The Fairest Of The Fair







 初めてその巨大な兵器を見た時、全身が震えるほど感動した。よくこんなものを造った、というより、よくこんなものを造ろうと思ったものだ、そしてそれを実現させてしまった技術者たちに感動した。
 ザク、と名づけられたMSが士官学校に与えられたのは、実戦での戦略戦術を考えてのことだった。戦いに出る前の準備。MSにとっても、生徒にとっても。
 戦いが始まる。
 暗さを含んだ予感をあえて見ないような、高揚とした雰囲気が、コロニー全体を包んでいた。

「早いものだ。もう卒業か」

 ふっと呟いた声はかさりと落ちた枯葉に似て軽く、それでも惜しむような色を持っていた。

「本来ならあと2年もあるのに…」

 戦時特例法の適用による繰上げ卒業。早い話が徴兵である。
 窓の外は秋。夏の名残はもうどこを探してもない。心だけが時間に取り残されてしまっているようで、やるせない。
 別れを惜しむような、ガルマの声に、シャアは微かに笑った。

「それでも、まだ3ヶ月もある」
「3ヶ月しかないんだ、シャア」
「ずいぶん悲観的だな。まさか戦場に出るのが怖いのか?」
「そうじゃない。そうじゃないけど…―――シャア」
「ん………」

 シャアは笑いを収めた。ガルマが何を言いたいのか、わかっている。死ぬかもしれない所に行くのは、誰だって恐ろしい。誰だって、そんな場所へ、恋人を行かせたくはない。

「なぜ、パイロットになることを志願したんだ?最前線だぞ」
「言い換えるなら出世コースだな。手柄を立てやすい」

 軍事国家、特に戦時中の軍事国家において、一番手っ取り早く出世するには前線へ行き、功績をたてることだ。

「出世……」

 君がそんなことに拘っているとは思わなかった。そうガルマが呟く。困惑気味のガルマに、シャアは目を細めた。自分で功績をたてなくても、部下の働きによって評価される立場の意見だ。
 ガルマはパイロットではなく指揮官へなるための特別コースに行くことが決まっている。ザビ家の人間として、それは当然だった。

「君と対等でいたいのなら、出世するしかない」

 家柄による立場の違いなどというものはわかっているが、それでももどかしかった。周囲がどう言おうと、というのは学校という限られた領域を出てしまえば通用しない。

「僕は今更君との関係を否定しないが、そんなことで君に負担をかけたくないからね」

 シャアとガルマがいわゆるそういう関係になた、という事実は暗黙のうちに学校内に広まった。夏期休暇の後半をガルマが寮で過ごした、その理由がシャアであるということは、誰の目にも明らかだった。そもそもガルマがシャアに特別な感情を抱いていることは周囲からすればわかりきったことであったし、問題はそれにシャアがどう答えを出すかだけだったから、それも断るはずがないだろうという予測もついていたし、端から見ればようやくまとまったかとホッとするくらいだった。一部のシャアに、あるいはガルマに想いを寄せていた者は悲嘆の涙にくれたが、諦めるより他になかった。
 だからこそ。シャアがガルマと同じ道を選べばお互いのためにならない。シャアはガルマを利用して出世したと言われるだろうし、ガルマは戦場に恋人を連れ込んでいると陰で囁かれるだろう。

「もっと単純に、率直に言えば、MSに乗りたいんだ」
「ザクにか」

 シャアは窓際から離れると、ソファに腰掛けた。ぽすん、と弾むように。そして目を輝かせて両手を広げる。

「あんな大きなものが、人の形をしているんだ。すごいと思わないか?人間と同じように両手を持ち、武器を握ることができる」

 右手で拳をつくり、左手の平にぶつける。小気味良い乾いた音。

「対艦隊戦では有効だろう。小回りがきく分、一斉放射を回避しやすい。問題は、攻撃力だが、これは武装開発が進めば問題ないだろう」

 早く乗りたい。わくわくした表情で語るシャアに、ガルマも少し気分が上昇した。

「まるで子供だ」

 新しい、始めて見る玩具に興味津々な子供。

「早く乗りたい」

 もう一度言って、シャアは神妙な顔つきになった。

「3ヶ月なんて…遅いくらいだ」

 早く、早く。心の中で追い立てられる声がする。戦略戦術なんて悠長なことをやっていないで、早く乗せろと騒ぐ声がする。

「…実戦投入にはまだ開発は必要だ。せめて量産できるまでいかないと。シャア、何を焦っているんだ」
「連邦が。黙って見ているはずがない。MSの情報はもう連邦に伝わっているだろう。まだ未知の兵器だが、こちらが使うとなれば向こうもそれなりの開発をしてくる」

 ジオンと同じものを造っても意味がない。勝てるものを開発してくるだろう。

「―――我々が―――――……」

 シャアはソファの背もたれに寄りかかり、足を組んだ。両手は肘掛の上。すぅっと目つきが鋭くなり、輝きを増す。彼を取り巻いていた雰囲気、オーラが質を変える。
 ぞくりとガルマの背に震えが走った。シャアはまるでこの世のものではない、至上の存在であるかのようだった。決して触れてはいけないような気さえ、ガルマに起こさせた。

「連邦に勝っているのは、このMSという武器の開発のスピードにおいてだけだ。連邦がMSを開発してきたら泥沼だ。短期決戦で連邦に負けを認めさせ、より優位な条件で講和しなければ、ジオンに勝ち目はないだろう」

 きっぱりと断言したシャアに、ガルマは慌てた。

「講和だって!?降伏、ではないのか?」

 連邦に敗北を認めさせたのなら、当然降伏のはずだ。だがシャアは首を横にする。

「ガルマ…コロニーが地球に勝るものが何か一つでもあるか?人口も資源も、地球ならばゆっくりと時が育てていくが、コロニーは消耗するだけだ。宇宙は全ての源であるが、スペースコロニーはあいにく人工物だ。有限なんだよ。地球のように、自己治癒力があるわけでもない」

 母親が子供に言い聞かせる時のような、穏やかな口調だった。

「戦争が長引けば、不利なのはこちらだ…。すべてのスペースノイドがジオン公国を認めているわけではない…」

 ギレンの記した「優性人類生存説」は、例外的にサイド3では支持されたが、それだけのことだ。革命というのはもっと草の根から広がっていかなければならない。たった一国で、何ができようとさえ、シャアは思っている。
 口に出しては言えないが、あのままジオンが生きていれば、コントリズム、いわゆる地球連邦からの自立・自決という考え方が次第にスペースノイドに広まっていき、戦争などなくともスペースノイド達は連邦からの独立を果たしただろう。ゆっくりとした河の流れにのって進んでいた船に、誰かが棹を差し込んだ。そのために流れが変わり、船は揺られ、進むべき方向を示すはずだった者が沈められた。変わりに船を乗っ取ったのが、ザビ家だ。それが今の状態だった。

「勝算は低いと思っているのか……?」

 シャアの口に出した言葉はガルマにとっては驚愕だった。今まで耳障りの良い言葉ばかりを聞いてきたつもりはなかったが、こうもはっきり公国の弱点を言われると不安になる。

「いや。勝算はある。連邦が本気を出す前に潰せばいいんだ。まずはジオン公国が独立すること。それを連邦に認めさせること。そのための戦争だろう?」

 サイド3が連邦の支配が脱してみせれば、他のコロニーもそれに倣うだろう。一部の優遇された者以外は、莫大な負担を抱えて宇宙に来る。働きづめで生きていくことに不満を覚えている。その負担が自分たちで終わることなく続いていくことに、憎しみすら覚えているのだから。





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そろそろ卒業です。