答した。断じてお断りだ!


05/02/28



#69:Love is indirect


「う――――――――」
「るせえ」
三蔵が悟空の背中を足蹴にした。
「ひでぇ三蔵! 乱暴者!」
「さっきからうーうーうーうー鬱陶しいんだよ」
「だったら口でそー言やいいじゃん! 蹴ることねーじゃんかー」
あぐらをかいたままひっくり返された悟空は、器用にその体勢のまま、じっとりした目つきで逆さまに三蔵を見上げる。
「…………」
三蔵は無言で悟空を踏んだ。
「……ヒデー」
「――で?」
「ナニが?」
何事もなかったかのように続ける三蔵に、悟空はふてくされた声で応じる。
「だから、何をそんなに考え込んでるんだ」
「別に。三蔵には関係ねーもん」
「――――ヒトがせっかく訊いてやってるってのに反抗すんのはその口か」
「ふぉんなのたのんねねーし!」
びよんと両頬を引っぱられながらも、悟空は強気に言い返す。
「聞・こ・え・ね・え」
「ひゃんぞーのわーか!」
「誰が馬鹿だサル」
「はるじゃねー! ひほえへるじゃんか!」
「ああ? サル語はわかんねーな」
「あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜っもう!」
悟空は三蔵の手首をつかむと、力まかせに頬から引きはがした。距離を取って、がるると威嚇する。
だがやはり三蔵は、気にも留めずに。
「で、何悩んでたんだ?」
「…………忘れた」


05/03/09



#70:Love is probable


「あ」
と言うなり、悟空がずいっと顔を近づけてくるものだから、三蔵は驚く。
外野二名も、驚く。
至近距離。まさにキス寸前。
なのに悟空は気にしたふうもなく、ついっと髪に隠れた三蔵のこめかみにひとさし指で触れた。
「ここ、傷。切れてる」
そんなことか、と周囲はため息をつく。
が、ここで一人、悪乗りする人物がいた。
「サル、舐めてちゃんと消毒してやれよ」
にやにやと言うのは悟浄。
止める間もなかった。
悟空は素直に頷いて――そして、三蔵のこめかみを這う舌の感触。
三蔵が動けたのはその後で、まず単細胞のバカ猿にハリセン一発、次いで余計な発言をした害虫に銃弾を撃ち込んだ。
悟空は頭を抱え、悟浄は地面に沈んでぴくりともしない。
「何すんだよ三蔵!」
「いちいち真に受けんなバカ猿! だいたいこんなモン傷の内に入るか!」
「…………でも、だってそれ、俺が昨日の夜三蔵につけたやつだと思うし」
三蔵は絶句する。
そういえば昨夜は三蔵と悟空が同室で、しかも自分と悟浄の部屋から不自然なほど離れていて、ついでに悟空は朝から何だか怠そうだったなぁ、なんてことをうっかり思い出してしまった八戒はとりあえず全部聞かなかったことにした。


05/03/27

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