ROSES and SUNSHINE 13
「手ぇつないでいっしょに寝ると、夢で会えるんだって」
出所も真偽も不明な――というより限りなく胡散臭い――与太話が悟空の口からもたらされた時、三蔵は適当に相槌を打ったものだ。
悟空はそれ以上何も言わなかったので、すぐにその会話は三蔵の頭から消去された。
だが、それはその後起きることの前触れだった。
その日の夜。
もう眠りに就こうとするベッドの中で、三蔵は記憶の片隅から悟空の言葉を掘り起こすことになる。
特に変わりばえもなく、今年の正月も二日目を終えようとしている。
三蔵は元日から相変わらず悟空に初詣に連れ出され、二日の今日は正月番組を見ながら家でだらだらと過ごした。ちなみにこちらも悟空込み。
昼過ぎにふらりと遊びに来てからずっと居座っていた悟空は、帰りそびれて三蔵の家に泊まることにしたようだ。
それは、かまわない。よくあることだ。三蔵のクローゼットには、悟空のお泊まり用の布団一式も仕舞われている。
しかし。
「三蔵、そっちつめてつめて!」
なぜだか、その日の悟空は三蔵のベッドに乗り上げようとしていた。
ベッドは定員一名。すでに埋まっている。
「……何のつもりだ」
「隣入らせて」
断る、と三蔵が言う前に、悟空は布団に足を突っ込んでいた。
「出ろ」
「やだ」
悟空は三蔵を押しのけて自分のスペースを作り、強引に布団に潜り込んでくる。
冗談じゃない、と三蔵は思う。男と添い寝する趣味はない。
だが、たちの悪いことに、悟空も冗談ではなさそうだった。確保したポジションを退く様子はない。
「いーじゃん別に」
いったい悟空のその台詞を三蔵は何度聞かされたことだろうか。数えることも腹立たしい。回想される思い出の数は、三蔵が折れた数に等しい。
「よくねえ! 出ろ!」
「出たくない……あったかいから……」
微妙に受け答えがずれている。何だか語尾もあやしい。
ちょっと待て、と悟空の鼻先まで隠している毛布を三蔵がひっぺがすと、いかにも眠そうな表情が露わになった。
「おい、ここで寝るな!」
「だめ、もう…寝そ……つづきは…あした……」
それでは遅いというのに。
話は済んだとばかり悟空が重そうなまぶたを閉じてしまい、三蔵は慌てて身体を揺らして眠りを妨害する。
「悟空、てめぇ起きろ!」
悟空の寝つきの良さを甘く見ていた。しかしまさか、こんなに急に眠れるものとは。
が、しつこく揺さぶり続けていたおかげだろうか、一度眠ってしまうと滅多なことでは起きない悟空が、不意に目を開けた。
「あ……、忘れてた」
ぼんやりとした様子で呟く。
少し不気味なものを感じて三蔵が声をかけそこなっていると、悟空はゆっくりとした動きで三蔵の手を握った。
「ゆめ……さんぞー…ゆめで……」
そうして、今度こそぱたりと意識を失った。
「夢?」
三蔵は眉を寄せて繰り返す。
冬でも暖かい手のひらが、三蔵の冷たい手を包んでいる。
悟空の呟きが、体温がやけに気になって、三蔵は怒っていたことも忘れ、ベッドの中でずっとそのことばかりを考えるはめになった。
「――三蔵は何の夢だった?」
翌朝、寝起きに問われた三蔵は、機嫌の悪さもミックスさせた訝しげな視線を返した。
悟空は慣れた様子でさして気にもせず、笑って付け足す。
「だから初夢。もしかして忘れてた?」
忘れてた。三蔵は悟空に言われて初めて思い出した。
「お前は何の夢だった?」
悟空に振ると、待ってましたと言わんばかりの笑顔が向けられた。
「俺、すげーいい夢だった! 今年めちゃくちゃラッキーかも」
「富士山でも出てきたか?」
「何で富士山?」
悟空はきょとんとした顔をした。
「一富士二鷹三茄子って言うだろーが」
「何それ?」
一般常識だぞ、と溜息をついて、三蔵は律儀に説明する。
「初夢に出てくると縁起のいいモノなんだよ。理由は聞くなよ。俺も知らねえ」
「ふうん……」
悟空はあまり納得いかないようだった。三蔵だって別に信じてはいないが。
「そんなのより、三蔵が出てくる方がよっぽど縁起良さそうじゃねえ?」
「は?」
またこいつは何を言い出すのか。三蔵はあっけにとられて言葉を失う。
悟空は同意を求めていたわけではなさそうで、返事を待たず、更に三蔵から言葉を奪った。
「手ぇつないで寝ると夢で会えるってアレ、効き目あったみてー。三蔵が夢に出てきたから、俺、今年は絶対ラッキー」
そんなことを聞かされた後で、夢に悟空が出てきたなんて口が裂けても言えない。
「初夢通路」......end.