愛と青春の日々
#11:Love is puzzled
―――まただ、と八戒と悟浄は思った。
三蔵が伸ばした手に、悟空はいっそ大げさなくらいにびくりと反応して、身を引いて避けた。
もう何度目であろうか?
短気な三蔵がいつキレるかと、二人はさっきからハラハラしているのだが、意外なことに全くそんな様子はなかった。
むしろ、どこか愉しんでいる感さえある。
機嫌がよいと言ってしまっても差し支えないくらいだ。
どういうことだ?と首を捻る二人の前で、再び伸ばされた手は不意をついて悟空の口元を掠めた。
「付いてたぞ」
ケーキの生クリームを拭い取った指先を、三蔵は躊躇いもなくペロリと舐める。
「甘ぇ」
悟空の頬が染まったのは、浮かべられた艶然たる笑みのせいなのか、それとももっと別の何かのせいなのか。
「―――何かあったんでしょうか?」
「この場合むしろ、『何があったんだ』が正解だろ?」
01/09/03
#12:Love is jealous
「くすぐったいよ」
寝そべって仔猫と戯れる子供。
それを不機嫌極まりない表情で見る保護者。
「三蔵サマってば嫉妬深いねぇ」
「と言うか、相手は猫なんですけど……」
「あっ」
ペロリと、仔猫が悟空の唇を舐めた。
「!!」
三蔵は強引に悟空の手から仔猫を奪い取ると、その辺に放り投げてしまう。
「うわっ、大人気ねーことする」
「だから、相手は猫なんですけど……」
「何すんだよさんぞー!!」
「うるせー、黙れ」
仔猫を庇う悟空に、三蔵は―――
「えっ? ちょっ、……んっ」
「……面白そうだから見てるか?」
「三蔵はギャラリー気にしませんよ、きっと。それとも悟浄、そういう趣味あるんですか?」
「…………退散するか」
01/09/18
#13:Love is confident
「おい、それはどうした?」
「宿のねーちゃんにもらったー」
「悟空が可愛いからくれたんですよね」
「おーおー、お子様はもてるねぇ」
「さんぞーも食べる?」
「いい」
「うまいよ?」
「いらん」
「三蔵サマってば、ジェラシー?」
「ああ、なるほどそうなんですか」
「なーそれってうまいの?」
「お前なー……。ジェラシーってのは、やきもちのことだよ」
「え?俺食いたい!どこにあるんだ?」
「あははは悟空、それは食べられませんよ」
「なーんだ、まぎらわしいこと言うなよな悟浄」
「お前なー……」
「ったく、てめーら勝手なこと言ってんじゃねぇよ」
「え?だって本当のことでしょう?」
「俺が妬く必然性なんかねぇだろ」
「それは悟空のこと好きじゃないってことかぁ?」
「―――俺以上のヤツなんているわけねぇだろうが」
(…………自信家)
悟浄と八戒が絶句したのは言うまでもない。
01/10/08
#14:Love is shy
それは、羽根のように軽く触れて、すぐに離れていった。
「――なあ、さっき俺が寝てる時にキスしたのってさんぞー?」
その瞬間ピシリと固まった三蔵を目にして、悟浄と八戒はバッと顔を見合わせた。
(悟浄あなた女性じゃ飽きたらず悟空にまで手を出しちゃったんですか!?)
(八戒てめー暇つぶしとか言ってまた碌でもないこと企んでないだろうな!?)
小声のそれらは、まさに同時。
相手の言ったことを理解すべく数秒の沈黙が落ちて、再び彼らは同時に言った。
「悟浄じゃないんですか!?」
「八戒じゃねーのかよ!?」
思わずといった風な叫びに、三蔵はちらとそちらに目を遣った。
悟浄と八戒は、剣呑な視線に引きつった笑みを浮かべる。
ここは、撤収が一番の良策だ。
「その件については、二人で十分に話し合って下さい」
「そうそう、俺らは無関係だし」
二人は脱兎のごとく部屋から出て行った。
その後ろ姿を少し唖然と見送って、悟空は再び三蔵を見上げる。
「やっぱりさんぞー?」
「黙れ」
仏頂面の男は、言葉を封じるように荒々しいキスをした。
――あまりに幸せそうに眠っている悟空に、気がついたら口づけていた。
そんならしくない行動、自分だと言えるわけないだろう?
