The Fairest Of The Fair




 暗い船内に、自分のもつライトの光が一条伸びている。ノーマルスーツから送り出される酸素で呼吸しているので、光に反射する無数の埃を吸い込まずにすむのがありがたかった。
 ずいぶんと古い、廃棄された旅客機らしい船だった。旅客機らしく部屋数が多く、たった一枚のディスクを探し出すには実に厄介だった。
 よくできているな、とシャアは面白みを感じた。昔観たことがあるホラームービーのようだ。閉ざされた空間に、複数の部屋。仲間が一人ずつ消えていく……。いかにも罠が待っていそうな、そんな錯覚を起こしそうになる緊張感。実際に今、シャアは一人で行動している。ディスクを探すには全員で行動するよりも、別れたほうが早いという判断からだ。その代わり、何か少しでも異変を感じたら通信で連絡することになっている。
 閉ざされた部屋のキーロックを解除するための装置を取り付ける。その時、ふっと視界の端を何かがよぎった。

「先輩?」

 人影かと思ったが、返事はなかった。

「…………」

 足元についたポケットから銃を取り出す。何か、違和感があった。ざらついた感覚が離れない。言い換えてみればそれは危険信号であり、嫌な予感と呼ぶべきものだった。シャアは指先でロック解除のキーワードを入力していく。

――――――そう・・・…

 沈黙している船のキーロックが、何故生きているのだろうか?
 そのことに気づいた瞬間、シャアはドアに向かって発砲した。














「ガルマ様、どうかしましたか?」
「今……なにか感じなかったか?」

 ブリッジで船の周囲の警戒をしていたガルマは、ふっと辺りを見回した。
 ブリッジには操縦士を始めとする要員が残っていた。他のメンバーは船外での警戒と、船内の見回りをしている。
 ガルマの言葉に、彼らはそれぞれお互いの顔を窺った。そして、一斉に首を振る。勘違いかと思ったが、ガルマはその感覚を捨てきれなかった。シャアに気をつけろと言われたことが心に引っ掛かっている。

「少し船内を見回ってきます」
「もうじき副隊長が帰ってきますよ」

 それからでも構わないでしょうと一人が言う。ガルマの見回りの順番は副隊長の次だから、確かにそれからでも構わないのだが、ガルマは勘に従う事にした。

「用心するに越した事はないでしょう。副隊長が戻ってきたら、先に見回っていると伝えておいてください」

 そういい置いて、ブリッジを出る。ホルスターから銃を取り出し、安全装置を解除。とりあえず、いつでも撃てる準備をしておく。なぜ、こんなに緊張しているのだろう。歩き出しながらガルマは考えた。シャアがいないからだろうか。シャアに言われたことが気になっているからだろうか。
 それとも副隊長のせいか。シャアが気になるという、男。ここ数日一緒に過ごして、ガルマの彼に対する感想は『気安い男』というものだった。隊長が慎重な性格な分、彼が明るい雰囲気を作り出している。まったくいいコンビだとガルマはメンバーを編成した、おそらく教官に感心した。一番良いと思ったのは、シャアと一緒だということだったが。

「気をつけろ、か……」

 ガルマは窓から覗く宇宙を見つめた。すぐ間近に、シャア達が乗り込んだ船がある。この場合気をつけるのはシャアのほうだろうに。
 ガルマが見る限り、作戦はとても上手くいっている。確かに帰投するまで油断はできないが、他のチームが襲ってくる可能性は、今のところ低いだろう。何に気をつけろとシャアは言ったのだろうか。

「……まさか?…いや………」

 ガルマは呟いて、ブリッジに取って返した。
 副隊長に、気をつけろ。あれはそういう意味だったのか?心の中でシャアに問いかける。応えはもちろんない。思い描くシャアは、いつもの穏やかな表情でガルマを見つめるだけだ。
 考えてみれば、この実習には不自然なところがある。メンバーの全員が生徒、というのは、どう考えても危険だ。医療班はいるものの、彼らにはまだ医師免許はない。本当に何かあったら一体どうするつもりなのか。電気系統のトラブルにしても、結局はなんとか修復することができたからいいものの、あのままだったら死んでいた。だいたい、電力が使えなくなったら、リタイヤの為の通信もできないではないか。では、だれが失格の判定を下し、船を正常に戻すのか。教官が監視しているとはいえ、その教官はこのメンバーに加わっていないしこの船を追跡している船もない。
 と、なると、答えは一つだ。
 監視者は内部にいる。同時に妨害を行う役目を持った人間が。
 だが、これはあくまでも推理だ。ガルマ個人の意見にすぎない。ヘタをすればお互いがお互いを疑いあって、せっかく築いてきたチームワークが崩壊してしまうかもしれない。どうしよう。どうしたらいい?シャアがいない間に船を奪われたりしたら、あわせる顔がない。
 ガルマがブリッジに飛び込むと、その場にいた全員が情けない顔で振り返った。
 胸を赤く染めて。

