愛と青春の日々
#41:Love is straight
「三蔵、好きだよ」
「…………何だいきなり」
「何だろ? いきなり言いたくなった」
悟空は悪びれず笑う。
無邪気さは時としてひどくたちが悪い。
そんなことをこっそりと思いながら、三蔵は一つため息をついた。
すると、途端に悟空の表情が憂いを帯びる。
「……困った?」
何か勘違いしたようだ。
悟空のこういうところは、とても馬鹿だと三蔵は思う。
聡いくせに――どこか鈍い。的外れ。
「別に」
言葉の素っ気なさを補うのは、軽く額を押し遣る掌。
突き放す動作。なのに、触れる仕草が甘い。
「……好き。大好き。三蔵が一番好き」
よくもまあ、これほどストレートに言えるものだ。
「知ってる」
おざなりに三蔵が応えれば、悟空は……花が咲くように、笑った。
03/07/03
#42:Love is complex
――ばこっ
何の前触れもなく、それは唐突に悟空の後頭部を襲った。
「〜〜っ、ナニすんだよ!!」
手加減なしの痛み。つまり、確実に意図的。
「別に」
僅かに涙の滲んだ金の瞳が睨めつけた相手は、しかししれっと言ってのけた。
勿論、悟空がその答えに納得できるはずがない。
「別にじゃねーだろ、ひと殴っといて!」
噛みつかんばかりに怒鳴り散らす。
すると三蔵は何を思ったのか、なでなでと悟空の頭を撫でるという行為に出た。
これには、悟空も驚いて絶句してしまう。
が、次の瞬間はっと我に返ると、慌てて三蔵を引き離した。
「こ、こんなんでごまかされねーからな!」
そうすると三蔵は、「ならこれは?」とでも言うように、再び悟空を引き寄せて。
躊躇いもせず、髪に口付ける。
「な、ななななな…っ!!」
これ以上ないほど狼狽える悟空とは対照的に、三蔵はあくまでも漂々としたままだ。
「近付くな!!」
警戒心を剥き出しにして三蔵から距離を取る悟空に、ちらと愉悦を混ぜ込んだ視線を投げたと思えば。
「離せ!!も、何なんだよ!?」
「イヤガラセ」
三蔵に抱き込まれた悟空が降参の白旗をあげるのは、時間の問題。
03/08/15
#43:Love is angry
(うわっ、俺拒絶されてる!?)
目を覚ましたら、昨夜ぬくもりを分かち合った相手に思いっきり背を向けられていた。
別に悟空だって今更それくらいのことで傷付きやしない、けれど。
(ムカツク)
同じベッドに入れてもらえるだけで、三蔵にしては破格の扱いだという認識はある。
が、それはそれ、これはこれだ。
せっかく二人で寝たというのに、そっぽ向かれるのは嬉しくない。
悟空は、腹いせと少しばかりの好奇心で、つれない背中にえいっとくっついてみた。
すると今度は、はっきりきっぱり拒絶される。
めちゃくちゃウザそうに振り払われてしまったのだ。
全く面白くない。
ベッドから落としてやろうかと手を伸ばしかけて、しかし突然三蔵の身体が揺れたので、悟空は咄嗟に寝たふりを決め込んだ。
どうやら三蔵は目を覚ましたようで、悟空に気遣ってか、静かにこちらに向き直る気配が感じられる。
じっと息を詰めていると――ふわり、抱き込まれた。
(……まあ、今日のところは許してやるか)
それだけで気分を良くした悟空は、俺ってカンタン、とか思いながら、起こされるまでの少しの間、三蔵の腕の中を堪能することにした。
(――――でも、次は殴る)
03/08/23
#44:Love is feeling
怒鳴られはしないと思う。
しかし望んでいることを三蔵に言えば、嫌な顔をされてしまうような不安が悟空にはあった。
それとも――呆れられるだろうか。
それならば、いい。「馬鹿か」とでも罵倒してくれた後は、きっと仕方がないとばかりに叶えてくれるに違いないから。
悪いのは、拒絶されること。
その時は仕方ない、潔く諦めよう。
「――三蔵、手つないでいい?」
神妙な顔で切り出してくるものだから何かと思えば、傍らの養い子はそんなことを言った。
思わず三蔵が眉をひそめたのは、何も故なきことではない。
