09/12/31-11/02/07
ラブ&ピース          【ゴ】
 悟空が三蔵の部屋を訪れたのは大晦日で、三蔵はちょうど携帯の通話を終えたところだった。
「三蔵、泊めてくれねー?」
 それに答える前に、三蔵は重要と思われることを尋ねる。
「それは何だ」
 三蔵が指し示したのは、悟空が肩にかけている大きなボストンバッグだ。
 悟空の姿は、まるでこれから旅行に出かけるかのようだ。
「これ? お泊まりグッズ」
 そう言うが、悟空が三蔵の部屋に泊まる時、そんな大層な荷物を準備してきた試しがない。
 そもそも、大抵が予定外の――酔いつぶれて帰れなくなるとか、そういう理由によるものだ。
 常にない展開も含めて、三蔵が警戒心を抱くのは当然のことだった。
「中は」
「着替えとー、歯ブラシとー、」
 悠長に述べる悟空を三蔵は遮る。
「開けてみろ」
 バッグの中身は、悟空の言葉と相違なかった。確かに『お泊まりグッズ』だ。
 ――ただし、ゆうに一週間は宿泊できそうな。
「ここに住む気か?」
 三蔵は思わず尋ねた。
「ダメ?」
 悟空は否定せず、無意識だろうが、三蔵がぐっとくる角度で見上げてくる。
 これでノーと言うのは相当根性が必要だ。
「何かあったのか?」
 三蔵は話題を逸らした。
「食いもんがなくなった」
 悟空の答えは明快だ。
 何かを期待していたつもりはないが、その答えを聞いた途端、三蔵は自分が脱力していくのを感じた。
「……俺の家は避難所か」
「冷たいこと言わずに泊めてくれよー。来月の仕送りまででいいから」
「どうして俺のところなんだ」
「だって、三蔵が一番……」
 フレーズの始まり方に三蔵はドキリとする。
「家に食料ありそうだから!」
 …………そういう理由だとは思っていたが。
 一瞬でも無駄な夢を見てしまったのが馬鹿らしい。
 それとも、日々悟空を餌付けした成果だと喜ぶべきなんだろうか。
 他の誰かの家に避難されるよりは、どんな理由であれ、自分のところの方がいいのは確かだ。
「なー三蔵、お願いだから」
「……しかたねぇな」
 もとより悟空の頼みを断るつもりはなかったが、三蔵はようやくオーケーを出した。
 正月は帰省できなくなったと、実家にはまた電話しなければいけないな、と思いながら。




ラブ&ピース          【ロク】
「――綺麗にしてますね」
 光明は実際、驚いた。
 正月に帰省しなかった息子の顔を見るため、一人暮らしをしているアパートを訪れることを決めた時、こんな光景を見られるとは露ほども思っていなかった。
 実家の悟空の部屋は、光明が小言を言わなければ、足の踏み場もない、を体現したような散らかりようだったのに、だ。
 このアパートはどうだ。――奇跡のように整然と片付いている。
「自分で片付けたんですか?」
「……あー、三蔵に手伝ってもらった」
「手伝って?」
「…………全部やってもらいました」
 光明の的確な問いかけに、悟空は気まずそうにしながら、白状した。
 三蔵、という名前には聞き覚えがあった。悟空の話によく出てくる、大学の友人だ。
「これは」
 光明は悟空に持ってきた土産を掲げる。
「そのお友達にあげなさい」
「ええー?」
「何か異論がありますか?」
 いかにも哀れっぽい声を上げた悟空に、光明はにっこりと笑う。
「……ないです」
 しゅんとなる息子を見て、光明は苦笑する。こういうところは、幼い頃からまったく変わらない。もう大学生だというのに。
 きっと三蔵という友人も、光明と同じような保護欲に駆られて、悟空の部屋を掃除してくれたのだろう。
「ご飯はちゃんと食べていますか?」
 光明は口調を和らげ、いろいろと尋ねる。
「うん」
「自炊してますか?」
「お米は毎日炊いてる。それ二人分持ってって、おかずは三蔵んちで一緒に食べさせてもらってる。三蔵、すげー料理うまいんだ」
「毎日ですか?」
「最近はそんな感じ。俺の箸と茶碗、三蔵のとこ置かせてもらってるし」
「……そうですか」
 光明は何だか天井を仰ぎたくなった。
 随分とまめな友人らしい。
 ご飯を作ってもらい、部屋の掃除をしてもらい、息子が大層世話になっているようで親としては感謝しなければいけないところだが。
 ……こんな友人がいては、息子に彼女ができる日は遠いかもしれない。

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