1905.1旅順陥落 朝から砲撃が石壁を揺らしていた。人が変わったような連日の突撃で、堡塁を次々占拠しほぼ制圧した日本は、これで最後にしようと非常な決意を持って、市街への攻撃を続けていた。すでに遺体を回収する余裕はないらしく、市外の丘は動かない青とカーキ色で埋まっている。 ロシアは石壁にもたれて目の前に立つ日本を見上げていた。いつもはロシアが彼のことを見下ろしているのに。何だかおかしいな。こんな状況なのにいつの間にか笑っていたらしい、何がおかしいんですか、と刀を構えた日本ににらまれた。 日本はかろうじて立っているけれど、ロシアよりよっぽど疲労困憊しているように見えた。小さな身体に蓄えられるエネルギーは少ない。根本的な体力が違うのだ。これ以上は戦えないだろう。僕は…まだ戦えるけど、何だか耳鳴りがするんだ。 あーあとぼやいてロシアは両脚を見下ろした。怪我をしたわけではないけど、だるくて動きそうにない。 日本君が刃こぼれして使い物にならなくなった刀を捨てて、肉弾戦になったら(脚が動かなくても)僕の方が勝つんだけど、僕には君に近づく脚がない。君も分かっているから自ら近寄っては来ない。 人員の補充がなくてロシアはもう2日寝ていない。疲労はピークに達していた。 「眠いし…身体中痛いし…」 ガゴン、と大きな音を立てて銃剣を放り出した。 「もういいや」 「では…!」 「これ以上は戦えない、旅順要塞部隊は降伏するよ」 日本がふらっと傾いた。が、気力で踏ん張った。 「よく決心してくださいました…!」 日本は明らかにホッとした顔で(これ以上戦えないのは僕も日本君も同じだ)張り詰めていた殺気を緩めた。表情が現れにくい顔が安堵の表情を浮かべている。 戦っているときの精悍な顔もいいけど、この顔は好きだな。 日本は刀を捨てて、ふらふらとロシアのそばに歩み寄ってきた。立てなくて座り込むロシアを助けようと右手を差し出した。傷だらけの小さな手を、傷だらけの大きな手がつかんだ。 ぐいっ 「うわっ…」 ぼふっ 強い力で引かれてロシアの腕の中に倒れこんだ日本は、さては降伏は嘘だったのかとあわてて抗議しようとしたが。 「ロシアさ…っ」 「あはは…」 ロシアは満面に喜色を浮かべて日本の身体を受け止めた。 「よかった…!ようやく殺し合いが終わった…」 日本の背中に大きな手を回し、ともだちのように抱き締めた。まるで互いに生き残れたことを祝福するかのように。 もう一度殺気をまといかけた日本は、邪気のない笑顔を見てふっと微笑み、ロシアの肩に頭を預けた。 半年間を戦い抜いた敵だった。 彼らは互いに粘り強く、勇猛な漢だった。 めぐりあったとき、まだ体温を感じられる彼でよかった。 |