04/11/14
ROSES and SUNSHINE 11

 激しい雨と風が窓を揺らす。
 大型で強い台風が近づいてきていると聞いて、
「じゃあお父さん台風かー」
 という感想をもらしたのは三蔵の幼なじみだ。
 何をどう勘違いしているのかは想像に難くないが、三蔵にわざわざ訂正しようという気はない。
 そんなことよりも。
 ――まったく忌々しい、と三蔵は嘆息する。
 外を出歩くのは大変だし、予定は狂うし、それに夜はうるさくて眠れない。
 不機嫌きわまりない三蔵の耳に、ピンポーン、とのんきなインターホンの音が届いた。
 三蔵は重い腰を上げる。こんな夜に家を訪れる人間には心当たりがあった。
 暴風雨の中を歩くのが楽しくて、予定外のことにわくわくして、興奮で夜眠れなくなる――三蔵とは対照的な。
「……悟空」
「泊まりに来た」
 玄関口で、悟空は犬がするみたいにぷるぷると頭を振った。濡れてぺったりと寝てしまった髪から滴が飛ぶ。
 台風が来ると、悟空が三蔵の家に泊まりに来るのは――或いは三蔵が悟空の家に泊まらされるのは――もう恒例のことだった。
 悟空はじっとしていられないのだ。まるで小さな子供みたいに。
 毎回毎回三蔵は、修学旅行並みのテンションに一晩中付き合わされることになる。
「とりあえず風呂入れ」
 雨の中やって来た悟空を、三蔵はとっとと浴室に放り込むことにした。我ながら面倒見が良いと思う。――不本意だ。
 おとなしく三蔵に追い立てられた悟空は、しかし廊下の真ん中でふと振り返った。
「三蔵もいっしょに入んねー?」
 ……だからそのお子様感覚をいいかげん卒業しやがれ。
 三蔵は切実に思ったが、口にしてもどうせ悟空には通じないことはわかっていたので、賢明に別の言葉を告げた。
「――ひとりで入れ」

 台風が最接近するのは夜中の1時頃だと地元のニュースが言っていた。
「な、明日ガッコー休みかな?」
 風呂上がりのホクホクした顔で悟空が尋ねてくる。
「普通にあるだろ。――だから朝まで付き合ったりしねーぞ」
 三蔵はさりげなく牽制した。
 台風の夜は外の物音がうるさくてあまり眠れないが、かといって眠る努力を放棄するつもりはないのだ。少なくとも一晩中ゲームやらオセロやらトランプやらの相手をさせられるよりは、有意義なことのように思える。
「えー、そんな冷てーことゆーなよ。台風なんて滅多に来ないんだからさー」
 しかし年に数回のことも、十年近く繰り返せば物珍しくもない。いつもいつも朝までテンションが高い悟空がむしろ不思議なくらいだ。
「ほら、非常食もこんなに持ってきたんだぜ!」
「……そりゃほとんどお前が食うんだろーが」
 そんなふうに悪態をつきながら、けれど結局三蔵が折れるのが常だった。いつのまにか手元にはカードが配られていたりして、何だかんだと悟空の相手をしてしまうのだ。
 ――まあ、三蔵だってこの状況を楽しんでいないわけじゃない。負けず嫌いだから勝負事はついついむきになってしまうし、そうやってヒートアップした挙げ句三蔵の方が無理やり悟空を朝まで付き合わせたことも……ないことはない。
 要するにお互い様だった。

 テレビを見ながら間食しつつ、遊びに興じて数時間。
 窓に打ちつける雨も風も、ひどくなる一方だ。まさかガラスが割れたりすることはないと思うが、時々大きな音をたててドキリとさせる。
 その度に「な、ちょっとだけ外出てみねー?」などと興奮気味に誘いをかけてくる悟空を宥めすかすのにも、そろそろ辟易してきた頃だった。
 ――ふつり、と何の前触れもなく明かりが消えた。
「うわ、停電?」
 叫ぶ悟空の顔もまったく見えない。真っ暗だ。
「外も全部消えてるかな」
 ごそごそと悟空が立ち上がる気配がした。
「待てバカ猿、動くな」
 三蔵の警告は残念ながら間に合わなかった。――ごつん、と闇の中に鈍い音が響く。
「――ッてえ!」
「この石頭が!」
 お互いにちょっとしたダメージだった。
 三蔵はズキズキ痛む頭を押さえながら、そばに置いてあったはずのライターを手探りで見つけ出し、火をつける。
 シュボッ、と一瞬だけあたりを照らして、青い火はすぐに消えた。……ガス欠だ。
「……使えねー」
「うるせえ! 何か別のもん探してくるからお前はここでおとなしくしてろ」
 三蔵はとりあえずリビングに向かった。
 確かこの辺にあるはずだ、と目星をつけた場所を探してみれば、すぐに懐中電灯が見つかった。スイッチをオンにすると、白い光が床を照らし出す――電池切れでもない。
 一つあれば十分だろう、と三蔵は悟空の待つ自室に戻った。
「あったぞ悟空――――……悟空?」
 おかしい、と三蔵は眉をひそめる。悟空がいない。
 懐中電灯の光をくるりと部屋の中で一巡りさせてみるが、やはり見当たらない。
 と。
 ――ドスン、という衝撃とともに、突然三蔵の腰に何かが抱きついてきた。
「っ、」
 もちろんそんなことをするのは――二重の意味で――悟空しかいない。
「驚いた?」
 いたずらが成功して満足げに笑う幼なじみに、三蔵はわかりやすく態度で答えた。
「――痛っ! うわ三蔵ギブギブギブ!」
 白い光が足下で揺れる。
 降参宣言にも、三蔵は捻り上げた腕を解放したりはしない。
「マジで! 悪かったってば――」
 声にまで苦痛が滲んできて、さすがに三蔵も拘束を少しゆるめた。
 が、それがいけなかった。
「――仕返し!」
 ここぞとばかりに悟空が反撃に転じる。立ち技は不利と見たのか、足を払って寝技に持ち込んで、あとは時間無制限マッチだ。
 ……しかし結局、三十分もせず二人は音を上げることとなった。
 床に転がる懐中電灯が、明後日の方向を照らす光一つのみの暗闇だ。自然と眠くなるというものである。
 取っ組み合いの最中、重なり合ったまま互いで暖を取りながら、三蔵と悟空はいつのまにか深い眠りに陥っていった。

 翌朝、台風一過の青空が、容赦なく二人を叩き起こすまで。



「台風一家」......end.
back