人混みの中を歩いているわけではない、単に夕食後の寛ぎの時間を過ごす室内――で、一体何のためにそんなことをする必要があるのか。
「……何なんだ」
「別に『何』ってわけじゃねーけど……」
悟空は少し困ったように笑う。
「触りたいな、って」
ため息が出た。
「そういうことを真顔で言うな。……別の意味に聞こえる」
「なっ! 三蔵ナニ変なこと考えてんだよっ!」
可愛らしい抗議など素知らぬ顔をして、三蔵は悟空の手を――握った。
03/09/13
#45:Love is patient
「最近さんぞーがキスしてくれない」
そんな悩み相談を持ちかけてくる奴には鉄拳制裁だ。
思って、悟浄は即実行に移した。バコッ。
「〜〜ってえ! 何で殴るんだよ!」
「自分で考えろ!」
「八戒〜〜!」
オーバーに泣きつく悟空を、八戒は抱き留めてよしよしと頭を撫でる。
「可愛い悟空に暴力をふるうからには、覚悟はもう出来ているんですね?」
裏切り者め。
悟空の問題発言を聞いた八戒が微妙な笑みを浮かべたのを、悟浄は確かに見ていた。
同じことを考えたはずだ――全くアホらしい、と。
何故キスをしないかなど、この連夜の野宿が続く中で、理由は一つしかないではないか。
キスだけでは終わらない。
とてもシンプルな答えだ。
「なー八戒、どうしてだろ?」
「そうですねぇ……三蔵がしてくれないなら、悟空からすればいいんじゃないですか?」
素晴らしい笑顔の善人面を目にして、悟浄は「鬼はコイツだ」と思った。
三蔵の苦労が偲ばれる……合掌。
03/09/17
#46:Love is sweet
「おっかえりー!」
仕事で疲れて戻ってきてみれば、出迎えは手荒いタックル。
三蔵はいつものように、ハリセン一閃のセレモニーでお返しする。
大抵ならここで引き下がる悟空は、しかしなぜか今日は、三蔵の胸元に顔を埋めたままだった。
よく見ると、「あれ?」と呟きながら、くんくんと仔犬みたいに匂いを嗅いでいる。
訝しく思った三蔵が何事かと尋ねようとした矢先、悟空は顔を上げ、ひょいっとつま先立ちした。
直後、唇の端に濡れた感触。
「――三蔵、いい匂いする! 何か美味いモノ食べてきただろ!」
不意打ちに内心動揺した三蔵は、その台詞に思わず脱力する。
悟空は非難がましい目つきで三蔵を睨みながら、なおも詰め寄ってきた。
「ずりー自分だけ! 何食ってきたんだよ!」
「うるせえ」
三蔵は乱暴に悟空の頭を押し遣ったが、それは逆効果だったようだ。
むっとした顔で口を噤むと、悟空はいきなり三蔵の頭を両手で固定する。
そうしてぐいっと寄せられる、どこか幼い顔。
「――――!」
囓りつくように唇が合わせられ、隙間から舌が差し入れられた。
柔らかで生温かいそれは、三蔵の口内を余すことなく這い回る。
悟空から仕掛けてくるなど珍しい――と、よくわからないながら三蔵が応えようとした時、始まりと同様の唐突さでするりと熱が離れていった。
「――大通りの和菓子屋の大福だ!!」
鬼の首でも取ったみたいに、悟空が叫ぶ。
「……っ! どこまで食い意地張ってんだテメェは!!」
振り下ろされた本日二度目のハリセンが八つ当たり気味だったのは、言うまでもない。
03/09/29
#47:Love is sleepy
陽の当たるベッドで、真っ昼間から丸くなって眠る子供。
不意にそんなものを見つけてしまった時、心なしか気分が和むように感じられるのは、多分気のせいではない。
幸せそうな寝顔をずっと見つめていたい、とか、そういう感情も最近では否定しきれなくなっている。
……或いは。
胸に抱き込んで自分も一緒に眠りたい、とか。
起こさないよう、足音を忍ばせ静かに近づいて。
少しの振動にも注意しながら、ベッドに乗り上げて。
傍らに寄り添って。
そうして腕の中に閉じ込め、鼻先を埋めた柔らかな茶の髪からは、太陽の匂いがした。
「……ん……、さんぞ……?」
「寝てろ」
「……うん」
きゅ、と胸の辺りの服が引かれて突っ張る。
