と青春の日々



#51:Love is painful


「…………あっ、ヤっ、三蔵っ」
「――変な声を出すな」
ピシリと気持ちいいくらいの音が響き渡って、悟空はうずくまり悶絶した。
「痛い痛い痛い――――!!」
思い切り叩かれた膝小僧は、三蔵によってたった今手当てされたばかりだ。
消毒液にさえ喘ぐほどの痛みを感じたというのに、本気の平手打ちなんかされた日には、真剣に呪いたくなる。
「鬼畜サドボーズ!」
三蔵は悟空の恨みがましい視線などあっさり無視してくれた。
それがまた気に食わず、むきになって思いつく限りの悪口を並べ立てる。
さすがに耳元で喚き散らされたのには閉口したようで、三蔵はぎろりと凶悪な眼差しを向けてきた。
思わず口を噤んだら、不意に三蔵の腕が伸びたかと思うと乱暴に悟空の肩を押した。
長椅子に背中から倒れ込んだ悟空は、見下ろしてくる馬鹿にしたような顔つきの三蔵を見つける。
「――そんなに泣かされたいならはっきりそう言え」
クエスチョンマークが頭に浮かんだが、服を脱がしにかかった三蔵の手によって悟空はその言葉の意味を覚った。
「っ! んなこと誰も言ってな――――い!!」
悟空の主張が受け入れられたかどうかは、わざわざ言う必要もないだろう。


04/01/24



#52:Love is chocolate


その日三蔵は近くの寺院に出向かなければならない用があり、早朝から支度をしていると、不意に寝室につながる扉が開いた。
寝惚けまなこをこすりながら姿を見せたのは悟空だ。いつもは朝餉の時間ぎりぎりまで寝台にしがみついているくせに、珍しいことである。
「どうした」
三蔵の問いには答えず、悟空は覚束ない足取りで歩み寄ってきた。そして、三蔵を見上げ無言で法衣の袖を引く。
請われるまま身を屈めると、小さく背伸びして寄せられる唇。
それは三蔵の唇に優しく触れると、何かを口内に押し込んで、ふいと離れた。
「……甘ぇ」
「チョコ。今日ってバレンタインだろ?」
へへ、と何がそんなに嬉しいのだか知らないが悟空が笑う。
「いってらっしゃい。あ、お土産はチョコでいーからな!」
「買わねえよ」
えー、ずるい、と何がずるいのだかやっぱりよく解らない不平を言う悟空を置き去りにして、三蔵は部屋を後にした。
……あれこれ理由を付けて結局は帰り道にチョコレートを買ってしまうのであろう、甘い自分に苦笑しながら。


04/02/14



#53:Love is white


「ホワイト・デーって、バレンタインのお返しに白いモノあげる日なんだろ?」
三蔵の知識によれば、悟空の仕入れてきた情報は若干の誤解を含んでいた。
が、特に害はないようだし(三蔵に)、何より指摘するのも面倒なので、ここは放置することにする。
「三蔵は何欲しい?」
けなげにも希望を聞くつもりなのかと思いきや、悟空の本題は次にあった。
「俺は肉まん! あとあんまんとピザまんとチーズまんとカレーまんと――」
白くないモノが混じっている。
「――饅頭と焼売と餃子と生春巻と――」
「多すぎだ」
三蔵が止めなければまだまだ出てきそうだった。
チョコ1個で何とも厚かましい。
「…………なら、やっぱり肉まん」
眉間にしわを寄せ、まさしく苦渋の選択、という様子だ。
ほだされた三蔵は、仕方ねえな、と鷹揚に頷いてやる。
あんまんとピザまんとチーズまんとカレーまんくらいは譲歩してやろう。
「な、三蔵は?」
一応三蔵のことも忘れてはいないようだった。
改めて尋ねる悟空に、三蔵はしばし考えて。
「白いシーツ」
悟空がハテナと顔に書いた。
「――の上に乗ってるモノ」
きょとんとした悟空は、まさしくベッドの白いシーツの上にいた。
「言っておくが、枕じゃねえぞ?」
「……わかってるよっ」
赤くなる顔。紅い唇にもたらされるのは、イエスかノーか?


