The Fairest Of The Fair
「君が、好きだ」
言い切った瞬間ガルマは目を閉じ、そしておそるおそるシャアを窺う。
彼は何の表情も浮かべていなかった。嘲笑も嫌悪もないが、喜んでもいない。まったくの無表情。
手を伸ばして、シャアの頬を包み込むように触れる。それでもシャアには何の変化も起こらなかった。暗闇の中ではわかりにくかったが、近づいてみれば目元が赤くなっている。泣いたのだろう。そっと瞼に口付けて瞳を閉ざさせると、いつか眠っている彼にそうしたように、ガルマはキスをした。触れるだけのキス。性的な意味などまるでないそれだったが、シャアはようやく我に返ったように瞬きをした。
泣き出しそうな瞳に映し出される、ぼんやりとした顔をした自分を、シャアは見た。ガルマは今、何と言ったのだ。好き、と言ったのだ。好き。誰を。君を。君。私のことを。
「………ガルマ…」
嘘だろう。悪い冗談にしか聞こえない。それなのにガルマは到って真剣な顔だった。
「…私のことを好きだと言ったのか?」
「え……」
「総帥に」
だから、あの男に、私は目をつけられたのか。一瞬目があったのは単なる偶然で、手を出してきたことにキャスバルは何の関係も無く。いわば弟に対する嫌がらせで。
それなら私はなんなのだ。自惚れているのは自分のほうではないか。私は何のためにここにいるのだ。
「そ、そこまではっきり言ってはいないが……わかってしまったと、思う」
少なくとも先程のやりとりで気づかれているだろう。戸惑ったように答えてくるガルマに、ゆっくりとシャアの心が冷えていくのを感じた。どうしようか。責めて突き放すか、すがって泣くか。まったく、自分には策略家としての才能があるのではないかと思えるくらい、頭が回っている。
「…ガルマ」
私は何のためにここにいるのだろうね。
復讐を、本当にしたいのならば、こんな回りくどい方法ではなく堂々とキャスバルを名乗って出ればいいのだ。連邦でも何でも利用して、正々堂々とザビ家に戦いを挑めばよかったのだ。そうしなかったのは、何故なのだろう。自分でも疑問に思ったことのなかった問いが、ふいに頭を擡げてくる。
「今でも私のことが好き?」
うなずくガルマに、これでも?と言って体を包んでいたブランケットを肌蹴て見せる。きわどい箇所に付けられた蹂躙の痕にガルマは目を見開いて、痛ましそうにシャアを見つめ、またうなずいた。
「ありがとう」
シャアはひとつ、息を吐くと少し笑って見せた。
「…でも、それはきっと、罪悪感だよ。さっきも言ったけれど、総帥が僕にしたことと、君とは関係ない」
「シャア!それは―――」
「君が僕を嫌わないでいてくれるのは、嬉しい。でも、同情や罪悪感と……恋を、取り違えるのは、大きな間違いだ」
今もこうして、ガルマを試すようなことを言っている。ガルマは何度も首を振り、そうではないと訴えた。
「私…私が、僕が、君に惹かれたのは、たぶん、君と会った時からだ」
「出会った時と、今は違う。ガルマ…僕はそんなにいいものではない。君が思い描くような、綺麗な人間ではないよ」
逃げ道を作ってやっているようで、実は塞いでいる事に、ガルマは気が付くだろうか。彼の性格をこれほどまでに理解できるほどに、互いの距離は近かったのだ。
「シャア!」
言い募るシャアを、堪らずガルマは抱きしめた。冷え切った体。湿っぽい髪。二人分の体重がかかったベッドがぎしりと抗議の音を立てる。
「シャア…なぜ、そんなことを言う。君が好きだ。これは、本当だ」
本当だろう。もしかしてこちらの言うとおり罪悪感からそう思い込んでいるにせよ、ガルマの中では本当になってしまったことだろう。ガルマの腕の中で、気づかれないようにシャアはうっとりと微笑む。
「やめてくれ…ガルマ。そんなことを言われたら……」
肩口に擦り寄るように頬を押し付けると、戸惑ったようにガルマの手がシャアから放れ、また背中へと回された。
「君を、利用したくなる」
「利用する…?」
「泣いて、縋って、甘えたくなる」
背中に回された手がびくりと震え、さらに力が加わった。痛いほどの抱擁。この言葉は決して嘘ではない。利用すると言ってはいるが、真実の響きがあるからガルマは動揺している。ここで見捨てられたら、立ち直るのに相当の時間と精神力がいる。立ち直ることも、できないかもしれない。
私は何のために、ここにいるのだろうね?
