愛と青春の日々
#21:Love is meaningless
「……どうして泣く?」
「……わからない」
頬を伝うのは、その魂とおなじ透明のなみだ。
手の届かない星空を見上げて、悟空は泣くのだ。
三蔵の知らない痛みを抱いて。
……緩慢な動作で、三蔵は悟空の双眸を手で覆った。
そして、髪に、キスを。
「甘やかすなよ」
こめかみに、耳に、首筋に。
「らしくないよ、さんぞー」
羽根のように、そっと。
それとも、触れたら融ける雪のように、はかなく。
淡い熱を。
「そんなふうにされたら、俺――」
肩を震わせるほどの悲痛な呟きに、三蔵は気づかなかったふりをした。
ヒトリジャダメニナル
その方が、いい。――もしも、そう言ったら?
02/01/14
#22:Love is positive
「うーん……」
何やら悟浄を見つめて唸っている悟空に、八戒はお茶を差し出して尋ねた。
「どうしました?」
「あのさぁ。どうやったら悟浄みたく大きくなれんのかな?」
八戒はにっこり笑った。
「悟空はあんなふうになっちゃいけませんよ」
「……おいおい、それってどーゆー意味だ?」
思わず悟浄はつっこみを入れる。
「僕の口から言わせたいんですか?」
あくまで笑顔。
しかし放たれる冷気に耐えきれず、悟浄はからだごと悟空に向き直った。
「で、何でイキナリそんなこと言い出したんだ?」
「だって、俺の背がもうちょっと高かったらさ」
「高かったら?」
八戒が合いの手を入れる。
「――いつでもカンタンに、三蔵にキスできるのに」
乾いた笑みを顔に貼り付ける八戒と、無言で窓の外を見遣った悟浄の向こうで、三蔵が新聞に大きな皺を作った。
02/02/03
#23:Love is great
「好き」
たぶんそれはこの状況に世界一そぐわない言葉で、三蔵はひどく間の抜けた顔をさらす。
だがそれも一瞬のことで、いつもより二割増しの水の膜ごしに三蔵を睨んでくる金晴眼がまばたきする前に、先刻までの不機嫌な紫暗が悟空を睨み返した。
「人間語で話せ」
「むかつく」
会話が噛み合わない。
公平に言って悟空は単純な人格だが、その思考回路はどうも三蔵には読めない。
自分たちは言い争いをしていたはずだ。
それが、何故あんな発言が出てくるのか。
嫌い、と言われたなら、面白くない思いにはなるだろうものの、納得できる。
しかし悟空は、まったく反対のことを言った。
……わからない。
「俺はぜってー謝らないからな!」
議論は逆戻りだ。
悟空は三蔵を見据えて、どこか勝ち誇ったように叫んだ。
「三蔵がどれだけ俺に腹立てても、俺は三蔵のこと嫌いになんかなってやらねーからな! ざまーみろ!!」
……本当に、わからない。
02/03/09
#24:Love*Birthday
「――何が欲しい?」
「三蔵」
「……どういう意味だ?」
「どういう意味だと思う?」
「都合のいいように解釈するぞ」
「それは誰の都合?」
「……やけに絡むな、今日は」
「愛情確認、ってやつだろ」
「似合わねぇ」
「そーゆう問題?」
「そういう問題だ」
「なんっか、はぐらかされてる気がする」
「何をだ?」
「だからそーゆうとこ」
「気のせいだな」
「あ、こんどは誤魔化そうとしてる」
「悟空てめぇ本気で絡み過ぎだ」
「……怒った?」
「……別に」
「三蔵、今日俺に他に言うことない?」
「ねぇな」
「……けち」
02/04/05
#25:Love is frank
そのとき八戒の脳裏に浮かんだのは、「一蓮托生」という言葉だった。
躊躇うことはなかった。
遠慮など、するはずがない。
即実行。
哀れな羊、何も知らない犠牲者悟浄は、当然ながらどんな心構えもなく扉を開いた。
「おい、……」
八戒に買い物頼まれたから、猿借りるぞ。
そう続くはずだったせりふは、本人の意志を裏切って中途半端にとぎれた。
「――邪魔したな」
少し前に八戒が口にしたせりふを悟浄もまた繰り返し、一刻も早くこの光景を視界から追い出そうとするかのように、乱暴に扉を閉ざした。
「……ん、三蔵、何……?」
「気にするな。寝てろ」
髪を撫でる手に安心して、悟空は再び夢の世界に引きずり込まれた。
