と青春の日々



#111:Love is burning


喧嘩の理由なんていつだって他愛のないことだ。
なのに、時としてひどくこじれてしまうのは、どうしてだろう。
そんな時、決まって最初に問題を投げ出すのは三蔵の方で。
深く溜息をついて、悟空に背を向けて、何も言わず一人で部屋を出て行ってしまうのだ。
「バカ! 出て行くなよ!」
三蔵が閉めたドアに向かって、悟空はそばにあった枕を投げつける。
ベッドの上で小さくうめいて――――そして駆け出した。
「三蔵――!」
「何だ?」
勢いよく廊下に出た途端、予想外に近くから返事があった。
声を振り返ると、三蔵がドアの横の壁に背を預けて立っていた。
出て行ったふりをして、すぐそこに留まっていたのだ。
「怒ったと思ったか?」
まるで冷静な声で三蔵が言う。
「バカ!」
悟空は思いきり怒鳴って、――三蔵にしがみついた。


12/01/31



#112:Love is scrambling


「美味そうだな」
悟空は瞬きして三蔵を見た。
めずらしい。
三蔵はどちらかといえば和菓子派で、洋菓子にはあまり興味を示さないのに、悟空の食べている板チョコをじっと見ている。
「一口よこせ」
「まだどっかにあるだろー」
これは自分の分、と悟空はあわてて残りのチョコを割らずに口に押し込んだ。
すると三蔵は、何を思ったのか――顔を近づけ、悟空の口からはみ出たチョコをぱくりと勝手にくわえる。
一枚のチョコを挟んで両側に二人。
至近距離に迫った三蔵の顔に、悟空の心臓が大きく跳ねた。思わず目を瞑る。
――パキッ
軽快な音にはっと気がつくと、悟空のチョコはほんのわずかに減り、大部分は三蔵の口におさまっていた。
「ひでー! 返せ!」
小さくなってしまった欠片を噛み砕き、悟空は三蔵に抗議する。
「取り返してみろよ」
三蔵はくわえたチョコレートを悟空に見せつける。奪えるものなら奪ってみろと。
まるで、誘うように。


12/02/14



#113:Love is tested


「悟空にとって、腕時計はどんなものですか?」
「腕時計?」
突然の八戒の質問に、悟空は目をまるくした。
だが、根が素直な悟空は、八戒の意図がわからないながらも真剣に考える。
「……持ってないからわかんねー」
「そうですか」
「あ、でも」
八戒の期待を裏切ってはいけないと思ったのか、悟空は付け加えた。
「三蔵が俺の時計みたいなもんだから、俺にとって腕時計は、三蔵?」
首をかしげながら、悟空が笑う。
「……とても参考になりました。ありがとうございます」

「――で、何なんだよ、『腕時計』ってのは」
「心理テストなんですけどね。恋人に対する考え方、だそうです」
「…………つまり?」
「……無自覚にのろけられちゃったみたいですねぇ」
 悟浄と八戒は乾いた笑みを交わした。


12/04/05



#114:Love is clear


「――三蔵、眼鏡取って」
唐突な悟空の要求に、三蔵は紙面に落としていた視線を上げ、顔をしかめた。
その意味は、いきなり何言い出すんだサル、だ。
だが悟空は、三蔵の態度を意に介さず、自分の要求を繰り返す。
「三蔵、眼鏡取って」
「断る」
三蔵は今度こそバッサリ斬る。
「いいじゃん、ちょっとだけ」
「断る、と言ってる」
「ほんとにちょっとだけだから」
「ごめんだ」
「なんでだよ」
特段、三蔵に理由はない。ただ、悟空がムキになるから、三蔵もつられてムキになっただけで。
「そういうお前は、なんでだ」
三蔵が問うと悟空は、だって、と口をとがらせる。
「――キスするのに邪魔だから」
は、と予想外の答えに三蔵が唖然とする間に、悟空の手が伸びて三蔵の眼鏡を勝手に奪い、ちゅ、と唇で音を立てた。


12/07/04



#115:Love is moony


夜中にふと目が覚めた。
悟空は眠りが深く、そんなことはめったにない。
どうしてだろう、と体を起こしてあたりを見回すと、窓の外に大きな満月が見えた。
あれのせいだろうか。
ぼおっと月を眺めていたら、ふいに背後から声をかけられた。
「……何してる」
三蔵だ。物音をたてたつもりはないが、起こしてしまっただろうか。
「んー……外、見てる」
「外?」
いぶかしげに言って、それきり三蔵は黙ってしまった。だから、また眠ったのだと思っていた。
そうではないとわかったのは、急に目の前が翳ったからだ。
月を背にした三蔵が、悟空の視界をふさいだ。
「……月が、見てる」
混じる吐息の中につぶやきを落とす。
「目を閉じれば、誰も見ない」
三蔵はそっと、悟空の瞼に触れた。
「――月も、見ない」

