ROSES and SUNSHINE 16
「三蔵、花火見に行こう」
「……っ、まだ昼間じゃねえか!」
ついでにいうと、三蔵は寝起きだった。
ゆうべはめずらしく深夜映画を見て夜更かししたため、昼に近いこの時間まで眠っていたのだ。夏休みだから学校もない。
それは、三蔵を起こした張本人も同じで、悟空が眠ったのは三蔵とそう変わらない時間のはずだが、口にアイスの棒をくわえているところを見ると、しっかり朝食をたいらげた後のようだ。
「じゃ、夜ならいーってことだよな?」
そういうところだけ知恵を回してくる。そうすると、三蔵の寝起きを狙ってきたのも作戦か。
「昼でも夜でも行かねえ。だいたいいつも、そういうのは別のやつを誘えと言ってるだろうが」
だが悟空は、あっさりとそれを聞き流してくれた。
「今年はさ、八戒が穴場教えてくれたんだ! だから行こーって!」
「なら八戒と行けばいいだろ」
「……ナニ拗ねてんの? 三蔵」
「誰がだ」
大いなる誤解だ。三蔵は断じて拗ねてなどいない。
「ならいいだろ?」
いいと言うまで引かないのは目に見えていた。
起き抜けで悟空の相手はきつい。
――結局のところ、悟空の作戦勝ちだった。
「……おい、ここのどこが穴場だ」
夜、悟空が三蔵を連れてきたのは、花火大会のメイン会場だった。
どこから湧いてきたのかと思うほど人がいる。三蔵にとっては不愉快きわまりない環境だ。
「え? ここじゃないって」
悟空はまったく悪気なく答えた。
「腹ごしらえがいるだろー。三蔵は何食べる? 俺はたこ焼きと焼きそばとケバブとかき氷とフランクフルトと焼きとりと人形焼きと」
三蔵に尋ねておきながら返事を待たず、悟空は自分の食べたいものを――つまり、屋台の端から順に全部――挙げていく。
毎回のことながら、三蔵はそれを聞いているだけで腹がふくれる心地になった。
とても付き合ってなどいられない。
「――先に帰るぞ」
「あっ、待てって……じゃあたこ焼きと焼きそばと焼きとりとかき氷だけ!」
だけ、というわりには四つもあるが、悟空にしてみればこれでも厳選したつもりなのだろう。確かに普段の食欲を考えれば、けっして量が多いとはいえない。
しかたない、と三蔵はこのあたりで妥協することにした。
「さっさと買ってこい」
「うん! 三蔵はその辺で待ってて」
言われなくてもそうするつもりだった。人混みを避け、三蔵は少し離れた人の通りのない場所に移動する。
だが、それから五分もたたないうちに、やはり悟空と一緒にいるべきだったかと嘆息することになった。
「――ねえ、ひとり?」
三蔵はその声を聞こえないふりをした。その存在ごと黙殺する。
不本意なことに、その手の「勧誘」は慣れていた。無視していれば、そのうち諦めるのはわかっている。だが鬱陶しいことに変わりはない。
この迷惑行為を取り締まる法律はなかっただろうか、などと考えていると、聞き慣れた声が三蔵の耳を打った。
「さんぞー、何でこんな遠いとこにいるんだよ探しただろー? 急がねーと、花火もう少しで始まっちゃうんだって! あ、これたこ焼き。他のもん買ってたら間に合わないからもーこれだけにした。三蔵も食べるよな?」
と、そこまで言ってようやく悟空は三蔵の隣にいる人影に気づいたようだった。
「誰?」
三蔵が答えずにいると、それだけで状況を察する。
「行くぞ」
そうやって三蔵が促すと悟空は何も言わずついてくるが、その顔はいつもほんの少しだけ物問いたげだ。
八戒の情報は確かだった。
悟空に案内された場所は他に人もいなくて、それでいて花火が綺麗に見える絶好のポイントだ。
なぜ穴場になっているのかは、聞かずともわかった。――普通の人は、こんな場所で花火を見ようとは思わない。
つまり、そういう場所だ。崖、とまではいかないが、急な斜面は、うっかりすると足を踏み外して転げ落ちそうだ。三蔵と悟空は慎重に歩を進め、腰を落ち着ける場所を探し当てた。
その頃には、花火はもう始まっていた。
最初のうちは、綺麗だのすごいだの、やたらと騒々しかった悟空だが、やがてそんな声も聞こえなくなる。
ちらと隣を窺ってみると、悟空は瞬きもせず花火を見つめていた。
三蔵の視線に気づいたのだろうか、悟空が呟く。
「……なんか、綺麗なものって、言葉が出なくなる」
そんな感性があったのか、と思ったが、三蔵は口には出さなかった。
夜の空気に呑まれたせいだろうか。悟空の横顔も、どこかいつもと違って見える。
何となく視線をそらそうとしたとき、ふいに悟空が三蔵を振り向いた。
「でも三蔵の方がキレイ」
悟空はそんなことを言って、三蔵を絶句させる。
「打上花火」......end.