ROSES and SUNSHINE 05
星が、見える。
悟空はぼんやりとした頭で考える。
きらきら、瞬く星。
すごく綺麗だ。
こんなに、眩しいほど見えるなんて、何かの奇跡に近いのではないかと思う。
星。
夜空。
視界に映るのは、そして三蔵。
悟空はようやくその存在に気付いて、意識をそちらに向ける。
相変わらずきれいな顔。
こんなことを言うと殴られるけれど、やっぱり、とてもきれい。悟空は嘘がつけない。
三蔵は、どこか心配そうに悟空を覗き込んでいた。
珍しい。そんな表情は、滅多に見られない。
何か――あったのだろうか?
「……どうしたの?」
尋ねると、三蔵は変な顔をした。好きな物と嫌いな物を一度に口に入れてしまったみたいな。
「…………、大丈夫か?」
「何が?」
複雑そうな顔は、絶望的とでも言いたげに歪んだ。
見下ろされていては話をしにくいと思ったので、悟空は寝転がった身体を起こそうとするが、軽く押し戻される。
「動くな。まだ寝てろ」
「でも、頭の下硬いから痛い」
何をそんなに三蔵が気遣っているのかわからない。
不平を言うと、諦めに似たため息が返された。
「それは……頭打ったからだろう」
「え、誰が? 俺が?」
答えがないのは肯定だ。
「……………………憶えてない」
しかし、後頭部がどうもズキズキ痛むのは事実だ。
「みたいだな。とにかく、しばらく大人してる方がいい」
三蔵は悟空の頭に手を置くと、ゆっくり後ろに倒した。
抵抗せず従うが、最後、頭を下ろす時だけはどうしても緊張してしまう。だが思ってもみなかったことに、後頭部は弾力のある何かに受け止められた。
「……あ、サンキュ」
見上げた先、整った容貌には、非常に不本意そうな表情が浮かんでいる。
それもそうだろう。三蔵が自発的に膝枕してくれるなんて、これまで一度だってなかったし、これからもありそうにない。
こんなレアなこと、堪能しておかなければ勿体ないとばかり、悟空はこれ以上三蔵の機嫌を損ねないように努める。
……そうして大人しくしていると、次第に頭がはっきりしてきた。ようやく事の経緯を思い出す。
天気が良くて星も綺麗で、何より夜風が涼しかったから、夕食後に外へ出たくなったのだ。けれどどこかへ出掛けるのは億劫で、手っ取り早く屋根の上で寛ぐことにした。本当に心地よくて、だから部屋で暇そうにしていた三蔵も無理やり誘って――
そして、何かの拍子でバランスを崩して、頭を打ってしまった……ようだ。
我ながら間抜けな話だと思うが――結果が三蔵の膝枕。得したかもしれない。
「……何ニヤけてる」
「別にー?」
それにしても、と悟空は視線を空に向ける。
「星、いつもよりキラキラしてる」
「……天の川」
初歩的な、というため息混じりの三蔵の答えが、夜の闇に溶ける。
「あー! 今日七夕だ。三蔵、願い事は?」
「ねぇよ」
「だと思った。俺はー……」
言いかけて、悟空は口を噤む。
「……何だ?」
「やっぱ言うのやめた」
こういうものは、心の奥に仕舞っておかなければいけない。何だか物言いたげな三蔵を知らんぷりして、天を流れる星の川を仰いだ。
しばらくそうして眺めていたのだが――ふと悟空は違和感を覚える。
確かに頭上に集まった星々は、淡い光を放ち輝いている。だが、きらきらと煌めいていると思ったのは、もっと違う別の何かではなかったか。
答えは、案外近くにある気がした。
それは例えば、視界の端をちらちらと掠めているものとか――
「……そっか。三蔵だったんだ……」
「ああ?」
「きらきらしてるの。天の川じゃなくて三蔵だ」
この星なら掴めるように思えて、悟空は手を伸ばす。指先に触れたのは、闇にも明るい三蔵の髪。
「……まだ眼がチカチカしてるのか……?」
「違うよ」
困惑した様子が、何故か少し可笑しい。
笑っていると、憮然とした声が降ってきた。
「なら、頭打ってイカレたんだな」
苦々しく宣告する。
「――――重症だ」
そうなのだろうか。けれどこんな後遺症なら、悪くない。
「七夕星落」......end.