ROSES and SUNSHINE 14
「さーんぞー」
めずらしく部屋に入る前にちゃんと声をかけたというのに、こういう時に限って三蔵はいない。
どうしたんだろ、と呟きながら、けれど悟空はさして気にせず三蔵の部屋へ入っていった。
とりあえずベッドに腰かける。――三蔵がいて、悟空の思考を知ったなら、「何がとりあえず、だ」と顔をしかめたかもしれない。
やっぱりとりあえず「んーっ」とのびをして、悟空はその勢いのまま背中からベッドに引っくり返った。自然と楽な体勢を探して、横向きになる。
顔をシーツに埋めると、煙草の薫りが漂った。
三蔵の匂いだ。
悟空はこの匂いが好きだった。三蔵の部屋そのものや、衣服にも同じように煙草の薫りが染みついてしまっているけれど、ベッドは特別だった。
――落ち着く。心底そう思うのだ。
むかし、三蔵が煙草を吸いはじめたばかりの頃は、やけに鼻につくこの薫りは嫌いだった。悟空はしばらく三蔵に近付かなかったくらいだ。
いまも、煙草の薫り自体は苦手である。
例外は、三蔵のだけ。ヘビースモーカーの悪友が同じ種類を吸っていたって駄目で、三蔵の吸うマルボロ限定。
煙草の薫りが、もう三蔵の匂いの一部になっているからだろう。
悟空は深く息を吸い込んで、まぶたを閉ざした。
自室のドアを開けてまず最初に三蔵がしたことは、深いため息をつくことだった。
目に映るのは、ベッドの上の大きなかたまり。
確認するまでもない、悟空だ。そんなことをするのは一人しかいない。
おおかた陽気につられてうとうとした、というところだろう。昼寝にはいい季節だ。
三蔵がベッドに近寄ると、ちょうどタイミングよく悟空が寝返りをうった。
こちらに向いた顔は、何やら幸せそうな笑みを浮かべている。どうせ食べ物の夢でも見ているのだろう。まったく、他人のベッドで気持ちよさそうに寝てくれている。
さてどうしてくれようか。
あいたスペースに腰をおろして、三蔵はしばし思案した。
やはりここは、放置が妥当なところか。
少なくとも、眠っていてくれるうちは平和だ。文字通り、寝た子を起こすことはない。
しばらくこの静かな時間を味わっていよう。
そう決めて立ち上がりかけた三蔵を、しかし引き留める力があった。
「……おい、」
どうやら悟空は、眠っていてさえも三蔵の邪魔をせずにはいられないらしい。
背後を振り返った三蔵が目にしたのは、服の裾をしっかりと握りしめる手。
それだけでなく、悟空は三蔵にすり寄ってきたかと思うと、何やらくんと匂いをかいで、にへらと笑う。
――いったい三蔵にどんな反応をしろというのか。
無意識の仕草だから困る。本当に、困る。
「……くそ」
三蔵は悪態をついて、目を閉じた。
「三蔵、お邪魔しますよ」
部屋の扉をノックして、返事がないのでもう一度ノックする。しかし返るのは沈黙ばかりだった。
確かこの時間なら家にいると聞いていた。玄関で声をかけた時に返事がなかったのは単に聞こえなかったからだと思って、まあ遠慮するような仲でもないので勝手に入ってきてしまったのだが。八戒はいぶかしく思いながら、そっと扉を開けた。
途端、目に入った光景に息を呑む。
あっと叫びそうな衝動をこらえ、落ち着きを取り戻して改めて状況を把握したら、八戒は今度は笑い転げたくなる衝動と戦わなくてはならなくなった。
これは、傑作だ。
「仲良きことは美しき哉、ですか?」
ベッドの上には、寄り添って眠る三蔵と悟空。
「あ、写メ撮っちゃいましょう」
翌日、八戒の携帯の待ち受け画面を見て大笑いする悟浄の姿があったりして。
「春眠蕩々」......end.