面白ければ売れるという考え方について

2020年2月11日

 ウェブで様々な作品の感想を見ていると、「その本は○万部しか売れていないから駄作だ」というような、売上で作品を否定的に評価する声をしばしば見かけます。 馬鹿馬鹿しい考え方とは思うのですが、こういった「面白ければ売れる、売れないのは駄作だからだ」といった考え方の人は少なくないように思えます。 だからこそ、「ラーメン才遊記」(久部緑郎・河合単/小学館)10巻の『いいものなら売れるなどというナイーヴな考え方は捨てろ』という言葉はウェブでよく引用されるのでしょう。

 漫画家のいしかわじゅん様は、ギャグ漫画の執筆についてこう書かれています。

進めば進むほど、どんどん選択肢は少なくなる。新しいものを見つける可能性は低くなる。それでも、昨日と同じものは描けない。昨日と同じレベルのものを描けば、マンネリと言われる。 いつも、絶えず進んでいなくてはいけない。次のことを探し続けていなくてはいけない。その上、ギャグは、力を入れれば入れるほど、読者が減る。面白いものを描けば描くほどギャグはわかりにくくなり、単行本を買ってくれる読者は少なくなっていく。哀しいパラドックスである。

いしかわじゅん/晶文社「漫画の時間」より

 これはギャグ漫画についての話として書かれていますが、創作全般に通じる話であると思っています。

 面白い作品を描こうとすれば、多くの場合表現や内容は先鋭化していきます。そして、先鋭化した表現や内容を誰もが理解できるわけではありません。 これが、面白い作品が必ずしもヒットしない最大の理由であると私は考えています。

 近年、新海誠監督は「君の名は。」のヒットで一気に声望を獲得されました。氏は、それ以前にも5つのアニメ作品を制作されていましたがそれらは格段のヒットはしませんでした。 ちなみに、氏の5作目である「言の葉の庭」は興行収入約1.5億円、6作目の「君の名は。」は約250.3億円とされています。

 この結果を見ると、「面白ければ売れる」派の方々は「新海監督は5作目と6作目の間に凄く実力をつけたのだな」と思われるのかも知れません。 しかし、私は氏が6作目で大ヒットを飛ばしたのは、敢えて面白さを落とし、分かりやすくしたのが最大の理由ではなかったかと考えています。 氏の以前の作品は、敢えて言うなら複雑で難解なところがありました。それを「君の名は。」では、ある程度単純化し分かりやすくした。それが氏が6作目で突如ブレイクした最大の要因だったように思えます。

 また、大友克洋様の漫画「AKIRA」は、日本でもヒットしましたが、海外ではそれ以上にヒットしました。 その理由の一つは、同作が漫画的表現に不慣れな海外の方々にも分かりやすかったからだ、という指摘があります。

「複雑で読む順番が分かりにくいコマ割り」や「漫符」などの漫画に慣れていないと分かりにくい表現が、「AKIRA」では丁寧に排除されています。 そうやって分かりやすさを追求した結果が、当時の同作の海外での大ヒットにつながったのではないか、というのです。

 私は上で作品を面白くすると多くの場合先鋭化すると書きましたが、これらは逆に作品を敢えて鈍化させることで大ヒットにつながったケースなのではないでしょうか。

 出版社等の方々にとっては作品は商売道具ですから、「売れるのが良い作品だ」と言うのは理解できます。 しかし、読者にとっては「売れた作品」と「良い作品」は別の次元の問題です。 面白いかどうかを自分で考えずに、売上で作品を評価するのは全く以て馬鹿馬鹿しい姿勢であると私は考えます。

最終更新:2020年2月16日

京都に行ったら貸し切り状態だった話

2020年7月26日

 新型コロナが流行っている現在できる限り外出は控えるべきだ、旅行なんてもってのほかだ……という考えの方もおられるようですが、私はもうその段階は過ぎたと思っています。 感染拡大に細心の注意を払いつつもある程度は行動していかないと、経済的に多くの人々が死ぬでしょう(参考「GoTo「東京以外も見送りを」69% 緊急事態「再発令」支持8割 毎日新聞世論調査」「Go to キャンペーン大混乱について - Chikirinの日記」「観光庁が明らかにした残酷な数字 国内旅行は96.6%も減少 - ライブドアニュース」)。

