愛と青春の日々
#101:Love is pure
「はい」
チョコレートの包装紙を剥いでむきだしのまま差し出すと、悟空は雛鳥のように口を大きく開けた。
これも誰かさんの教育の賜なんでしょうかねぇ、と苦笑しながら、八戒はチョコレートを口の中に放り込む。
「ありがと」
子供みたいに笑った悟空は、次の瞬間、八戒を驚かせる。
「あ、八戒」
悟空は八戒の手を取って、チョコレートのついた指先を、自然なしぐさで舐めた。
……これも、三蔵の教育なんでしょうか?
「――悟空、こういうことは、三蔵以外にはやらない方がいいと思います」
とりあえず八戒は、この場に三蔵がいなかったことに様々な意味で安堵しつつ、いまいち納得できないような顔をしている悟空を言いくるめていくのだった。
09/02/14
#102:Love is sly
「差し入れですよ」
と、八戒が差し出したのは、一口サイズのシュークリーム。
「わ、うまそ」
早速飛び付いたのは悟空だ。ヨダレを垂らさんばかりの様子に、八戒はくすりと笑って。
「はい悟空、あーん」
雛鳥よろしく開いた口に、八戒がシュークリームを放り込むと、悟空はたちまち幸せそうな顔になる。
「八戒、も一つも一つ」
せがむ声に八戒が次の一つをつまむより早く、横から伸びてきた手がシュークリームを取った。
三蔵はそれを悟空の口に運ぶ――――と思いきや、寸前で方向を変えて自分の口に入れた。
「! 俺の!」
悟空は反射的にシュークリームの行方を追って、身を乗り出して。
――ぱくり。
三蔵の口にくわえられたシュークリームにかじりついた。
まではよかったが、いつのまにか後頭部に回った三蔵の手に押さえ付けられ、動けなくなって……。
シュークリームを飲み込んだ後、二人の間に残ったのは――キスの音と八戒のあきれた溜息。
09/04/05
#103:Love is tempting
こっそりと三蔵を見つめてみる。
悟空は、三蔵の姿かたちがとても好きだ。
口にしたことはないけれど、三蔵もきっと気付いている。
ときおり、ねらったように悟空の目を奪うから。
いまだって、そう。
目が合って、悟空の視線に気付いて、三蔵は、少しだけその紫暗を眇めた。
たったそれだけの仕草で悟空の心臓を鷲掴みにする。
息が詰まりそうで、悟空は何とかして三蔵から視線をそらした。
途端、三蔵が動く気配がしたが、悟空はそれどころでなくて。
だから、三蔵の意図に気付いたのは、全部終わってしまってからだった。
「っ、ちょっ、と!」
――あまりに簡単に掠め取られた、キス。
「誘っただろ?」
「ってねーよ! 見てただけじゃん!」
悟空の反論に、三蔵はうっとりするような笑みを浮かべて。
「目が、誘ってた」
そんな言葉で悟空を封じ込めてしまう。
09/05/31
#104:Love is sweltering
「あつ――――い」
「…………」
「さんぞう、暑い」
「…………」
「なー、聞いてる?」
「…………」
「…………寝てんの?」
「テメェがこれだけ騒いでるのに眠れるか!」
「なんだ、起きてんじゃん。返事くらいしてくれればいーのに」
悟空はベッドの上で寝返りをうって、再びうめく。
「……暑い」
言ったところで涼しくなるわけではない、けれど言わずにはいられない暑さだった。もう深夜であるにもかかわらず、である。
「さんぞー、暑くて眠れねーよー」
寺院にはクーラーなんて気の利いたものはない。全開にした窓からは冷たい風が入ってくることもなく、扇風機だけが頼りだが、それもただ熱い空気をかきまぜているだけに等しい。
はあ、と何度目になるかわからない溜息を悟空がついた時、ベッドがぎしりと軋んだ音をたてた。
「何?」
「眠れねぇんだろ?」
「…………そーゆー意味じゃなかったんだけどな」
09/06/28
#105:Love is timid
