と青春の日々



#31:Love is monopolistic


たまにはキミを、独り占めしたっていいでしょう?


「なぁ三蔵、サル知らねーか?」
執務室の扉をノックもせず開く者は限られている。
その一人、悟浄は顔を出すなり遊び相手の所在を尋ねてきた。
「さぁな」
返されるのは気のない返事だ。
悟浄は肩を竦め、部屋を後にした。

「すみません三蔵、悟空見ませんでした?」
執務室の扉をノックするものの、返事を待たないで開く者もまた限られている。
その一人、八戒は顔を出すなり“お気に入り”の所在を尋ねてきた。
「知らん」
返されるのは素っ気ない返事だ。
八戒は首を傾げ、部屋を後にした。


三蔵の足元、椅子と机の間には、小さくまるまって眠る小猿が一匹。


02/09/14



#32:Love is vague


「さんぞ、ここにいていい?」
「仕事中は入ってくるなと言っただろう」
「うん」
素直に頷いたので出て行くかと思えば、悟空はもう一度同じ言葉を繰り返した。
「で、ここにいていい?」
だめだ。
そう言うのは簡単だった。
しかし三蔵は、ふと違和感を覚える。
たとえるならオーラというものが――悟空の周りに希薄だった。
いつもなら、その存在感と同様はちきれんばかりなのに。
「……うん、わかった」
じっと凝視する三蔵をどう思ったのか、悟空は小さく頷いてくるりと背を向けた。
「――悟空、」
声を掛けたのは、無意識だった。
悟空が首から上だけ、三蔵を振り返る。
「……静かにしてろよ」
はんなりと浮かんだ笑顔はやっぱり儚くて。
……三蔵は棘に似た感情をもてあます。


02/10/11



#33:Love is unconscious


「三蔵、ぜってーうぬぼれてる」
「ねぇよ」
「いーや、絶対!」
「どこがだ」
「だって、俺がめちゃくちゃ三蔵のこと好きだと思ってるだろッ!?」
「それは、思ってるな」
「ほら、やっぱりうぬぼれてる!」
「事実なんだから、自惚れじゃねぇだろ」
「事実かどーかなんて、三蔵にはわかんないじゃんか!」
「わかる」
「〜〜っ、そーゆーのがうぬぼれってゆーんだよ!!」

「……あーゆーのがチワゲンカっていうんだよな」
「自覚がないのが怖いですねぇ」


02/11/16



#34:Love is cheerful


「さんぞー!」
こちらの姿を見つけた途端、転がるように駆け寄ってくる小猿。まさにドーブツ。
地面には、色とりどりの落ち葉が土を覆うほどに降り積もっている。
転ぶぞ、思って三蔵が声を掛けようとした瞬間、悟空は勢いよく頭からスライディングした。
「……バカ猿」
お約束なやつだ。頭を抱えたくなる。
へへ、小さく照れ笑いして、頭に葉っぱを乗せたまま悟空が顔を上げた。……が、一向に起きあがる様子がない。
「さっさと来い」
焦れた三蔵が促せば、無言で両手が差し出された。起こせ、ということらしい。
「甘えんな」
背を向けて歩き出すと、背後で立ち上がる気配がした。
「ちぇーっ」
その声は、しかし拗ねているでもなく、むしろどこか嬉しそうだ。一体どういうことか。
――と、次の瞬間いきなり三蔵に何かが追突してくる。
「……お前は、」
凶悪な呻り声と共に、スパンッと勢いよく悟空の頭にハリセンが落ちた。
「いってーよ三蔵!」
言いながらも、悟空はどこか楽しそうにしている。
……本当に、どういうことか。頭のネジが一本外れているにちがいないと、三蔵はあきれるのだが。

悟空にしてみれば、三蔵がそばにいるから嬉しい、そんな単純なこと。


02/12/07



#35:Love is hesitating


時には、何の衒いもなく抱きついてくる悟空に、どこか羨望にも似た思いを覚えたりする。
自分は、そんなふうに手を伸ばせないから。
そのことを彼がどこかで不安に思っていることを知っていても……邪魔するのはつまらないプライド。

隣を歩く悟空は、雪遊びで冷えた手に息を吹きかけ温めている。
「手袋持ってくればよかった」
つぶやいてまた、はーはーと何度も繰り返し。
白くなった指先を見つめ、三蔵は目を眇めた。
――理由は、ある。
あとは思いついた行為を、実行に移すかだけ。
なのに、こんな時ばかり、うだうだと思い迷ってしまう。
思わず自嘲のため息が洩れた。
「……あ、俺うるさかった?」
途端、振り仰いでくる悟空。
……まったく、どうしてこいつはこんなに。
「そうだな」
言って、三蔵は唐突に悟空の手をつかんだ。そして、自分の手ごとコートのポケットに入れる。
「これで少しはましになるだろ」
悟空が呆気にとられたように見てくるから、三蔵はきまり悪くて目を逸らした。
だけど、ポケットの中の手は繋いだままで。
「……うれしー」
ちらと横目で窺った悟空は、胸の詰まるような笑い方をした。