真実は、三蔵の胸の中ひとつ。
01/10/21
#15:Love is worried
「さーんぞっ」
新聞を読む三蔵の背後から、悟空がきゅっと抱きついた。
「何だ? 用がないなら離れろ」
「……やっぱり三蔵のそばが一番安心できるなぁって思って」
「…………」
三蔵は眼鏡を外し、新聞と共にテーブルに放った。
「来い」
悟空は促されるままに三蔵の膝へと乗り上げ、美貌と向き合う。
それが近づいてきたと思ったら、次の瞬間にはキスされていた。
三蔵は浅いキスを何度も繰り返していたが、不意に悟空の後頭部に手をやると、深いキスに移行した。
逃れる舌を難なく絡め取り、痺れるくらい蹂躙する。
その一方で、右手がするりと服の中に侵入を果たした。
つめたい手が素肌に触れ、悟空は驚いて目を瞠る。
抱きついていた手で、思い切り三蔵を引き離した。
「――――何すんだよっ!!」
「何だ、誘ってたんじゃないのか」
飄々とした態度は、明らかに確信犯だ。
「その気もねぇのに、あんなこと言って抱きついてくるな」
「……俺が悪いのか?」
「そう思うなら、最後まで相手しろ」
試すような三蔵の表情に、悟空は真剣に困った。
「――どうする?」
01/10/30
#16:Love is special
とてもきらきらしていたんだ。
すごくキレイだと思ったら、どうしても触れたくなって。
そっと、手を伸ばした。
傷つけるつもりはなかった。
不意に近づいた気配を、ほとんど無意識の内に振り払った。
黄金の眼が驚いたように瞠られ、次いで作られた笑みが浮かんだ。
「ごめん、もう触らない」
逃げるように悟空は身を翻した。
「待て」
三蔵は容赦ない力で手首を掴む。
「離せよ!!」
「嫌だ」
即答に、悟空は一瞬動きが止まる。
「……何だよそれ。俺はダメなのに三蔵はいいなんて、ずるいよ」
「お前も触ればいい」
「でも三蔵は触られるの嫌いだろ」
「ああ」
悟空の顔が、少し歪んだ。
「――だけど、お前ならいい」
視線の先で、どこか張り詰めていた悟空の表情がゆるんだのを確認して、三蔵は握ったままの手首に唇を寄せた。
01/11/11
#17:Love is mistakable
視線が煩い。
何を言うでもなく、ただじっとこちらを見つめている悟空。
はじめは無視していた三蔵だったが、ついに痺れを切らした。
「……何だ?」
不機嫌な声だったのに、途端に悟空は飼い主に呼ばれた犬のように三蔵に駆け寄った。
「あのさっ、頼みがあるんだけど!」
「却下」
皆まで言わせずに、三蔵は会話を終了させた。どうせ碌なことじゃない。
しかし悟空は諦めず、食い下がった。
「三蔵は何もしなくていいから! 少しだけ!」
その言葉に、少しだけ興味が湧いた。
三蔵の心の動きを見透かしたかのように、悟空はここぞとばかりに殊勝な態度をとる。
「ひざまくら。……だめ?」
――例えばここに他の誰かが居合わせたなら、直ぐさま切って捨てていただろう。
だが、部屋には自分たち二人だけ。
たまには甘えられるのも悪くないと、三蔵は思った。
ぽんぽんとソファの隣を叩けば、悟空は本当に嬉しそうな顔をしてそこに座った。
「ありがと」
言って、そして――――三蔵の身体をぐいっと倒して、自分の膝に金の髪を滑らせた。
驚いたのは三蔵だ。自分がされる側だとは、露ほども思っていなかった。
文句を言おうと悟空を見上げたが、そんな気は一瞬で霧散した。
悟空が、愛おしげに三蔵の髪を撫でる。
「……今日だけだ」
憮然とした三蔵の言葉に、悟空は微笑った。
01/11/24
#18:Love*Birthday
「――何が欲しい?」
「……何のことだ?」
「たんじょーび。ジブンの忘れるなよ」
「別に欲しいもんなんてねぇな」
「えー? そんなことナイだろ」
「――ああ、煙草だな。それでいい」
「そんなんじゃなくてさぁ。もっと何かあるだろ?」
「……何でもいいのか?」
「俺があげれるモノなら」
「本当だな?」
「うん。で、何?」
「……オマエ」
「うわっ! よく言えるなそんな恥ずかしーせりふ」
「心配するな。お前にもまたすぐに言わせてやる、恥ずかしいせりふ」
「どーゆーイミ?」
「恥ずかしい意味だろ」
「誰もあげるなんて言ってない」
「くれないのかプレゼント?」
「……もう一度ちゃんと言って」
「――悟空、お前が欲しい」
「――はっぴばーすでぃ、三蔵」
01/11/29
#19:Love is warm
暗い部屋に、ひっそりと忍び込む一つの影があった。
影は物音をたてないようにこそこそと歩いて、部屋の片隅にあるベッドに向かう。
目的地にたどり着くと、影はまずそこで身を休める主が眠っていることを確かめて、そしてそっと布団を持ち上げた。
ここであんまりのんびりすると、冷たい空気が布団の中に入り込んで、気づかれてしまう。
影はすばやく、しかし慎重に布団の中に身を滑らせた。
しばらくじっと息を詰めて様子を窺ったが、ベッドの主が起きる気配はない。
そうしてようやく、影はからだの力を抜いて、ぬくもりにすり寄った。
「おやすみ、さんぞ」
小さく囁いて、影――悟空は眠りに就いた。
* * *
傍らから寝息が聞こえてきて、やっと三蔵は緊張を解いて息を吐き出した。
気づかないふりというのは、なかなか疲れる。
初めて悟空の真夜中の訪問を受けた時、何をする気かと好奇心で観察していたら、布団に潜り込んできた。
何となく叩き出すタイミングを失って、そうしたらそれ以来ずっと、この侵入者に対して調子を取り戻せない。
今や朝の怒鳴り声と共に、恒例行事になりつつある。
(――まあ、ゆたんぽ代わりにはなるからな)
だからだと自分に言い聞かせて、三蔵は自分専用のぬくもりを引き寄せた。
ある、寒い夜のこと。
01/12/25
#20:Love is holy
「悟空」
名前を呼んで、きれいに微笑む。
その顔を見ることができるのは、自分だけ。
何だかくすぐったくて、嬉しい。
ゆっくりと唇が降りてきて。
触れて、離れて、また触れて。
いくつものキスを落としていく。
髪を一撫でして。
今度は、舌を絡める深いキス。
うっとりと、首に手を回す。
そして次は、服に手を掛けられて。
隠された肌を暴かれる。
彼にだけ晒される。
――本当は。
怖くて……逃げ出したくなるほど怖くて。
でも惹きつけられずにはいられない、そんな引力がある。
「さんぞう」
名前を呼ぶ。
だいじなひと。
うしなえないひと。
このひとがせかいのすべて。
01/12/25