04/03/14



#54:Love is tender


「なー三蔵、俺、今日誕生日なんだけど?」
「それがどうした」
三蔵は今年も、まったく同じ返事を悟空にくれた。
プレゼントどころか、おめでとうの言葉すらも与えようとしないのは、毎年のことだ。
さりげなく催促しても、強引にねだっても駄目。
悟空は一度も三蔵から祝福をもらったことがない。
何とも薄情だ、と不満も募るというものだ。
「……少しくらい優しくしてくれたっていいじゃん」
無視されるんだろうなとは思いながら恨みがましい呟きを投げつけると、しかし意外にも真摯にこちらを見つめる顔があった。
「……優しくしてほしいのか?」
驚くほど静かに尋ねられる。
あ、と悟空は思った。あ、これは。

――――肯いたらきっととんでもないことが起きる。

「ごめんなさい。遠慮します。俺が悪かったです」
三蔵はわずかに眇めた眼で悟空を眺めながら、無言で煙草のフィルターを噛んだ。


04/04/05



#55:Love is hidden


世の中にはけっこう、「あー知らなきゃよかったぜ」とため息をつきたくなる光景が転がっているものである。
例えば、元同居人が喜々としてあやしげな本を購入するところを目撃してしまったり、とか。元同居人があやしげな実験をしているところをうっかり覗いてしまったり、とか。
――或いは。

悟空が眠っている三蔵にキスしたのを見てしまったり、とか。

「――ぜっっったいに三蔵には言うなよッ!!」
涙目で訴えてくるから、無責任にからかうこともできなかった。
それにしても、だ。
…………アリか?
自分的にはナシだ。綺麗なおねーちゃんがいるというのに、何が悲しくてわざわざ男なんかと。
しかし。
三蔵と悟空だ。
この二人なのだ。揃って互い以外は眼中になくて、それはこれから先も変わりそうにない。
何かの間違いで間に第三者が入ってきたとして、……むしろとんでもなく面倒なことになるだけのような気がする。
それを考えると、二人で纏まってくれた方が余計な気苦労もしなくて済むというものである。

結論。
「……あいつ、いつまで狸寝入りしてるんだろーな」


04/05/09



#56:Love is lying


「さんぞーなんか、嫌い」

食べ物をねだるよりも、容易く。
悟空の口から、それは吐息よりも自然に、零れ落ちた。
三蔵は視線が引き寄せられたことに気付かぬまま、静かに息を吸って、吐き出す。
そうして一呼吸を置いてから、
「嘘吐いてんじゃねーよ」
……呆れたように言う。
すると悟空は、何も映していなかった瞳にむっとした表情を浮かべた。
「うそじゃねーもん」
「嘘だ」
「うそじゃねーって!」
悟空はむきになって言い返す。
こうなったらもう、三蔵の手の内だ。
「俺が嘘っつったら嘘なんだよ」
「何だよそれ。意味わかんねー」
「お前は俺が好きなんだよ。俺が言うからそうなんだ」
一瞬大きく眼を見開いた悟空は、眉を寄せてふいっと視線を逸らした。
「……なんか、ズリィ」


04/05/18



#57:Love is playful


そわそわしてる。
ベッドで仰向けになって身体を休めている三蔵を、悟空はちらちら窺う。
かまってほしくてうずうずしてる。
今すぐにでも三蔵の元まで飛んでいってねだり倒したいけれど、それはうまくないと知っているからぐっと我慢。
じーっと念じていると、ようやく思いが通じてくれたのか、不意に三蔵は双眸を覆っていた手を外した。
現れた紫暗が悟空を捉えて、
「…………馬鹿猿」
今度こそ飛んでいく。
腰の上に陣取って、身を屈めて甘えるようにキス。
頭を抱き込むようにして見つめ合って、またキス。
服の裾から悪戯に忍び込んでくる手がくすぐったくて、思わず笑ってしまいながら、それでもキスは止めない。
唇に、頬に、瞼に。
キス、キス、キス。