……優しくすることに、本当は理由なんかいらないのだけれど。


02/12/10



#36:Love is cold


「寒い」
「自業自得だ」
「でも、寒い」
三蔵はひとつ、ため息をついた。
言い募る悟空の気持ちがわからないでもない。冬だというのに、この野生児はひどく薄着なのだ。
しかしそれは悟空自身が望んだことで、つまりは三蔵が言ったように、自業自得。
「……だから、散々着込めと言ってやっただろうが」
「だって、こんな寒くなるなんて思わなかったんだよ」
そう文句を言う声までも、わずかに震えてきているようだ。
気づいて、三蔵は今度は違う意味でため息をついた。
――仕方ない。
あまりに寒そうだから。風邪でもひかれたら、看病するのは自分なのだから。
だから、仕方ないのだと己に言い聞かせて。
「え、――さ、さんぞっ?」
「黙れ」
悟空を自分のコートの中に招き入れた三蔵は、動揺して暴れる相手を抱き込むことで収め、憮然と告げた。
「バカ猿が。これに懲りたら、俺の言うことはちゃんと聞け」
「……うん」
しかし頷いた悟空は、小さく笑うのだ。
「でも、三蔵がこんなことしてくれるなら俺、また薄着しちゃうよ」
そんなことを躊躇いもなく言うから。
……三蔵は、ますます憮然とする。


03/02/01



#37:Love is fearful


「どうして?」
呟きは声にならなかった。
しかし意志は伝わる。
三蔵は髪を撫でていた手を止め、まだどこかまろみを帯びた頬にすべらせた。そして指先で、唇をなぞる。
薄い肩がわずかに揺れた。金の瞳が戸惑ったように三蔵を凝視する。
……らしくない、と悟空は思った。こんな三蔵は知らない、とも。
「別に取って食おうってわけじゃない」
それは答えにはなっていなかった。言った三蔵にも自覚はあった。
はぐらかしたのではない。三蔵自身も答えを持っていなかった。それだけだ。
だが、悟空がそれを知るすべはない。
「……何か、あった?」
ときたま三蔵だけに見せる幼い仕草で小さく首を傾げる。
「何もない」
これは事実。
気まぐれに三蔵が髪の生え際にキスを落とせば、悟空は少し身じろいだ。

「やさしくしないで。こわいから」


03/02/19



#38:Love is beautiful


「何だって悟浄はそんな女好きなんだ?」
ある昼下がり、ふと悟空の口からこぼれ落ちたのは、そんな疑問。
「男なら当然のことだろ」
ま、お子様にはわかんねーかもしれねーけどな。
悟浄は下世話な笑みを浮かべて答える。
「でも、三蔵とか八戒はそうじゃねーじゃん!」
露骨に馬鹿にされてむっとした悟空は、納得できないと反論した。
会話を聞いていた八戒も、冷めた視線を悟浄に向ける。
「貴方個人の性癖を、尤もらしく性別のせいにしないで下さい」
まさに真理をついた言葉。
しかし、ここで大人しく引き下がれるほど、悟浄は諦めがよくはなかった。
「悟空、お前もキレイなもん見て心和むだろうが」
あくまで悟空一人にターゲットを絞って、言いくるめようとする。
「綺麗なもの?」
首を傾げる悟空に、悟浄は重々しく頷く。
そして、「それと同じことだ」と諭そうとしたのだが――しかし次の瞬間に絶句することとなった。
「……俺、三蔵見ても心和まないけどなぁ」
眉根を寄せる悟空と顔を引きつらせる悟浄を見ながら、八戒はただ一人、深い溜息をついた。


03/04/19



#39:Love&Youth


遠慮なんて、しない。
手加減なんて、もっとしない。
通りの角を曲がって、よく知る背中が見えた瞬間に、スイッチは入った。
思い切り地面を蹴って、スタートを切る。
走り出したら、あとはもうゴールまで一直線。
彼めがけて駆け抜ける。
「――さんぞっ!!」
その名を呼ぶ、だけどそれよりも一瞬だけ早いタイミングで振り返った彼の腕の中――ためらわずに飛び込んだ。
「三蔵! 三蔵! 三蔵!」
「このバカ猿!!」
響き渡ったハリセンと、突き放そうとはしない腕。
どちらが正直かなんて、答えはとっくに知っているから。

「……あいつら何てこっ恥ずかしいことを……」
「それが青春ってやつですよ」


03/05/27



#40:Love is silent


微睡みを誘う午後。
悟空はただ三蔵だけを視界に収め、ベッドに懐く。贅沢な過ごし方。
と、不意に三蔵が視線を寄越した。くい、と指先だけで、悟空を呼ぶ。
駆け寄ると、当然のように口付けひとつ。
そうして再び、三蔵は何事もなかったみたいに、意識を散らす。
新しい煙草に火が点けられるのを見ながら、悟空はそのまま三蔵の脚の間に陣取った。始めは少し息を詰めて。振り払う手がないのを確かめると、甘えてすり寄ってみる。
すると、三蔵の手が悟空の頭に伸びてきた。それは、緊張で小さく揺れた髪を、無造作に撫でてゆく。
悟空は嬉しさに、鼻先を、額を三蔵の胸元にこすりつけた。
応えるかのように、少し冷たい指先が悟空の耳朶や頬を辿る。
……窓から差し込む日が、ぬるく二人を包む。
いつのまにか、三蔵の手が悟空の上衣の釦を、一つ、二つと外していた。
気付いた悟空が顔を上げれば、真っ直ぐに向けられる、透き通った紫暗。
――指先が絡まれば、それがはじまりの合図。


03/06/22

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