ROSES and SUNSHINE 02
テレビの画面から除夜の鐘が聴こえはじめた。
「おい」
三蔵は煙草を灰皿に押し付け、炬燵の中で足を伸ばす。踵で蹴飛ばしたのは、その感触からして脛のようだ。しかし相手は少し呻いただけで、夢の世界から戻っては来なかった。
「ったく」
舌打ちして、頬杖をついた。
目の前には頬をテーブルにぴとりと付け寝こけた悟空。あまり寝やすそうな体勢ではないが、特に問題ないらしい。食べ物の夢でも見ているのか、よだれまで垂らして実に気持ちよさそうだ。
基本的に、悟空はどこでもよく寝る。電車の中で立ったまま眠っていたこともあるくらいだ。あれにはさすがに三蔵も驚きで声が出なかったものだ。
加えて、悟空は眠りが深い。今も何度も蹴飛ばしているのに、一向に目覚める気配がない。
三蔵とは反対だ。三蔵は逆にひどく眠りが浅く、小さな物音で覚醒することも珍しくはない。その分、睡眠時間が少なくとも身体が動くのだが。
「おい、起きろ」
もう何度目になるのか、口調もだんだんおざなりになってきた。
そしてついに、いつものごとく三蔵は努力を放棄する。通算何敗か、数えたいとも思わないが、はっきりしているのは全敗ということだ。
眠った悟空を起こすのは、空腹しかない――格言にしてもいいくらいだと思う。
悟空の母お手製の年越し蕎麦を食べたのは大分前のことだが、テーブル中央の籠に山となったみかんの残骸を見れば、それは望めそうになかった。
「……自業自得だ」
新年を祝う騒ぎがテレビで流れるのを見ながら、三蔵は幼なじみにはなむけの言葉を贈る。
一時間後、目覚めた悟空は案の定というか盛大に嘆いた。
「なんで起こしてくれなかったんだよー!」
「てめぇが起きなかったんだよ」
三蔵は苦々しく答える。彼にしてみれば、かなりの譲歩をして、実に根気よく悟空を起こそうとしたのだ。
それは事実だが、予想通り悟空は納得しなかった。あからさまに拗ねた顔をする。
「そういうときは、起きるまで起こしてくれって言ったじゃん」
悟空はそう言うが、そんなことは無理だ。三蔵は思う。それはまったくもって無駄な努力というもので、悟空に空腹が訪れるのをおとなしく待つ方が断じて有意義である。
「今年こそ、ちゃんと起きてようと思ったのにー……」
うなだれた悟空はそのまま額からテーブルに突っ伏した。やわらかな髪が、ふわり、揺れる。
「まだコドモってことだろ」
三蔵は鼻で笑って、ちょうどいい位置にある茶の髪を一筋つまんで引っ張る。
「同い年じゃん」
「精神年齢の話だ」
「何だよそれ」
口をとがらせる様子に内心で苦笑する。そういうところが子供っぽいのだと告げても、悟空にはたぶんわからないのだろう。
「……ばかにされてるみたいだ」
「ばかにしてんだよ」
炬燵の中で蹴り合いになった。
「もー寝る!」
ひとしきり文句を言った後、悟空は背中から勢いよく倒れ込んだ。
「来年はぜっっったい起きて年越してやる!」
早くも一年後の抱負を宣言するのも忘れない。
三蔵もまた、悟空にならってごろりと寝転んだ。もとより自分の部屋に戻るつもりはなかった。このぬくもりは、ひどく離れがたい気分を起こさせる。こうして悟空の部屋に泊まるのも、幼年時代からのことでもう慣れたものだ。
「さんぞー、おやすみー……」
炬燵の向こう側から、すでに夢の世界に片足突っ込んだような声が聞こえてくる。
適当に返事をして、三蔵は部屋の明かりを落とした。
と、真っ暗になった部屋で、不意に悟空が起き上がる気配がする。
「……忘れてた。三蔵、あけましておめでと。今年もよろしく」
ぺこりと、闇の中でおじぎするのが何となくわかった。
「……ああ」
三蔵は小さく返す。そして。
――それが見えたと思ったのは錯覚だったかもしれない。
悟空が……微笑う。幼いこどもしかできないような澄んだ笑み。
次の瞬間には、電池が切れたみたいに再びぱたりと後ろに倒れ込む悟空の姿があった。安らかな寝息が耳に届く。
気がつけば、三蔵はひどく身体を緊張させ、息を詰めていた。意識的に全身の力を抜き、大きなため息をつく。
いったい、己はどうしたというのか。
「…………寝るか」
なかったことにしてしまうことにした。
三蔵がその感情の名を知るのは、もう少し先のこと。
「螺旋回帰」......end.