と青春の日々



#01:Love is natural


その傷に真っ先に気がついたのは、もちろん悟空だった。
「あれ?さんぞー手、ケガしてるじゃん」
本人さえ無自覚だった手の甲の引っ掻き傷は、うっすらと血が滲んでいる。
「八戒、救急箱ある?」
「ええ、ちょっと待って下さいね」
そんなやり取りをする二人に、三蔵は舌打ちして言った。
「大したことねぇよ」
しかし悟空も譲らない。
「だめだって。ちゃんと手当てしなくちゃ」
「んなの舐めときゃ治るんだよ」
「あ、そーか」

ぺろり。

「――っ、てめー何しやがる!!」
「え?だって舐めると治るんだろ?」
きょとんと三蔵を見上げる顔には、単純に疑問の表情。
(天然ですね……)
救急箱を片手に、八戒が嘆息した。


01/07/12



#02:Love is dangerous


その傷に真っ先に気がついたのは、もちろん三蔵だった。
「悟空、手に怪我してるぞ」
「あ、ほんとだ〜」
本人さえ無自覚だった手の甲の引っ掻き傷は、うっすらと血が滲んでいる。
「よこせ」
「んー……って、何で舐めるんだよ!!」
三蔵は無造作に悟空の手を取ると、おもむろに舌を這わせたのだった。
「消毒だ」
きっぱりと言い切られて悟空は思わず納得しそうになったが、次の瞬間はっと我に返る。
「じゃあケガしてないとこまで舐めんなよ!!」
舌はいつの間にか、腕を彷徨っている。
「気にするな」
「気にするっつーの!!」

「…気にするべきだよな」
「…気にするべきですよね」
その情景を結果的に見せつけられることになった悟浄と八戒は、部屋の隅で力無く頷き合った。


01/07/15



#03:Love is quiet


その日、悟空が部屋を覗くと、三蔵がソファに横になっていた。
どうやら、すっかり寝入っているらしい。
悟空は三蔵を起こさないように、静かに部屋に入り傍らまで歩み寄った。

ここ最近の三蔵は仕事が立て込んでいるらしくて、まともに顔を合わせることすらできなかった。
かまってもらえないことも寂しいのだけれど、会えないことの方が辛い。
寝顔だけでも見ることができて、悟空はふわりと笑みを浮かべた。

ふと、悟空はきょろきょろと辺りを見回す。
―――誰もいない。
「お疲れさま」
囁いて、起こさないようにそっと額にキスをした。

しかし、悟空が唇を離すと、三蔵がゆっくりと眼を開けた。
久しぶりに目にした紫暗に、悟空は少し泣きそうなくらい嬉しくなる。
「―――どうせなら、唇にしろ」
開口一番に言われたセリフは、思いも寄らなかったもの。
悟空は一瞬眼を見開いて、それから柔らかく笑った。

「うん」

そっと寄せる唇。
アマイクチヅケ。


01/07/18



#04:Love is mysterious


悟浄は、一体どんな状況がこの状態を作り出したのかについて、真剣に悩んだ。
それは一種の逃避だった。自分自身では気がついていないにしても。
あまりに。
あまりに目にした光景が、凄まじかったのだ。

ふらりと立ち寄った部屋の中には、昼寝を満喫する保護者と子供。
それはいいのだ。全く問題ない。
……が。
なぜそれが、あんな状態でされる必要があるのだろう?

椅子に腰掛けた三蔵の腿の上。
悟空が向かい合うようにして跨り、背に手を回してぎゅっとしがみついていた。
三蔵もまた悟空の腰を支え、二人は抱き合うようにして眠っている。

開け放たれた扉の前で悟浄が苦悩していると、そこに荷物を抱えた八戒が通りかかった。
悟浄はすかさず八戒を捕まえて、部屋の中を指さして問う。
「あれ、どー思う?」
八戒の答えはクールだった。
「暑くないんでしょうか?」
そしてすたすたと去ってゆく後ろ姿を見送ると、悟浄は静かに扉を閉めて呟いた。

「―――見なかったことにしよう」


01/07/21



#05:Love is dishonest


「さんぞーって、目ぇ悪いよな」
「いきなり何だ?」
「だって、新聞読むとき眼鏡かけてるじゃん」
「まあ、よくはねぇな」
「俺の顔、ちゃんと見えてる?」
その表情があまりに不安そうだったので、三蔵はふと人が悪いことを考えた。
「……多分な」
「たぶんって何だよ。見えてねーのか!?」
「自分で確かめればいいだろ」
「確かめるって?」
首を傾げた悟空を、三蔵は手招きした。
膝の上に座らせて、頬に手を添え顔を近づける。
悟空は思わず眼を閉じた。
しかし、いつまでたっても何も起こらないのでそっと眼を開けると、至近距離には性悪な笑みを浮かべた美貌。
からかわれたと、悟空が憤慨して怒鳴ろうとした、それより一瞬だけ早く三蔵が口を開いた。
「これくらい、だな」
「えっ?何が?」
「ちゃんと見える距離、だ」
「―――じゃあいつもはちゃんと見えてねーのかよ!?」
自分が怒っていたことをすっかり忘れ、悟空は情けない声を上げた。
「さんぞー、俺の顔忘れるんじゃねー?」
「お前の猿頭とは違う」
「でも、」
「そんなに心配なら、俺が忘れないようにしろよ」
「どうやって?」
「手っ取り早い方法があるだろう?」
悩む悟空に、三蔵は実践することで答えを示した。
すなわち―――キス。