「副隊長は!?」

 せきこむように尋ねると、彼らは驚いた表情をした。誰がやった、ではなく副隊長とガルマが犯人を言い当てたことに驚いたのだ。だが彼らは黙って首を振った。左胸に赤いペイント。『死亡』扱いだから、口をきくことができないのだ。
 考えている暇はなかった。彼らが何かを叫ぼうとしたのを見た瞬間、咄嗟にガルマは前へと跳んでいた。銃声が後を追い、壁を赤く染める。あのまま突っ立っていたら、命中していただろう。
 副隊長だった。申しわけなさそうに笑いながら、銃を構えている。

「申し訳ない。だが、勝負は勝負ですから」

 判定は公平に行われますのでご心配なく。いけしゃあしゃあとそんなことを言う副隊長を、ブリッジの死亡者全員が一斉に睨みつけた。

「やはり、あなたが?」
「おわかりになりましたか…さすが、ガルマ様」
「見抜いたのは私ではない。シャアだ」
「ああ…、なるほど。彼はどうも最初から私を疑っていたようで、やりにくくて仕方がなかったのですよ。だから守備には回さなかったのですが、ガルマ様とは仲が良かったんですね」

 銃を構えたガルマに動かないで下さい、と副隊長は告げる。言葉ほどは冷静ではないらしい。銃を持つ手はガルマを牽制するだけで、撃つのに迷いがある。
 ザビ家の御曹司に銃を向けているのがそんなに恐ろしいのか、とガルマは可笑しくなった。敵は自分が誰であろうが、関係なく撃ってくるだろうに。会話をしているうちに冷静になってきたのはガルマのほうだった。

「…ひとつ、訊いてもいいですか?」
「なんでしょう」
「なぜ、こんな役目を引き受けたのですか?スパイなんて、嫌な役目でしょうに」
「私の希望部署は、諜報部です」
「なるほど」

 ガルマはうなずいた。スパイ希望では仕方がない。銃のグリップを銃身へと持ち替え、下から上へ勢いよく放り投げた。

「え…!?」

 回転をつけて向かってくる銃を受け止めるべきか避けるべきか、咄嗟に迷う一瞬の隙をついて、ガルマが動いた。副隊長に飛びつくと銃を持った手を掴み、後ろに捻り上げる。そのまま体が後ろに回転する力を利用して、背中の真ん中、肩甲骨の間を思い切り肘で撃った。

「ぐぁっ」

 うめいて仰け反ったところで、今度は膝裏を蹴りつける。呆気ないくらいに副隊長はバランスを崩し、前屈みになった。そこでガルマはようやく、捻り上げた手から銃を奪い取った。
 この至近距離では逃げようがない。ガルマは躊躇わずに撃った。
 銃声とともに副隊長の背中が赤く染まる。偽物だとわかっていても、あまり良い気分ではなかった。

「いたた……」

 苦笑いしながら副隊長は起き上がり、肩をすくめて見せた。

「負けてしまいました」

 心底悔しそうな声に、ガルマを始めとするブリッジのメンバーがほっと笑った。











 シャアが発砲するのと、ドアがスライドするのはほぼ同時だった。中で待ち構えていたのであろう人物は、まさかいきなり撃ってくるとは思ってもいなかったらしい、モロに命中され、反動で手にしていた銃を取り落とした。

「……良くわかったな?」
「あからさますぎたんですよ。落ち着いて考えれば、中で待ち構えているのがわかります」

 右肩を赤く染めたその人は両手をあげて、降参の意をシャアに伝えた。落ちた銃を拾い、足首のポケットに仕舞い込む。

「一人ではありませんよね?あと何人いますか?」

 シャアの尋問に、もはや捕虜の扱いとなった、その人は素直に答えた。

「この船内には、もうひとりだ」

 あと一人か…。通信を妨害されていなければこの会話は他のメンバーにも伝わっているはずなのだが、どうも怪しい。もしかしたら全滅したのかもしれないと考えていた時、呼びかけがあった。

「………シャア、無事か………?」
「隊長?」

 やはり何らかの妨害はされているのか、聞き取りにくかった。メンバーのなかでシャアのことをファーストネームで呼ぶのはガルマと隊長だけなので、少なくとも妨害者ではない。

