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「雪中雄鶏図」「雪梅雄鶏図」「松竹梅群鶴図」「群鶏図障壁画」「菊図押絵貼屏風」「石灯籠図屏風」の展示。京都国立博物館の所蔵品に加え、細見美術館、両足院からの出品もあり。 「雪中雄鶏図」と「雪梅雄鶏図」は、並べられての展示。両作品を比較できるようになっていました。鶏の格好、雪の情景と似通っている部分もあり。そうでない部分もあり。 松葉の独特な表現、ワイルドな水墨の「松竹梅群鶴図」、75歳筆の鶏たち「群鶏図障壁画」と来て、80歳作の「菊図押絵貼屏風」。画面には、様々な種類の菊が描かれています。花弁に用いられた筋目描など、技法や筆致を楽しむことができます。 「石灯籠図屏風」は、石の質感を点描で表した一品。良く見ると、点の様子が微妙に変えてあります。個人的には、創作におけるベクトルが、石峰寺の五百羅漢と重なるように見えました。紛れもなく灯篭なのに、表情がある。朽ちた灯篭からは、若冲作品に登場する、穴開きの葉を連想したりもして。葉の丸い穴を覗くと、灯篭が並んでいるのだ。なんて。 早期の作といわれる「雪中雄鶏図」から「菊図押絵貼屏風」まで、色々な年代の作品が見られました。そういった点で、バランス感のある展示だったように思います。(03/29) 葉の穴のことばかり書いてる気が。何か妙に気になるのですよ。 |
明和元年(1764)、49歳の若冲は依頼を受け、金刀比羅宮奥書院上段の間に「花丸図」を制作、201の花々を咲かせました。ところが、現在も咲き続ける花園には、非公開という名の鍵がかけられていたのでした。 襖は、1面につき10種の花卉が描かれています。縦に5種、横に2種が規則正しく並ぶ形です。色などは、想像したより残っていましたが、下部は傷みがきています。 まず思ったのは、「リアルに描いてるんだ」ということ。少々模様チックなイメージがあったのだけど、その辺りは覆されました。印刷物のみの印象、部屋全体を壁紙で覆うかのような作りに惑わされていたようです。 描き方は、『動植綵絵』を彷彿とさせます。特に、紫陽花や向日葵はわかりやすい。そのまま切り取り、香川まで持ってきたかのようです。それから、所々変色したり穴が開いた葉に、若冲魂をみました。薄く白い花弁も、いかにも若冲。ところで、穴を見てホッとするのはなぜ?あと、構図、題材、金砂子から、琳派の「草花図屏風」をうっすら思い出しました。珍説。 来年には、奥書院全室が一般公開されるそう(予定)。今回は助走?助走って何?ともあれ、近くでじっくり見られますし、貴重な展示かと思われます。(09/30) こんぴらで美術鑑賞あります。 作品の金砂子は、後から施された?---昭和34年からの修理の際、奥書院の壁から発見された「奥書院障子装飾之記」に、若冲の絵が白紙(素地)に描かれたものであると記されているそう。(伊藤若冲の花丸図/土居次義/京都書院) みやげもの情報:会場内に絵はがきセットとポスターがありました。 |