「三蔵の馬鹿!」
そう言って悟空が部屋を飛び出していったのは、何時間前だっただろうか。
窓の外は、そろそろ薄暗くなりかけている。
三蔵は溜息をついて立ち上がった。
何のために――悟空を迎えに行くために、だ。
まったく厄介な癖をつけてしまったものだと思う。
躾は最初が肝心と言うが、最初迎えに行ってしまったばかりに、三蔵はいつまでも悟空を迎えに行かなければならない。
たまには迎えに行かず放っておいてみようか、と考えたことは一度だけでなくある。
だが三蔵がそれを実行したことは一度もない。
なぜなら悟空が、いつも、いつも同じ場所に隠れて三蔵を待っているからだ。
それは、三蔵の心のどこかをどうしようもなく刺激してやまない。
今日も三蔵がまっすぐ向かったその場所に、悟空がうずくまっていた。
三蔵の姿を見つけた悟空が、あからさまにほっとした表情になる。
無防備にそんな顔をさらすから、三蔵はまた堪らない気持ちになるのだ。
「遅い」
悟空のそんな憎まれ口も、虚勢とわかってしまうから、弱音にしか聴こえなくて。
その証拠に、三蔵が無言で踵を返すと慌てたように、ぶつかるようにして悟空が背中から抱きついてくる。
そして、しがみつく強さ以上に、悟空は三蔵の心を雁字搦めにする。
09/10/31
#106:Love is lonely
「――吸うなよ」
「ンだよいきなり。いつも吸ってるじゃねーか」
日常的行為に対して今更いちゃもんをつける悟空に、悟浄は面食らいながらも反論する。
「ケムい。何がいいんだよそんなもん」
「あーあ、これだからオコサマは。この美味さがわからねぇなんて、人生の半分は損してるぜ? 一本やるから吸ってみな」
「いらねーよ」
「いいからちょっとだけ試してみろって」
「いらねーって言ってるだろそんなマズイもん!」
悟浄はニヤリと笑う。
「……へーえ。オマエ実は吸ったことあるな?」
しまった、とあからさまに表情に出すのだから、つくづく隠し事がうまくない。追及してくれ、と言っているようなものだ。
「べっ、別にいーだろ吸ったことあったって!」
「ああ。別にいいけど? 俺は」
最後の一言を悟浄がわざと強調すると、悟空はますます追い詰められたような顔をする。
「なあ、何で吸ったんだよ?」
「〜〜っ、三蔵がいないからだろ!」
「…………は?」
意味を考えているあいだに逃げられた。
――逃げた、と思ったのに、部屋を出た途端、悟空は別の人間に捕まった。
三蔵だ。よりによって、一番聞かれたくない人に聞かれてしまったらしい。
「吸ったのか?」
「別にいーだろっ」
咎められたわけでもないのに、悟空は最初から喧嘩腰だ。
三蔵はそれを面白そうに見下ろして。
「……俺がいなくてそんなに寂しかったのか?」
そうやっていとも容易く真実を暴くから、知られたくなかったのに。
10/06/28
#107:Love is usual
「し、失礼しました!」
宿の従業員が、焦った様子で扉を閉め、パタパタと駆けていく。
その取り乱しように、何があったのかと首をひねった悟浄は、彼女の閉めた扉が自分達が取った部屋のものだと気付いて嫌な予感を覚えた。
正確にはそこは、三蔵と悟空の部屋だ。
いったい彼女は何を見てしまったのだろう。悟浄は経験者として同情せずにいられない。
「……ったく、イチャつくなら鍵くらい掛けやがれ」
つぶやいて、悟浄は扉の前まで来て立ち止まる。
ここは一言、言っておくべきだろう。
二の轍は踏むまい。高らかにノックする。
「ちょっといいか?」
「開いてるよ」
返事は悟空の声だ。特に慌てたり困ったりした様子もなく、普通の感じだが……。
扉を開ける。
目に入ってきた光景に、悟浄は溜息をついた。
――三蔵が、膝枕で悟空の耳掻きをしていた。
二人はどうやらこの行為に特別な意味を設けていないらしいのだが、世間一般はそうは見てくれないということを自覚すべきだろう。
