ROSES and SUNSHINE 09
――だから、嫌だったんだ。
三蔵は視界を埋め尽くす人、人、人の群に、元からあまりよろしくなかった気分が更なる急降下を遂げるのを自覚する。
隣で悟空が、ちらとこちらの様子を窺う素振りを見せた。表面上は変化のない三蔵の、しかし内心の変化をしっかりと察知して、先回りしてくる。
「ここまで来て帰るなんてゆーなよっ」
悟空は三蔵のことを本当に良く知っている。三蔵は、今からでも帰りたかった。
――そもそも、最初から行きたくなどなかったのだ。初詣なんて。
神に祈る願い事など持ち合わせてはいなかったし、何よりあの人込みに辟易する。
だが、三蔵の幼なじみはこういうイベントを好むたちだった。
それを悪いとは言わない。が、俺を巻き込むな、と三蔵は思う。
大体何も三蔵でなくたって、悟空には誘う友人が数多くいるのだ。なぜ三蔵がわざわざ付き合わなければならないのか。
悟空にそう問うと、
「そんなの当たり前じゃん!」
というよくわからない一言であっさり片付けられてしまった。
そして結局三蔵は、自分でもわけのわからないことに、いつのまにか悟空と二人で神社へ行くはめになっていたのだ――今年も。
「突っ立っててもしょーがねーよ三蔵」
人が溢れ返る参道の手前で立ち止まって動かなくなってしまった三蔵に、さすがに少し呆れたような悟空の声が掛けられた。
悟空の言うのは正論だ。三蔵にもわかる。
が、誰のせいでこんな来たくもない場所に来ることになったのかというのを考えると、悟空にだけは言われたくない、とも思う。
しかし言い返すことさえも何やら業腹で、三蔵は無言で足を踏み出した。
すぐに悟空が後を追ってきて、二人して人の流れに合流する。
「なー、怒ってる?」
動くのもままならない中に五分もいれば、隣から気まずそうな声がした。
「知ってるなら聞くな」
三蔵は素っ気なく返す。
「……あんま、怒んなよ。寂しーだろ」
無視を決め込んでいた相手にふと視線を流してみると、子供みたいに拗ねた顔をしていた。
三蔵はしばし、眼を眇めそれを見る。
……多分何かのインプリンティングに近いのだと思う。三蔵は昔から、悟空のこういうところに弱かった。
「――さっさと参拝してさっさと帰るぞ」
「ん!」
無愛想に言ってみせた三蔵に、しかしちゃんと含むものを受け取めた悟空は笑顔で答えて、自然な仕草で指を絡めてきた。
「……おい」
「だってはぐれそうだし」
確かに雑踏で押し合い圧し合いしているのだ、その懸念は的外れではない。
だが、男同士で手を繋ぐという発想は、幼稚園までにしておいてほしい。高校生がするな。
――というか、悟空の精神構造が幼稚園児レベルなのか。
三蔵はその思いつきにひどく頭痛を覚え、自分のした行為に何の疑問も持っていなさそうな幼なじみを見て更なる頭痛に襲われた。
お参りをした。賽銭を投げた。御神籤を引いた。お守りも買った。
悟空がやりたがったことには、一通り全部付き合ってやった。
あとは帰るだけだ。
しかしそういう時に限って、狙ったように面倒はやって来るのだ。
「うわっ……本当に会っちゃったよ……」
さて再び人の流れに入って行かなければ、と歩き出した足を、悟空がぴたりと止めた。
ワンテンポ遅れて、三蔵もそれに気付く。あまり良いとは言えない視力でもはっきりと判別できる、少しだけ飛び出た目立つ紅い髪。
新年早々に見たくもない顔だ。
だが、悟空の反応には少々解せないものを感じた。三蔵の疑念を感じ取ったわけではないだろうが、悟空が呟きを零す。
「悟浄たちもここ来るって言ってたんだけど、人多いから絶対会わないと思ってたんだよなー」
賭をしたのだ、と言う。会わなければ悟空の勝ち。会えれば悟浄の勝ち。
悟浄にしては分の悪い賭をしたものだ、と三蔵は思ったが、結果を見てみると会ってしまったわけだから、それなりに勝算があったのかもしれない。
まあ負けても昼飯を一回奢るという程度のものだというが、二人とも勝負自体に拘っているから、悟空は本当に悔しそうにため息を吐き出す。
「……あ、見つかった」
こちらに気付いた悟浄が、人を掻き分けて向かって来る。隣で手を振っているのは八戒か。
三蔵は素早く悟空の手を掴むと、引っ張って人込みの中に入ってしまった。こうしてしまえば、もう容易には見つからなくなる。
「え、三蔵?」
「さっさと帰ると言っただろ」
「でも悟浄と八戒――」
「気付かなかったことにしておけ」
もちろん、そんな言い訳が通用することはないのだけれど。
「吉凶卜占」......end.