ROSES and SUNSHINE 10
「ピアスしようと思うんだけど」
どう思う? と悟空が尋ねた。
「勝手にすればいいだろ」
三蔵は答える。
悟空がしたいのなら、すればいい。そこに三蔵の意思が入る余地はない。……そう、思うのだけれど。
「三蔵、嫌じゃねえ?」
「俺が嫌だと言ったらやめるのか?」
「うん」
あっさりと追従してみせるのは、悟空がピアスというものにそれほど執着していないからだ。――面倒なので、三蔵はそう考えるようにしている。
「どうだっていい俺は。だから勝手にしろ」
突き放すように言うと、悟空からは「……だよなぁ?」と微妙に噛み合わない言葉が返ってきた。
三蔵が訝しげな視線を向ければ。
「悟浄が、三蔵はぜってー嫌がるって言うからさ。ま、おかげでコレおごってもらえたから得したけど」
ピン、と悟空が指で弾いてみせたのは、ピアッシング・ガン。
悟空の話からすると、それはつまり、三蔵への嫌がらせということか。相変わらずムカツク奴だ。
――と、いうことが、一週間前にあった。
辞書を取り返すために訪れた悟空の部屋で、三蔵がそんなことを思い出したのは、明るい内から寝こけている部屋の主の耳に、ふと目がいったためだ。
そこには皮膚を貫く金属が――――なかった。悟空の耳はきれいなものだ。
三蔵は何となく、その耳たぶをつまんでみた。
指先でそっと表面をなぞってみると、思いの外柔らかい。癖になりそうな感触だ。悟空が起きないのをいいことに、三蔵は飽きることなくその柔らかさを楽しむ。
これをなくしてしまうのは、正直惜しいと思った。
悟浄の言ったことは間違っていない。
腹立たしいことに、確かに三蔵は、悟空がピアスなどしなければいいと思っていた……。
「――――イテッ!」
三蔵を突き飛ばす勢いで、悟空が飛び起きる。
「……え、三蔵? 何すんだよ!」
容赦なく引っ張られた耳たぶをかばいながら三蔵を睨み付ける瞳は、寝起きのためか少し潤んでいた。
しかし三蔵はそれらすべてをスルーして、警戒する悟空にあっさりと詰め寄り、柔らかい耳たぶに再び触れる。
「ナニ、」
「空けるんじゃなかったのか?」
「ああ……、うん。八戒が空けてくれるって言うから頼んだんだけど、まず悟浄で練習するからちょっと待っててって」
ふうん、と気のなさそうな相槌を打った三蔵は、同じ調子で悟空に告げた。
「俺が空けてやろうか」
悟空が目をまるくしている間に、三蔵はその辺に放り出してあったピアッシング・ガンを見つけ、包装を破る。
そしてちらっと悟空を見遣ると、相手はあからさまに怯え腰で一歩下がった。
「や……やだ! 何かやだ!」
「がたがた言うな」
もとより三蔵に悟空の言い分など聞くつもりはない。強引に迫っていって、「動くな」と低く言う。
思わずといったふうに、悟空はピタリと静止する。
「…………痛くしないでな?」
「さあな」
諦めて覚悟を決めたらしい悟空にも、三蔵は無情な言葉を投げるばかりだ。
小さな器具を持つ三蔵の手がいよいよ耳に近付くと、悟空は耐えかねたようにぎゅっと目を瞑った。
近くで見ると、緊張のためか睫毛が僅かに震えているのに気付く。心なしか呼吸も浅い。
いまの悟空はまったく無防備だ。
三蔵はふと、小さく悟空の耳に息を吹きかけた。
「!」
途端、面白いほど肩を揺らして、悟空が目を見開く。
「おどかすなよ三蔵!」
「じっとしてろ」
真っ当な抗議もさらりと無視して、今度こそ三蔵は、銀色の太い針を持つ器具を素早く悟空の耳に押し当てた。
目を閉じることすら忘れたように、悟空は固まる。
三蔵は空いた手で悟空の後頭部を支え固定し、慎重に狙いを定める。
悟空にとって、それは長い長い時間だった。その間、ずっと三蔵の耳や顎のラインや、首筋や肩を見つめてやり過ごす。
……まるで試されているかのように、沈黙が長い。悟空は焦れてくる。
ちら、と少しだけ横に視線をずらすと、同じタイミングで同じことをした三蔵と眼差しがぶつかった。
「――空けるぞ」
「……っ、」
次の瞬間、悟空は思いきり三蔵を突き飛ばした。
「やっぱヤだ!」
一、二度荒く息をする悟空が見つめる先、三蔵は――――動揺した様子もなく小さな笑みを口元に浮かべた。
三蔵の手から、きれいな放物線を描いて、ピアッシング・ガンがごみ箱に収まる。
悟空は悔しさに顔を歪めた。
「〜〜〜〜三蔵って意地悪だよな」
非難になど三蔵は耳を貸さない。そんなやり方をさせる悟空が悪いのだから。
――結局、そうして悟空の耳に穴が空くことはなくなった。
けれど、紫色の石が付いた一対のピアスが悟空の元に残ったことを、三蔵は知らない。
「紫石耳環」......end.