「……かまわない」
抱きしめる腕の強さと同じくらいの声で、ガルマが言う。生暖かい雫が肩から背中へと伝っていくのがわかる。泣いているのだろう。
「…後悔するぞ」
「後悔なんて、してもいい。君が他の誰かに壊されていくのを黙って見ているくらいなら、利用されることなんて、なんでもない」
「僕がもっと強かったら、君を利用なんてしなくても、良かったのに」
涙を掬い取るように頬に唇を寄せると、顎を捕まえられ、貪られた。舌が絡まって口内を嘗め尽くされる。圧し掛かる重みに逆らわずに、ベッドに押し倒された。
強くなりたかったのだ。誰にも負けないくらいに強く。そうすれば全てを守れると思っていた。守るものなど、もう何もないのに。
「………ン…ッ……」
這い回る手に、ガルマとは違う男の感触を思い出して、ぞくりと震えが走った。必死に目を閉じて、恐怖をやりすごそうとしていると、またキスをされる。
「シャア…」
柔らかく名前を囁かれて、うっすらと目を開ける。何かに耐えているようなガルマの顔がそこにはあった。触れる指先は震えていたが、力が入りすぎているせいだ。痛みすら感じている。このまま喰らい尽くしてしまいたい、という激情を、持て余している男の顔だった。
今でもまだ、強くなりたいと、そう思っている。でもそれは何のためなのだろうか。答えはあっさりと、それも自分の口から出た。
「優しくしてくれ」
シャアがそう言うと、ガルマは虚を突かれたように一瞬息を飲んで、それから嬉しそうにうなずいた。ひどく大切なものを扱うように、恭しく、じれったいくらいに優しい愛撫を重ねてくる。
込み上げてくるものに、声をあげて泣き出したくなった。それは決して快感だけではなく。混乱する。
――――――優しくしてくれ、だって?
「……っ、あ、あ、……ぅッ」
快楽の中心をやんわりと握りこまれて体が跳ね上がった。ゆっくりと、だが確実に追い上げてくる快感の波に、ばらばらになりそうな思考を必死に繋ぎ合せる。
なんてことだ。
私は、ずっと。
膝を胸につくほど押し上げられて、あられもない姿勢にさせられる。熱をもち疼く先端にちゅっと口付けて、ガルマの指はさらにその奥の秘められたところへと辿りついた。躊躇いもなく入り込んできた爪先に体が強張る。だが受け入れようと身構えるより早く、指よりもっと傍若無人で無体なものに慣らされていたそこは、痛みもなく指を飲み込んだ。多少の圧迫感はあるが、アレに比べればマシだろう。
「―――や……、待っ……」
体よりも心の準備のほうが遅い。待ってくれと懇願すると、何度も息を吸い込んでは吐く。呼吸のタイミングに合わせて、おそるおそる、内部に埋められた指が内壁を掻いた。
「う……、くぅ……っ…」
「………っ」
きつく目を閉じて快感に翻弄されている自分をガルマはどう思っているのか、彼の熱っぽい息が胸元に落ちてくる。確かめようと、やがて自分の体内に入ってくるだろうそこに手をやると、制服越しにでもわかるほど、予想以上に熱を持っていた。嬉しくなってそのままそこを擦ってやると、中に入っていた指がびくりと緊張した。
「ア…!」
「シャ…ア、……」
ガルマは悪戯をするシャアの手をベッドに押し付けると、体を密着させてきた。すでに育ちきっているシャアのそれが零す蜜が制服に淫らな染みを作るのもかまわずに、熱を押し当てて早く入りたいと訴えてくる。
私は、ずっと。強くなりたかった。すべてを守れるほど強くなれたら、きっと優しくなれる。私は、ずっと、優しくなりたかったのだ。何のために?
自分のために。
かすかにうなずいて、制服の前合わせを引っ張ると、今さら気づいたのか慌ててガルマはそれを脱いだ。シャアの手がアンダーシャツをボトムから引っ張り出し、ベルトのバックルを外す。さらに脱がせようとしたら、キスをされて阻まれた。さっきまでとは違う、余裕のないキス。チ、とファスナーを下ろす音が微かに聞こえ、首に回した腕をほどき、二の腕にしがみつくようにする。確かめるようにちゅっと音を立ててガルマが唇を離し、覗き込んでくる。再度、うなずいてみせると、それ、は来た。
「――――――…っ」
なんてことだ。
私は、ずっと。
許したい、と。そう、思っていたのだ。
「…ガルマ………」
誰を?君を―――君たちを。もう許してしまいたいと。
そしてそんなふうに思う自分を、許したいと。
ずっと、それを願って、強くなりたかった。
しがみついた二の腕に爪を立てると三日月の痕ができて、本当なら円いはずの両端が凶器のように鋭く尖っているのに、わけもなく泣きたくなった。
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Novel-2
人間のできることの中で、一番素晴らしいものは他者を許す、という能力だと思います。
そして人間のできることの中で、もっとも難しいものも、それだと思います。
今回えちシーンが入ってますが…これがないと話が進まないので……あえて。
嫌な人がいましたら仰ってください。すぐ隠します。
最初から隠しても良かったんですが、連載小説の途中を抜かして読まれるの、嫌なんですよ。
目的がえろでなければ特に隠す必要はないと思うのですが、そのへんってどうなんだろう。