 というわけで、京都に行ってきました。

竹林の道

 あまり人通りがありませんが、今回観光した中では最も賑わっていました。

竹林の道1 竹林の道2

金閣寺

 ガラガラです。1枚目は一見無人の写真に見えますが、よく見ると右奥の順路を一人歩いています。

金閣寺1 金閣寺2 金閣寺3

三千院

 ガラガラです。ちなみに2枚目の建物は国宝の往生極楽院です。

三千院1 三千院2

寂光院

 ガラガラです。

寂光院

東本願寺

 ガラガラです。一見無人の写真に見えますが、よく見ると階段に一人座っています。

東本願寺

銀閣寺

 ガラガラです。

銀閣寺1 銀閣寺2 銀閣寺3 銀閣寺4 銀閣寺5 銀閣寺6 銀閣寺7 銀閣寺8

哲学の道

 ほとんど誰も通っていませんでした。端から端まで歩いて、すれ違った観光客は4〜5人ほどだったかと思います。

哲学の道1 哲学の道2 哲学の道3 哲学の道4

南禅寺

 ガラガラです。3枚目の写真は法堂まえの石畳です。

南禅寺1 南禅寺2 南禅寺3

三十三間堂

 お堂の外には人はいませんでしたが、中には流石にある程度観光客がいました(撮影禁止でしたが)。多分10人くらいはいたでしょうか。今回観光した中で、竹林の道に次いで賑わっていた印象です。

三十三間1 三十三間2

西本願寺

 ガラガラです。

西本願寺1 西本願寺2

まとめ

 怖くなるくらいどこもガラガラで、貸し切り気分でした。恐らくいまは多くの観光地がこのような感じなのではないでしょうか。新型コロナ感染の兆候がない方は、是非ご旅行を検討下さい。

 ちなみに、新型コロナを恐れて感染者がまだ出ていない岩手にGO TOキャンペーンで行った人が多い、という記事を見ましたが、その考え方は疑問です。 観光地で新型コロナをもらうとしたら、それは地元の住人からではなく他の観光客からの可能性が高いのではないでしょうか。現時点で感染者が少ない地域に行くことにはあまり意味がないように思えます。 そして、観光地はいまは恐らく多くがガラガラであり、新型コロナをもらう可能性は高くないと私は考えます。これだけ人がいないのなら、都会の商店や繁華街の方がよほど感染リスクは高いのではないでしょうか。

 更に余談ですが、店舗等が閑散としていることを閑古鳥が鳴くと言いますが閑古鳥とはカッコウのことだそうです。 京都にいる間信号機が変わるたびに「カッコーカッコー」か「ピヨピヨ」が鳴り響いて「また閑古鳥が鳴いてる。自虐? もうやめてぇ!」等と考えてしまいました。

同人漫画を商業連載にする近年の傾向

2020年9月6日

 以前、拙稿「プレミア価格がつく同人誌の変化」で近年同人漫画家がプロになるケースが減っている、というようなことを書きました。 今回はそれに関係がありそうで、実はあまりない話です。

 少し前までは、同人漫画家が商業連載を開始する場合、新しい作品を描き始めるのが当然だったと思います。 しかし近年、同人漫画がそのまま商業媒体で連載されるケースが急激に増えています。

