The Fairest Of The Fair



 冗談みたいなやつがいる―――




 その噂は入学式の日に広まっていった。
 入学式、というものはどうしても騒がしいものだが、話題の中心がたった二人に集中している、という事態は珍しいだろう。

「ガルマ様!」

 式のため、士官学校の講堂へと急ぐガルマとそのとりまきに駆け寄ってきたのは、ガルマとはハイスクールから一緒に繰り上がってきたとりまきの一人だった。彼は父親がガルマの父親であるところのジオン公国公王、デギン・ザビの部下であることを自慢にしている。デギンの周りで彼の父親の顔を見たことがないから、忠誠を誓っているだけなのだろうとガルマは思っていた。だからといって拒む理由も無い。友人は多いほうがいい。

「さすが、総代であいさつをされるそうで―――」
「そのことか」

 とたん、ガルマは不機嫌になった。
 揉み手するような勢いでやってきた彼は、戸惑ってガルマを取り巻いている仲間を見た。皆、拙いといいたげに眉を顰めている。どうも地雷を踏んでしまったらしいと彼は自覚して、青褪めた。
 ガルマが新入生総代であいさつをすることは、士官学校への進学を決めた時点で決まっていた。ガルマはザビ家の人間である。恥をかかせるわけにはいかないと、頼みもしないのにそうなった。もちろんガルマもザビの男として相応しくあるよう、首席で入学し、総代になるつもりだった。だった、ということはつまり、そうはならなかったということだ。
 通常、総代のあいさつというものは首席で入学した者の役目だった。本来なら、ガルマではなかったのだ。それが、ガルマを苛立たせていた。いったいどんな男が―――

「シャア・アズナブル!」

 ガルマの苛立ちを打ち破るように、その名が耳に飛び込んできた。ガルマもとりまきたちも、その名前の持ち主を知らなかった。名前を口にした者も、ガルマの知らない生徒だった。新入生であることは、浮き足立つ様子からわかる。
 士官学校は、ガルマの通っていたいわゆる「名門」ハイスクールから入学した者ばかりではないのだから、知らない者がいてあたりまえだが、どうやら彼らもその名の持ち主を知らないらしい。ガルマ達がつい注目してしまったのにも気づかずに、会話をしながら通り過ぎた。

「知ってるか?今年の首席入学者、一般市民から試験を受けたやつだそうだ」
「ああ、もう噂になってるよ。冗談みたいなやつだって!」

 ガルマのとりまきたちは、ガルマに、ひいては自分たちに挨拶もしないのかと憤慨したが、ガルマは冗談みたいなどと評されるとはどんなやつだろうと考えていた。その答えは、すぐに出た。
 入学式の席は、露骨に成績順だった。ガルマは自分の隣りに座った初めて見るシャア・アズナブルに、思わず息を飲んだ。
 金髪碧眼などは珍しくもないが、その顔立ちは整いすぎていた。緊張のためか表情は固かったが、意志の強そうな瞳と、今は固く結ばれた唇は、微笑んだらどんなふうになるのだろうかと想像をかきたてられた。少し大きめの制服にすらりと伸びた手足を収め、窮屈そうに椅子に腰掛けている。彼は美しかった。
 なるほど、これは確かに冗談みたいだとガルマは納得した。まるで物語にでてくるような、絵にかいたような美少年。ガルマはそう思い、いや物語ではないなと思い直した。なんだろう、どこかで見たことがあるような気がした。
 ガルマがあんまりじっと見つめていたのにさすがに気づいたのか、シャアが咎めるように視線を寄越した。

「何か、用でも?」

 これがシャアの、ガルマに対する第一声だった。

「あ…。いや、失礼っ」

 澄み切ったブルーアイズを向けられて、ガルマは慌てた。顔を正面に戻すが、どうしてもシャアを見てしまう。声をかけられるとは思わなかった。
 ほどなくして学長が壇上にあがる。長々とした祝辞から、入学式が始まった。
 入学式の間中、ガルマの頭を占めたのはシャアのことだった。いったいどこで見たのかわからない。どこかで会った、という印象ではなく、見た、というのもおかしな感じだった。総代としてあいさつをしている間はさすがに緊張して思い出すどころではなかったが、壇上からシャアを見ると、まるで挑むような瞳でこちらを見つめていて、さらに緊張してしまった。






 入学式が終わると、次は寮で歓迎会が開かれる。士官学校は全寮制だ。比率は低いが女子生徒もいて、当然男女で分かれている。
 寮の部屋の質は、金で買える。どの部屋にもバス・トイレ・キッチンは完備されているが、広さや内装などは違う。備え付けのものだけで足りなければ買い揃える事もできた。その点では過ごしやすく、寮というよりはマンションだろう。ガルマをはじめとする貴族階級は特室と呼ばれる特別あつらえの広い部屋に決まっていた。一方で市民、奨学金をうけているものはそれなりの部屋だ。広くもなければ豪華でもない。実に差別的だが、これが軍である。
 歓迎会で注目を浴びたのは、やはりガルマとシャアだった。ガルマは、ザビ家の末子として。シャアは首席入学者として。
 ガルマの周りにはあっというまに貴族たちがとりまいた。知った顔の上級生もいる。誰もガルマと懇意になろうと必死だ。
 ガルマは初めてそんなとりまきをうっとおしく感じた。ずっと、シャアをどこで見たのか考えていたのだが、結論がでないのだ。直接本人に話し掛けようにも、次から次へと声をかけられ挨拶責めにあってしまい、シャアのところに行くこともできない。
 仕方なく、隣りにいるのが当然、という顔をしているとりまきの一人に声をかけた。彼とはエレメンタリー・スクールからの付き合いだ。

「シャア・アズナブルをどこかで見たことがあるような気がするんだが、君は覚えていないか?」
「シャア・アズナブル…ですか?」

 突然シャアの名前をだされて、彼は面食らった。何人かに囲まれて談笑しているシャアを見やり、首を振る。

「いいえ、彼とは今日が初めてですが…何か?」

 どこか、敵意のある言い方だった。成績優秀な美少年などというものは、親の権力しかとりえのない者には妬みの対象でしかない。そのことに、この時ガルマは気づかなかった。

「そうか……」

 納得しきれないでシャアを見つめているガルマに、とりまき達は顔を見合わせた。おもしろくない、というように。ここでガルマの寵を得ておくことは、今後の人生に大きく作用する。

「友人になれるかな」

 周りの思惑などまったく気にもかけずにガルマが言った。どこで見たのかはそのうちに思い出せるだろう。折角こうして会えたのだから、親しくなりたいと思った。














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ガルマ×シャアです〜。
いらいらするほど長いので覚悟しておいてください…(笑)