ROSES and SUNSHINE 04
「…………何だ?」
「何って、だからこれ、ハイ」
……言葉が通じない。尤もそれは今に始まったことではないが、三蔵は眉間に手を当ててあからさまにため息をついてみせた。
悟空が差し出しているのは、新書サイズの直方体の箱。クリーム色の包装紙に包まれている。
同じ物を、三蔵は昼、学校で散々目にした。今日は3月14日、ホワイト・デー。悟空が、バレンタインのお返しにと配っていたのだ。中身は恐らく、クッキーか何か――要するに後腐れがない菓子類だろう。
と、そこまではわかるのだが。
――何故、それを三蔵に渡そうとするのか?
バレンタインに何かをやった覚えはない。強いて考えられるなら、強請り倒されて行くことになった学校前のファースト・フード店か。しかしそれにしたって、大食漢を誇る悟空にまさか奢ったりはしなかった。
……理解不能。そもそも悟空は何も考えていないに違いないから、理解など出来るはずもないのだ。三蔵は匙を投げた。
どちらにしろ、返事は決まっている。
「いらねえ」
受け取らずに押し返すと、意外にも悟空は素直に引いた。
「見てたから欲しーのかと思ったのに」
その台詞に特別な意味など何も含まれてはいなかっただろう――しかし、三蔵は聞き流せなかった。
見ていたわけではない。偶々目に入っただけだ。ましてや、物欲しそうにした覚えなど断じてない。
だが、この手の主張はすればするほど逆効果だ。
結局三蔵は――悟空の頭を一発殴ることで、苛立ちを収めた。
「三蔵のジコチュー俺が何したってゆーんだよせっかく持ってきてやったのに殴るし痛いし意味わかんねーし」
「――おい」
三蔵が不機嫌全開の声音で咎めて、漸く悟空は延々と呟いていた不平を止めた。しかし、金の眼は未だ剣呑に三蔵を睨んでいる。
「俺の独り言なんだから、三蔵にはカンケーないだろ」
口調は子供っぽさそのものだが、わけもなく殴られたことがよっぽど腹に据えかねたらしい。
いっそ三蔵の部屋から出ていけばいいのに、それでも居座っているのはどうしてか……出ていってしまえばすぐに忘れられてしまうと、知っているからかもしれない。確かに、部屋の片隅でぶつぶつぶつぶつ呟かれては、三蔵も無視できないのだ。
「関係ねぇから、独り言は自分の部屋戻って言ってろ」
「俺がどこにいようと勝手じゃん」
「ここは俺の部屋だ」
「だから?」
「出てけっつってんだよ」
「ヤ、だ。」
どこまでも平行線。
二人して我が強いものだから、こうなるとなかなか決着がつかないのだ。
手足こそ出ていないが、低次元の口争いは留まることを知らない。次第に内容も最初の争点からはかけ離れ、日頃の鬱憤のぶつけ合いになってしまっている。
「大体三蔵は昔から態度デカすぎなんだよ!!」
「てめーこそ意地汚ねぇし寝汚ねぇしいい加減にしやがれ!!」
「ふーんだ、三蔵のハーゲハーゲハーゲ!!」
……いや、鬱憤ですらない。最後の悟空のは、ただの悪口だ。
あまりに低レベル――しかしだからこそ、頭に血が上った状態では有効だった。
「テメェ!!」
ぷちりと切れた三蔵が、ついに手を出す。悟空も勿論、応戦の構えを取る。二人は年甲斐もなく揉み合い掴み合い取っ組み合いをして――
「……っ」
息を呑んだのは、どちらだったか。
不意に静寂が訪れる。
図らずも悟空を組み敷いたような体勢になってしまった三蔵は、疚しい感情は欠片もないはずなのに、なぜかぎくりとした。
悟空はのし掛かる三蔵を退けようともせず、呆けたようにただ見上げている。
――もしもあと一秒でも長くその状態が続いていたら、自分が何をしていたか、三蔵は本気でわからなかった。
膠着状態を破ったのは悟空だ。唐突に三蔵の背後を指さした。
「あれ!」
打って変わった、驚きと歓喜に満ちた声。
三蔵がつられて背後を振り返ると――窓から覗く、その景色が。
「雪! すげー、雪だよ三蔵ッ!!」
悟空はするりと三蔵の下から抜け出して、窓に駆け寄ってはしゃぎ出した。たったそれだけで機嫌もすっかり直ったらしく、しきりに三蔵を手招く。
さっきまでのは一体何だったんだ――ため息をつきながらも、三蔵は重い腰を上げた。また拗ねられては面倒だ。
「なあなあ、三蔵」
三蔵が隣に行くと、悟空はちらと視線を流した。そこには悪戯を企んでいるような笑み。下らないことを考えているな、と三蔵は思う。
果たして、悟空は言った。
「これがほんとの『ホワイト・デー』?」
ばこっ、と悟空の頭に鉄拳が落ちた。
「雪華白日」......end.