 私の知る限りでは、近年の同人漫画が商業連載される傾向の先駆けとなったのが相田裕様が同人誌で1998年以降継続して発表されたシリーズが2002年から商業連載となった『GUNSLINGER GIRL』です。そして……。
 納都花丸様が同人誌で2003年以降継続して発表されたシリーズが2006年から商業連載となった『蒼海訣戰』。
 飯田ぽち。様が同人誌で2015年以降継続して発表されたシリーズが2016年から商業連載となった『姉なるもの』。
 はるかわ陽様が同人誌で2018年以降2冊発表されたシリーズが2019年から商業連載となった『塔子さんは家事ができない。』。
 宮原都様が同人誌で2018年に発表された読み切り作品が2019年から商業連載となった『一度だけでも、後悔してます。』。
 しょたん様が同人誌で2019年以降2冊発表されたシリーズが2020年から商業連載となった『君は冥土様。』。
 他にも同人誌としてではなく個人のTwitter等で連載が始まり、その後商業連載となった作品はさらに多いでしょう。

 中でも特筆に値するのが『君は冥土様。』です。
 同人誌が商業連載化する場合、タイトルやストーリーやキャラクターは同じでも絵は一から描き直して掲載されるのが一般的です。 しかし、本作は同人誌として発行された3話までは描き直しなしでそのままサンデーうぇぶりに掲載され、4話からが新しく描かれた話となっています。 私はこういう作品を他に知りません(※同人誌が描き直しなしでそのまま商業単行本になるケースは時折ありますが、描き直しなしで商業連載というケースはかなり珍しいはずです)。

 竹熊健太郎様・相原コージ様は1991年に『サルでも描けるまんが教室』でこのように描かれました。

『サルでも描けるまんが教室』3巻P.181より
竹熊健太郎・相原コージ/小学館『サルでも描けるまんが教室』3巻P.181より

 以前は、作家さんが徒手空拳で描いた漫画がそのまま商業連載となるなどまず考えられないことでした。しかし、そういったケースが近年次々に起きているのです(※念のため書いておきますと、上で挙げた同人漫画の商業連載化のケースは作家さんが同人作品を出版社に持ち込んだ結果なのか、出版社側が作家さんに声をかけた結果なのかは分かりません)。

 週刊少年ジャンプ隆盛の立役者である鳥嶋和彦様はこう述べられました。

 作家には「描きたいもの」と「描けるもの」があるんだよ。そして、作家が「描きたいもの」は大体コピーなの。既製品の何かで、その人がそれまでの人生で憧れてきたものでしかない。

 鳥山明さんであればアメコミっぽい作風だとか、そういうものが「描きたいもの」としてあったけど、そこからヒット作はやっぱり出てこないんです。実際、鳥山さん自身の「描きたいもの」は、申し訳ないけどつまらないんですよ(笑)。

【全文公開】伝説の漫画編集者マシリトはゲーム業界でも偉人だった! 鳥嶋和彦が語る「DQ」「FF」「クロノ・トリガー」誕生秘話」より

 同人誌は基本的には作家さんが「描きたいもの」を描く場であり、そのまま商業連載とするにはレベルや方向性などの問題があることが多かったように思います。 何故以前では考えづらかった同人漫画の商業連載化が起きるようになったのかを想像したところ、説得力がありそうな可能性を三つ考えつきました。

 一つ目。以前は、徒手空拳で描かれる作家さんは周囲の友人知人に作品を見せる程度で、あまりブラッシュアップされていないケースが多かったのかも知れません。 上の鳥嶋様の言い方を借りるなら、「描きたいもの」ばかりが描かれ、「描けるもの」を描こうとしていなかった、ということになります。 しかし、近年の同人作家さんは商業で描かなくても、多数の読者に作品を読ませているケースがあるわけです。それによって実力が磨かれ独力で商業レベルの作品が描けるようになった作家さんが増えている、という可能性はありそうです。

 二つ目。幅広い読者層に大ヒットする漫画を目指す場合にはある程度決まった方法論がありますが、狭い読者層に向けたニッチな漫画を描こうとする場合には作者の独特な感性が重要なケースも多い、と私は考えています。 近年は大ヒットよりも狭い読者層を狙った作品が増えて編集者側の方法論が重要でなくなってきている、という可能性はあるかも知れません。