自分の腰の辺りで寝息が聞こえ始めるのを確認して、三蔵はベッドヘッドに背を預け、新聞の続きに目を落とす。
互いに絡められた脚から伝わる体温が、心地よかった。
* * *
「ある意味、裸で二人シーツにくるまってるより、いやらしい感じですよねぇ」
というのが、八戒の評価。
02/04/24
#26:Love is greedy
「アイがほしい」
咄嗟に、三蔵はその呟きの意味を掴み損ねる。
数秒、新聞に向けていた意識をすべて集中させて考えてみたが、やはりわからなかったので聞こえなかったふりをした。
「さんぞ、きーてる?」
ちらりと、ほんの一瞬だけ三蔵は悟空に視線を遣る。
悟空はベッドの上で大の字になり、彼の方こそ自分のせりふに興味なさげに天井を仰いでいた。
時々……本当にたまに、悟空はこのような意味のない会話を仕掛ける。三蔵に対するいやがらせのように。
「……なぁ、さんぞー?」
しつこく強請れば、短気な三蔵がそうそう我慢していられないことを、悟空は知っている。
三蔵もまた、悟空にそれを知られていることを知っている。
それでも……折れるのは三蔵なのだ。忌々しいことに。
「うるせぇ」
マルボロを投げつけたが、まったく効果はなかった。
悟空は簡単に受け止めて、何が楽しいのか、パッケージの中から数本を抜いたり元に戻したりして弄ぶ。
そして、徐にその内の一本を口に銜えて、挑発するように三蔵の視線を絡めとった。
「アイ。ちょーだい?」
02/06/12
#27:Love is groundless
「お前さぁ、何であんな鬼畜生臭坊主がいいワケだ?」
「何でって――――何でだろう?」
「まさかあの性格がイイわけじゃねーよな?」
「え? 好きだよ。俺がそばにいないとダメなとことか」
「……それはまた趣味がよろしいことで」
「何だよソレ? あ、ちゃんと見た目も好きだぞ。きらきらしてて」
「……カラスかてめーは」
「三蔵ってすっげぇ綺麗だよなー」
「聞いてねーな……」
「それに、三蔵のキスも好き」
「あ――――そう」
「キスと、あと、」
「…………」
「――――悟空、その辺で勘弁してあげて下さい」
訊いたの悟浄だよ?
首を傾ける悟空に、八戒はただ苦笑を深めた。
02/07/01
#28:Love is obvious
「しっかし三蔵の方は悟空のどこがイイんだろーな」
「あの人ほとんど悟空フェチですから、理由なんてないんじゃないですか?」
「でも、よりによってあんなガキザルだぜ?」
「悟空は可愛いですよ」
「……それがオカシイっつーの」
「じゃあ、直接本人に尋ねてみます?」
「あいつが口割るかよ。第一、んなこと訊いたら殺されるっての」
「ま、それもそうですね」
* * *
「――泣き顔と抱き心地だ」
「……即答したな」
「……臆面もなく言い切りましたね」
02/07/29
#29:Love is hot
「暑いよな……」
「暑いですね……」
「あーもう、何でこんなに暑いんだろーなー?」
「夏だからだろ」
「そんなアタリマエの答え聞きたいわけじゃなくてさぁ」
「まあ、一つだけ確かなことは……」
「ことは?」
「お前が俺から離れれば少しは涼しくなるな」
「……暑いのガマンする」
「…………本当に暑いよなー」
「…………本当に、暑いですねぇ」
02/08/17
#30:Love is necessary
自分より一回り小さい身体を腕の中に収め、ふと視線をさまよわせた三蔵の視界に入ってきたのは、隣の空のベッドだった。
(――勿体ねぇな)
ぼんやりと思う。
しかしそれは、プライドと名誉を守るためには必要な出費であった。
男二人が一つのベッドで眠っているなど、知られて嬉しい情報ではない。
最初は寂しがる悟空が夜中に三蔵のベッドに潜り込んできたのだが、いつしか二人で寝るのが当たり前となった。
今となっては、独り寝ができないのはむしろ三蔵の方かもしれない。
夏の暑い盛りでもぬくもりが腕の中にないと落ち着かず、夜中に悟空が水を飲みに起きるだけで目が覚める。
元々眠りは浅い方ではあるが……。
――重症だと、自分でも思う。
(……まあ、専用の抱き枕だとでも思えばいい)
次第に薄れていく意識の中、三蔵はそう結論付け、回した腕に力を込めた。
02/08/27