   * * *

傍らですこやかな寝息をたてている悟空を、三蔵は静かに見つめる。
「やらねぇよ。」
月に向けて放った科白は、やわらかな闇に融けた。


12/10/31



#116:Love is troublesome


「三蔵、俺、今日誕生日なんだけど」
 そう言うと、明らかに三蔵は今気がついたという顔をした。
 期待なんて最初からしていなかったから、それは別にいい。悟空が誕生日という『制度』を知ったのが八戒と悟浄に知り合ってからだという事実が、三蔵のその手のイベントに対する無関心さを示している。
 だが、覚えてなくてもいいから、祝福をねだる権利はほしい。
「だから三蔵、何かくれよ」
「…………何かってなんだ」
 めずらしく三蔵が悟空に対して下手に出たのは、ここのところ仕事が忙しいせいで悟空をほったらかし気味なのを、三蔵なりに後ろめたく思っていたのかもしれない。
 却下されなかったことに気をよくした悟空は、思わず笑みをこぼして、三蔵にねだる。
「何か。俺がほしいもの、三蔵が考えて」
「……めんどくせぇ」
 そうぼやきつつも、三蔵はたぶん、その『面倒くさいこと』をしてくれるだろう。
 そして、そうやって三蔵が悟空のことを考えてくれる時間こそが、悟空にとって何よりの誕生日プレゼントだ。


13/04/30



#117:Love is formal


「三蔵の目の色、すごくキレイ」
「――今、この状況で言いたいのはそれだけか」
 うろんげに問われて、悟空はうっと返答に詰まる。三蔵が言葉の裏にしのばせた意味がわかったからだ。
 さっきまでは、わかってなかった。
 ――いきなり間近に迫った三蔵の顔のわけなんて。
「待ってやるから言いたいことは今のうちに全部言え」
 悟空に返事の時間をくれる三蔵は良心的なのだろうか。
 それとも。
 ……こんなに至近距離で見つめられては、何も考えることができない。
 そうなることを知っていて三蔵がああ言ったなら、良心的、どころか、とんでもなくたちが悪い。
 有無を言わせずキスされていたら、文句の一つも言えたのに。
 ただ悟空を共犯者にするためだけの儀式だ。
「……ほかに言いたいことなんて、何もない」
 あきらめた悟空が白旗を上げると、三蔵は満足げな笑みを浮かべて、二人の間の距離をゼロにした。


13/06/09



#118:Love is doglike


「悟空」
 飼い主の一声で、ペットはすぐさま駆け寄っていく。
「何、さんぞー?」
「煙草」
「えー?」
 三蔵が差し出した小銭を反射的に受け取りながらも、悟空は不満げな声を上げる。
「釣りはやる」
 しかしこの一言で、不満は吹き飛んだようだ。
「いってきまーす」
 うって変わって明るい顔で、悟空はバタバタと部屋から駆け出していった。
 その姿を見送りながら、八戒がつぶやいた。
「まったく悟空って、わんこのようですねぇ」
 三蔵のそばにいる時なんて特に、耳や尻尾が見える。本人は怒るかもしれないが、とても可愛い――と八戒は微笑む。
 飼い主は八戒の感想にはいかにも興味なさげで、読んでいる新聞から顔を上げなかったが。
「――犬だったら繋いでおける」
 興味なさげな態度で、そんな言葉をもらす。
 うわぁ、重症、と悟浄がぼやいた。


13/10/01



#119:Love is asleep


「あちぃ」
 西に向かって進むジープの上で悟浄が呟く。真昼の太陽に照らされて、全身が焦げつきそうだ。うんざりしながら、悟浄は自分の左側に目を向ける。
「よく眠れるよな、コイツは」
 悟浄の隣に座る悟空は、額や首筋に汗の粒を浮かせながらも、ぐっすりと寝入っていた。
「大丈夫でしょうか。熱中症にならないといいんですけど……」
 八戒が運転席から一瞬だけ悟空に視線を向けて、心配そうに眉を寄せる。
「悟浄、ちゃんと見ていて下さいね」
「なんで俺が。『原因』が面倒みるべきなんじゃねーの?」
 悟浄と、そして八戒からも冷たい視線を向けられた三蔵は、しかし、何も聞こえなかったみたいに表情一つ変えず沈黙を貫いた。
 無言の男達の間に、ジープのエンジン音と、くぅくぅと規則正しい悟空の寝息だけが響く。この炎天下で、まだまだ悟空は眠りから覚めそうにない。
「……どれだけ寝かさなかったんだよ」
 もちろん、悟浄のぼやきに三蔵が答えることはなく、代わりにジープがエンジンの唸り声を上げたのだった。


14/07/30

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