01/07/24



#06:Love is deep


「―――何すんだよっっ!!」
「それはこっちのセリフだ。噛むな」
「だって、さんぞーが舌なんか入れるからじゃん!!」

―――悟浄は思わず、部屋の前で扉に頭をぶつけそうになった。

「舌入れるキスもあるんだよ」
「えっ!?そうなの?」
「そうだ」
「……何でそんなことすんの?」
「気持ちイイからだろ」
「えー!?あんなのキモチヨクなかった」
「お前は直ぐに俺の舌噛んじまっただろうが。あれから気持ちヨクなるんだよ」
「ふーん……」
「カラダで覚えた方が早いな。―――今度は噛むなよ」
「ちょ、待……ンんっ」

   * * *

「―――あれ、隣いませんでしたか?」
「隣は真っ昼間から、三蔵サマが愛の授業中」
「ああ……別にいいんですけどね…………」
「確かに、別にいいんだけどな…………」


01/07/30



#07:Love is bittersweet


「―――じゃあ、行ってくる」
「………」
「いつまで拗ねてンだよ」
「………」
「悟空」
ソファの上で膝を抱えている悟空の後ろから、三蔵は顎に手を掛けて強引に顔を上向かせた。
ふてくされた逆さまの顔が、可愛いなどと言ったら怒り出すだろうか。
三蔵は、もう何度目になるかわからない、宥めるための言葉を口にした。
「すぐ戻る。だから待ってろ」
そして、唇を軽く啄む。
「―――ズルイ。さんぞーは、いつもそうやってごまかす」
全く以てその通りで、三蔵は密かに苦笑を漏らした。
「土産は何がいい?」
「いらない、そんなもの。だから早く帰ってこいよ」
「わかってる。他には?」
「……ちゃんとキスして」
―――与えられた熱と共に、待っているから。


01/08/03



#08:Love is secret


なー、好きって言ってよ
三蔵の耳元で、悪戯っぽい笑みを浮かべて悟空が囁いた。
「湧いてんのか?」
新聞に目を落としたまま、呆れたように三蔵が返す。
いいじゃん、言って
椅子に座る三蔵の背後から、悟空は首に手を回して囁く。
「却下」
三蔵は悟空を振り解くことはなく、しかし否定の言葉を口にした。
言って言って言って……
しつこくねだる悟空に、三蔵は新聞を畳んで顔面を軽く叩いた。
言ってくれたっていいのにー
三蔵の後頭部に額をくっつけて、悟空は呟く。
―――お前が先に言うならな
不意に、三蔵が振り向いて悟空に囁いた。
さんぞーが言ったら、俺も言う
悟空は挑むように三蔵を見る。
お前が先だ
三蔵が囁き。
さんぞーが先
悟空が囁き。
―――好きだ
……強引に頭を引き寄せられた悟空の耳元に、掠れた声が響いた。
「さんぞー大好き!!」
悟空は思い切り三蔵に抱きついて、衝撃で椅子ごと二人とも床に倒れ込んだ。

「何やってんだぁ、あいつら?」
「一体どんな内緒話してたんでしょうねぇ」


01/08/08



#09:Love is shining


「―――もしかして、こうなることわかってた?」
「―――まぁな」
「別に無理して付き合わなくてもよかったのに」
「無理なんかしてねぇよ」
「ホント?」
「本当だ」
「変なのさんぞー。それじゃあ濡れるの好きみたいじゃん」
「こんなに暑いんだ。悪くねぇ。―――それに」
「それに?」
「やってみたかったんだろ?」
「……うん」
「どうだった?」
「楽しかった!」
「ならそれでいい」
「……さんぞー」
「何だ?」
「サンキュ」

太陽の目映い光の下、二人ずぶ濡れになったある夏の日。


01/08/17



#10:Love is killing


「キレイ」
呟いて、悟空は窓から身を乗り出して月に手を伸ばした。
「cry for the moon...ってやつですか?」
「月より団子、だろ?」
八戒と悟浄の言葉など耳に届かなかったように、三蔵は悟空だけ見つめて僅かに眉を寄せた。
その微かな動きに小さな嫉妬心が隠されていることを見抜き、二人は密かに苦笑する。
「欲しいとか言うなよ」
「言わないよ」
悟空はくるりと振り向いて、三蔵に向かって花が綻ぶように微笑んだ。
「さんぞーの方がキレイだし」

「……スゲェ殺し文句……」
「三蔵、やられましたね」


01/08/25

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