ROSES and SUNSHINE 18
「――あ。」
ふと空を見上げた拍子に呟く。
「何?」
隣を歩く悟空が、つられて空を仰いだ。
頭上にあるのは星空だ。今夜は晴れていて、たくさんの星が見える。
「すげーキレイ」
呟いて、悟空が三蔵に尋ねる。
「で、何?」
「……流れ星」
「ええ!?」
悟空の反応は顕著だった。三蔵に向けた視線を、ばっ、と空に戻す。
だがもちろん、悟空の目に流れ星は映らない。
「なんでもっと早く言ってくれねーんだよ!」
そうは言っても、一瞬のことだった。たとえ見てすぐに三蔵が伝えたとしても、悟空が空を見上げる頃には、星は流れ終わっていただろう。
あきらめきれないのか、悟空は空を探し続ける。
「おい、転ぶぞ」
「んー」
悟空は生返事をして、不意に三蔵の腕を掴んだ。三蔵を道しるべにするつもりらしい。
「離せ」
三蔵は振り払おうとしたが、悟空は思ったより強く三蔵にしがみついていたようで、その結果――
「! 危ないだろ三蔵!」
「るせぇお前が離さねぇからだろうが!」
間抜けなことに二人で転んでしまった。
三蔵が服に付いた塵を払って立ち上がる傍らで、悟空は地面に寝転がってまだ空を見上げている。放っておけば、いつまでもこうしていそうだ。
……なぜだかむっとした。
「先行くぞ」
三蔵が歩き出すと、悟空は慌てて立ち上がって、追いかけてきた。
夏休みなので、悟空が三蔵の家に泊まりに来ることは珍しくない。大抵は、悟空が三蔵の部屋に入り浸って、そのまま就寝、というパターンだ。
逆に言うと、泊まるために悟空が三蔵の部屋にやって来ることはあまりない。
今日は、そのあまりない日だった。
「三蔵、泊めてー」
家の前で別れた時は何も言っていなかったのに、悟空はふらりと姿を見せた。
あまりないことだからといって、特別追及するようなこともないので三蔵が放置していると、悟空は入ってきたのとは別の窓に一直線に向かって行った。
そして、ガラリと窓を全開にする。
「閉めろ、虫が入るだろう」
さすがに三蔵が口を出すと、そんなことは全く無視した返事が返る。
「閉めると星見えないじゃん」
どうやら悟空は、まだ流れ星をあきらめていなかったらしい。
「見るなら自分の部屋で見ろ」
「だって俺の部屋だと眺め悪いんだもん」
確かに立地上、三蔵の部屋の悟空が今いる窓が一番眺めがいいのだ。
「三蔵が見たんだから、俺もぜってー流れ星見る!」
いったいどういう負けず嫌いなのか。
こうなってしまうと、もう何を言っても無駄だ。
「……好きにしろ」
三蔵はため息混じりに言った。
――けれど案の定、それから三十分もしない内に、悟空の寝息が聞こえてきた。
悟空が夜遅く起きていられるはずがないのだ。
開きっぱなしの窓からは、冷たい空気が流れ込んできている。
夏とはいえ、ここ数日はあまり気温が高くない。このままにしておけば、風邪をひきかねない。そしてその確率は、頑丈な悟空よりも三蔵の方が高いだろう。
悟空が風邪をひくのは自業自得だが、とばっちりを受けるのは三蔵だ。
三蔵は自分のために、窓を閉めた。
その拍子に悟空の身体に触れたら、いつもは体温が高いのに、肌がヒヤリとしていた。
やはり身体が冷えてしまったのだろう――三蔵の考えを裏付けるように、悟空の腕が何かを探すように動いて……
ぴとっ
悟空の腕が、三蔵の身体に巻き付いた。
「――おいっ!」
三蔵は抗議するが、夢の中の悟空にまでは届かない。
無理やり引き剥がそうとしても、悟空は眠っているとは思えないほどがっちりと三蔵にしがみついていて、どうやっても剥がれない。
それどころか、三蔵の体温が気持ちいいのか、擦り寄ってくる始末だ。
まったく冗談ではない。
だが、……非常に不本意ながら、三蔵に残された道は、このまま眠ることだけだろう。
胸に乗った寝顔が忌々しい。
本当に、冗談ではない。
冷えた悟空の身体が、心地よいと思ってしまうのも。
「涼夜流星」......end.