そのまま再び穏やかな寝息を繰り返す子供を、より一層深く懐に招き入れ、眼を閉じた。
――あとはただ、微睡みがすべてを覆ってゆく。
03/10/19
#48:Love is foolish
ひどくわかりやすい喧嘩だった。
部屋の端と端で、互いに背を向けている二人。
いつも以上に不機嫌な表情で、むっつりと黙りこくっているのは三蔵。
膝を抱え、今にも泣き出しそうなのは悟空。
「いったい何事ですか?」
訪れた八戒は、用件を放り出して仲裁に入った。
「……三蔵が――――俺のおやつ食べた!」
八戒の後ろで傍観を決め込んでいた悟浄は、思わずずっこけそうになる。
痴話喧嘩にしても、恐ろしくレベルが低い。いや、むしろ……ガキの喧嘩だ。
八戒がどんな審判を下すかと思ったら、彼は大真面目にこう言った。
「――三蔵、有罪です」
今度こそ悟浄はずっこけた。だが当事者たちは、そんな外野の様子など目に入ってやしない。
「ほら、八戒もこー言ってるじゃん!」
「ざけんなヒトクチだけだろうが。俺のどこが悪いんだ」
三蔵の反駁に、当然でしょう、という顔をして八戒は説いた。
「だって――『悟空』から『食べ物』を奪ったんでしょう? 情状酌量の余地もありません」
援護を得てふんぞり返る悟空に、「お前実は馬鹿にされてんじゃねーの?」と言ってやりたいのを、悟浄はぐっと堪える。
なおも納得しかねている三蔵に対して、八戒はさらりととどめの一言を放った。
「三蔵、貴方だって『好物』を他人につまみ喰いされたら――」
「悪かったな、悟空」
……こうして事態は丸く収まったのだが、うってかわって和やかな空気漂う部屋で、悟浄はただ独り疲れた笑いで明後日の方を眺めた。
03/10/31
#49:Love is forgetful
「三蔵、おめでとう」
と、悟空が笑顔でそんなことを言い出したのは、十一月の半ば。
祝われる覚えのない三蔵は、訝しげな視線を向けたものだ。
理由を聞き出してみると、こういうことらしい。
「もうすぐ三蔵の誕生日だろ? でも、旅してると日付の感覚なくなるじゃん。俺、誕生日にはおめでとうって言いたいからさ。だから今日から毎日言うことにした」
そうすれば、絶対言いそびれないだろ?
あたかも素晴らしい名案のように説明してみせる悟空に、三蔵はとっても頭痛がした。
それでも、毎日の悟空の「おめでとう」を、馬鹿馬鹿しいとは思いつつ拒絶することはなかった。
――しかし、だ。
めでたく三蔵の誕生日である二十九日を迎えた日。
なぜだかその日に限って、悟空の口からはおめでとうの「お」の字も出てこないのである。
そうすると、妙に気になって仕方ないではないか。
結局のところ、三蔵だってそう悪い気分でもなかったのだ。
毎日あれだけ連呼されていたものだから、否応なしに自ずと期待も高まってしまっている。
だがまさか、自分から指摘するわけにもいかない。
「毎日言ってたから、うっかり忘れてた」
本末転倒な言い訳を悟空から聞かされるまで、三蔵の苦悩は続く。
03/11/29
#50:Love is reflective
他愛のない悪戯だった。
ジープに揺られながらあまりに気持ちよさそうに悟空が眠っているものだから、ついつい悟浄はちょっかいをかけてみたくなったのだ。
煙草を吸おうと取り出したジッポーを手に、しばし考えてみて、これだと実行に移す――ひんやりとした側面を、そっと悟空の首筋に押し当てた。
結果、藪から思わぬ蛇が飛び出てきた。
「ん……さんぞ、ヤだって……」
何が、とか、一切説明の要らない甘ったるい声。
ジープに気まずい沈黙が落ちた。
それを破ったのは事の発端を作った悟浄で、わざわざ盛大にため息をついてみせる。
「……さーんぞー様ァ?」
半眼を向けられた最高僧はというと、厚顔にもそ知らぬ顔をしている。
代わりに八戒がとてもシンプルにまとめた。
「本当にどうしようもない人ですねぇ」
問題の発言をした悟空は、次の街までそれ以上寝込みを襲われることなく、思う存分眠りを貪ったらしい。
03/12/30