三蔵が悟空の耳にふっと息を吹きかけ、気持ちよさそうに悟空が小さく声を上げる様子を見せつけられたりしたら、なおさらだ。
「――あのな、頼むから、耳掻きをするときは部屋に鍵を掛けてくれ」
10/11/29
#108:Love is mistaken
「――イテ、」
二人でじゃれ合っていた時だ。
悟空の長い髪が、悟浄の着ているシャツの釦に引っ掛かってしまった。
「見事に絡まってますねぇ、切っちゃってください」
八戒の差し出した鋏を受け取った悟空は、一瞬の躊躇いもなく切った。
自分の髪を。
「――悟空!」
大声を上げた八戒に、悟空は何かマズイことをしてしまったのかと、焦った顔になる。
「な、何?」
「僕が言ったのは、髪じゃなくて釦です!」
「俺は悪くねーぞ!」
八戒と悟浄が揃って訴えた方角は、悟空を飛び越えた向こう側だった。
そこには三蔵がいた。
三蔵は騒ぎに無関心を装っている。怒っているわけではない。
だが、八戒と悟浄は、三蔵が悟空の髪を毎日結っていることを知っていた。悟空以外には絶対にそんな行為をしないことも。
その事実が、二人が当事者である悟空を差し置いてでも三蔵に気を遣う、十分な理由になっていた。
例えば自分が気に入りのものを他人に損なわれて笑って許せるか――答えは否だ。
許せるのは、執着のないものだ。三蔵にとって悟空は、それに入らないのは傍目にも明白だ。
「悟空、何か食べたいものはありませんか? ご馳走しますよ」
八戒は遠回しな懐柔策に出る。
「保護者サマには、いい酒も付けるぜ」
悟浄が脇から加勢する。
「三蔵?」
悟空が目を輝かせ、三蔵に催促する。
――こうして、彼らの平和は守られたのだった。
11/05/29
#109:Love is attractive
「――そんなに見るな」
悟空の方をちらりとも見ず、三蔵は言う。背中に目でもついているんだろうか。
「いいじゃん別に。見ても」
「よくねえ」
「なんで」
「なんででもだ」
「何だよそれ」
「とにかく見るな」
悟空は一瞬黙って、尋ねる。
「イヤって言ったら?」
間があった。
三蔵が悟空を振り返る。
「……どうなるか、わかってるのか?」
悟空はなぜか、どきりとする。
答えられずにいると、三蔵はまた悟空に背を向けた。
「何されるか、わかってから言え」
負けたみたいになるのが嫌で、悟空は言い返す。深く意味も考えず。
「俺、何されるの?」
三蔵の背中は動かない。
だけど、自分の言葉が、ちゃんと届いて、三蔵のどこかに触れたのがわかる。
「――教えて、三蔵」
それはなんて誘惑的な声。
11/08/29
#110:Love is tight
外に出た途端、冷たい風が三蔵のそばを通り過ぎた。
「寒いな」
意識せず呟きがもれる。
すると隣を歩く悟空がぱっと振り向いた。
「三蔵、いま寒いって言った?」
「ああ?」
質問の意図がつかめず、三蔵は不機嫌な声を返す。
「言ったよな?」
悟空はなぜか嬉しそうな笑みを浮かべたかと思うと、三蔵の腕にぎゅっとしがみついた。
「――離せ」
振り払おうとするが、悟空はしっかりとしがみついて離れない。
「やだ。夏は暑いからくっつくなって三蔵が言ったから、ずっと我慢してたんだからな」
「寒くなったらくっついていいとは言ってねぇ」
「でもダメとも言ってないだろ」
「いま言ってやる。駄目だ」
すると悟空は、憤然として抗議した。
「そんなことしたら、ずっと三蔵にくっつけないじゃん!」
「そうだな。くっつくな」
三蔵はばっさりと斬る。
「……わかった」
これまでのやりとりに反して、やけにものわかりよくうなずいたと思ったら――――悟空は、さらにきつく三蔵の腕にしがみついた。
「だったら、三蔵の言うことなんか聞かないで、好きなときに勝手にくっつくことにする」
11/10/31