 三つ目。編集者側が作家の育成にコストを掛けないケースが増えてきた、という可能性もあるかも知れません。 編集者側が作家さんを育てようとすればコストが掛かりますが、そこまでコストを掛けるのは難しいので取り敢えず同人誌でクオリティの高かった漫画をそのまま商業に持ってこよう、という考え方です。 同人誌の市場が拡大し、漫画を描く作家さんが目につきやすくなったことで、悪い言い方をするなら出版社側に粗製濫造的な考え方が出てきた、と考えられなくもありません。
 ただ、これは悲観的過ぎる解釈かと自分でも思います。今回挙げた漫画が低レベルであるとは思いませんし、恐らくこれは考え過ぎなのでしょう。

 同人漫画がそのまま商業連載となるケースが増えているのが良いことなのかどうかは分かりませんが、これによって既存の枠にとらわれない新しい魅力を持つ漫画が出てくることには期待しています。

追記その1(2020年9月27日)

 上で『君は冥土様。』は同人作品が描き直しなしでそのまま商業媒体に載ったと書きました。しょたん様も同作の商業連載開始に際し『1〜3話は同人版をそのまま掲載で4話以降新しく書いてます』(しょたん様のTwitterより)と告知されておりこの記述は間違いではないと思いますが、細かく言うと商業化に際し若干の加筆・修正はされています。例えば第一話では以下の二点がそうです。 (1)同人版では第一話は全16ページでしたが、商業版では最初に描き下ろしの1ページを加えて全17ページとしています。(2)同人版では市街地が背景に描かれたコマが6つありますが、いずれも背景イラストを差し替えています。

 (1)は、同人版が見開き右ページから始まっていたための追加ではないかと推測します。商業漫画は基本的に見開き左ページから始めるものですので、最初に1ページを加えて左ページからの形式に直したのではないかと。

 (2)は、後々に著作権関係でのトラブルを防ぐためではないかと推測します。同人版で描かれていたのは写真を基に描き起こしたと思われる背景でしたが、それが他の誰かの撮った写真を無断使用したものである場合、そのまま商業化すると後で莫大な使用料を請求される恐れもあります。しょたん様が正規に素材画像を購入されていても、それを販売した業者が本来の権利者に無断で販売した可能性は否定できません。 こういったリスクを勘案した結果、同人版で描かれた住宅街背景は全て差し替えとなり、恐らく著作権問題が完全にクリアな写真から新たに背景を描き起こしたのではないかと。

追記その2(2020年9月27日)

 上で推測した、同人漫画がそのまま商業連載になるケースが増えた理由二つ目について。大ヒットよりも手堅く売れる作品を目指すというものに近い考え方が、次の竹熊健太郎様と赤松健様の対談で言及されています。

竹熊 そのメジャーの概念が変わると僕は思うんですよ。もう100万部売るとか、シリーズトータルで2000万部っていうのはもしかするとなくなるんじゃないかな。赤松さんとか、それこそONE PIECEとか、この辺りが最後になるんじゃないかなっていう。

赤松 それ私がさっき言ったのと同じことじゃないですか。やっぱり業界はポッキリ折れるんですよ。

竹熊 いや、だから、ただし5万部売ると。5万部は確実に売れるとなったら食えますよね。

赤松 その5万部って。単価は高いんですか?

竹熊 いや、だからそこそこ名があっても、年収600万円とか800万円で生活する漫画家が増えるということです。

これからは年収600万円や800万円の漫画家が増えるかも (1/3)」より

 ちなみに、側聞するに5万部を売るのはメジャー週刊少年誌掲載の作品で数割程度、マイナー誌ではその割合が多少下がる、という印象です。漫画家のヒロユキ様はインタビュー「「今のマンガ家って売れても儲からないんですか?」 『アホガール』のヒロユキ先生に聞く、マンガの現状 (1/3)」で5万部売れるのは『メディアミックスの可能性が高まるので、先があるタイトル』であると述べられています。

最終更新:2020年12月31日