ガチャリ、「オイ明日の買い出し……」

――あ。


04/06/01



#58:Love is tricksy


悟空がシアワセそうなことに不満はない。
だが、いまいち気分がすっきりしないのは何故だろう、と八戒は白々しく考えてみる。
――原因は明白だった。
悟空の膝を独占している男のせいだ。
頼られて嬉しいのはわかるが、悟空は彼を甘やかしすぎではないかと思う。
「……三蔵、すいませんけど、やっぱり僕と話をする間だけ起きてくれませんか?」
こちらが下手に出たというのに、相手は思いきり不機嫌な顔をした。
「頭が痛ぇ。何度も言わせんな」
八戒としては、最早それを非常に疑わしく思っていた。
仮病じゃないのかこの男、というのが本音だ。
今も、悟空の膝に頭を乗せてなでなでとかして貰っているが、途端にご機嫌麗しくなっている。
八戒はしかめ面で大きな溜息をついた。
「……わかりました。明日にします」

はたして八戒の疑惑は正しかった。
邪魔者がいなくなるや否や、身体を反転させ腰に腕を回してきた三蔵の行為に、悟空もようやく疑問を覚えた。
シャツを器用にたくし上げ、脇腹に唇を押し当てられればさすがに気付く。
「〜〜っ、俺、本当に心配してたのに!!」


04/06/13



#59:Love is boring


「ひ、まー……」
悟空はベッドにぐでっと寝そべって、もう何度目だかわからない呟きをもらす。
「タイクツー…………」
同室の三蔵は同意こそしないものの、もう一つのベッドでだいぶ前に読み終わった新聞を足下に放り出し、ほとんど惰性のように煙草をくわえている様子は明らかに時間をもてあましていた。
と、悟空が突然「そーだ!」と起き上がって、三蔵の方へ向き直った。
うってかわって、目がきらきらしている。
「三蔵、ちゅーしよっか」
「しねぇ」
一瞬で却下された。
「えーっ、なんでだよっ」
悟空は盛大に文句を言ってみせたが、三蔵がそうやすやすと意見を変えるとも思えない。
未練を残しながらも、しかたなく再び背中からベッドにひっくり返る。
「……あーあ、ヒマ……」
が、ぼやく悟空を、いつのまに移動してきたのかベッド脇に立って、ふと三蔵が見下ろしてきた。
え?
と思う間もなく、悟空の視界は三蔵でいっぱいになる。
「…………っ!」
一方的に押し付けられる行為の合間、声になったかどうかもわからない声で「うそつき」と悟空が抗議すれば、「そんなに安くねぇんだよ」と意味不明の答えが返される。
さらに執拗に、息も絶え絶えになるほど奪っておいて、すっかり蕩かされた悟空を組み敷きながら三蔵はぼそりと呟いた。

「……暇つぶしなんて冗談じゃねえ」


04/08/11



#60:Love is sleepless


悟空は基本的に、寝起きは悪くない。起き抜けに多少寝ぼけることはあっても、食べ物を目の前に出されれば一瞬で覚醒する。
――だが今、悟空はいかにも重そうなまぶたで、ベッドの上でぼんやりと枕を抱えていた。顔を洗って食事も済ませたというのにこの状態だ。明らかに異常だった。
限定一名にのみ世話好きな保父さんが、慌てて飛んできそうな場面である。
しかし部屋を訪れた八戒は、疲れた溜息をついただけだった。
「……三蔵?」
トゲのある声は、何やら含んでいることを疑う余地もない。
悟浄の方は、もっとはっきり言った。
「昨夜もまーお盛んだったみてーだなー。別にそれは構わねーけどよ、お子様はちゃんと眠らせてやれよ?」
いらぬことを口にした男は、二方向からの襲撃に撃沈した。
こほん、とひとつ咳払いして、八戒が三蔵に進言する。
「――とにかく。責任取って、貴方が何とかしてください。このままじゃ危なくて出発できません」
三蔵は舌打ちし、ずるずると悟空を引きずって洗面室へと消えた。
何やら呻き声のようなものが聞こえてくる扉の中で、一体どんな「目覚まし」が行われているのか――――問うのは野暮というものであろう……。


04/08/29

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