「妨害者を一名捕獲しました。御無事ですか?」
「……ああ。……こっちも一人捕らえた。ディスクも見つかった」

 合流ポイントへ行くと、シャアと隊長以外にも無事な者がいた。妨害者が二人しかいなかったからだろう。運良く出くわさなかったのだ。
 妨害者二人は後ろ手に繋がれて、銃口を向けられている。すでに負傷扱いなので抵抗はなかった。

「船が心配だ。早く戻ろう」








 守備班でやられたのは、ブリッジにいた者と、副隊長だけだった。船外で警戒にあたっていた者にまでは手が回らなかったらしく、それらのものは無傷であった。
 副隊長が妨害者の一人であることに、誰よりも隊長が驚いていた。まあそれは当然だろう。自分を支え、隊を支え、頼りにしていたものが実は敵だったなどと、たとえ学校内での訓練だとわかっていても衝撃は大きい。
 他の二名の妨害者は教官だった。彼らは自分の生徒の優秀さに満足なのか、どこか楽しそうに副隊長とともに仲良く別室に拘留された。
 操縦士がリタイヤになってしまったため、何人かが必死になって操縦桿を握る事になった。帰投時間にはギリギリだったが、意外なことにチームとしての得点は高く、二位になることができた。
 他のチームにリタイヤが多く、中には妨害者に沈められた船もあったからだ。

「シャアのポイント、ずいぶん高いな」
「副隊長をマークしていたのが利いたらしい。実は、電気類の他にもいろいろやろうとしていたんだって」
「隊長、ずいぶん驚いていたな」

 副隊長が実はスパイであったとわかった時、そうとうショックを受けていた隊長の顔を思い出して、ガルマが笑った。

「人が良すぎるんだよ、彼は」

 同じく笑いながらシャアがうなずく。人が良いというよりは、彼は自分の興味のあるものにしかあまり注意を払わないのだ。もし、シャアと一緒のチームでなければ、一位になれていたかもしれない。
 帰投直前、シャアは彼に、彼の告白に対してきちんと返事をした。答えは初めから決まっていたが、考えて出した返事だったので、どうやら納得してくれたらしい。ただ、あきらめるとまでは言われなかったが。

「シャア………」

 ずいぶん親しい人のように、彼、と言ったシャアに、ガルマは瞠目した。なんだ、というように見返すシャアに、訊いてもいいのかどうか躊躇う。とてもプライベートなことだからだ。

「ガルマ?」
「その、聞いてもいいか?」
「内容によるが」
「隊長と…なにかあったのか?その…たとえば……」

 語尾を濁したガルマに、今度はシャアが瞠目した。

「よくわかったな…。交際を申し込まれたよ」
「そ、それで!?」
「断ったよ。今は恋愛より学校での勉強のほうが楽しいし、彼と恋愛する気にはなれなかったから」

 シャアはアッサリとしたものだ。ほっと肩の力を抜いて、ガルマは赤くなった。なぜこんなにムキになっているのだろう。

「ひょっとして、彼のことが好きだったのか?実習の間、ずいぶん気にしていたけど」

 これもまたアッサリ、シャアが言い放った。からかうつもりではなく、純粋に疑問だったのだろう。だが、ガルマには覿面だった。

「まさか!僕が好きなのは―――」

 シャアだ。
 そう言ってしまいそうになって、ガルマは慌てて言葉を飲み込んだ。真っ赤になって固まってしまったガルマに、シャアは目を丸くした。こうまで反応するとは思わなかったのだ。

「すまない。からかうつもりではなかったんだが」

 坊やだと思っていたのに、恋ができるのか。このぶんだとどうやら初恋だなと思えば、なんだか微笑ましくなって、シャアは目を細めた。
 好きな人がいるということは、さすがにわかってしまっただろうが、余計な詮索をしてこないのはありがたかった。きかれても答えられない。告白をするのには、勇気がいる。
 同時に、なぜ聞いてくれないのだとガルマは焦れた。なんとも思われていないのかと思うと、胸が締め付けられそうになる。そんなことはない、友人だから、気遣っているから何も聞かずにいてくれるのだと、わかってはいても。

「実習のレポートがまだ残っているんだよな。僕、レポートは苦手だ。体を動かしていたほうが、ずっと役に立つと思わないか?」

 シャアが話題を変えて、助け船をだした。
 ぼやくシャアに、ガルマは少しだけ笑うことができた。

「報告書を書けるようになるのも、勉強の一つだろう」
「書かなくてすむ部署ってないのかな」

 シャアは心底嫌そうだ。冗談ではなく本気でそう思っているらしい。思いがけなく子供っぽいシャアは、なんだか可愛らしかった。

「あきらめろ。それよりも、レポートが終わったら夏が来るよ。シャア」







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Novel-2

 

シャアって、デスクワーク苦手そうです。
ようやくガルマ様自覚しました。