DailyLife
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「痛っ!」
「どうした?」
キッチンで上がった声に、新妻限定でとても心配性な旦那様がすかさず飛んできた。
「あ、ごめん。なんでもないよ。ちょっと切っちゃっただけ」
悟空は笑って謝る。
右手に包丁、まな板の上には切りかけの食材とくれば、状況は明らかだ。
悟空の左手の指先は、うっすらと血が滲んでいた。
「何でもなくないだろう」
血だ。怪我だ。
三蔵は思わずきつい口調で咎める。
悟空にしてみれば、こんなのは包丁を掠めただけの小さな傷で、たいしたことはない。
三蔵は大げさなのだ。
だが、まるで自分が指を切ったみたいに痛そうな顔をする三蔵を見ると、悟空は少しだけ罪悪感めいた気持ちを覚えた。
「心配させてごめん。でも大丈夫だよ?」
「……別に怒ってるわけじゃねぇ」
三蔵は今度は優しい口調で言って、悟空の指を取り、「消毒だ」と言って傷口を舐めた。
親が子供にするようなその仕草に、悟空はくすぐったい気分になるが、何だかあまりに自然に三蔵がそういうことをするので、ふと尋ねる。
「三蔵、そんな癖あったっけ?」
「いや。――それならお前だろ」
悟空は首を傾げた。
三蔵は悟空みたいにそそっかしくはないから、三蔵が指を切って悟空が舐めるなんてことは、そうそうないはずだが。
「何かあったっけ?」
すると三蔵は、悟空の空いている方の手を取って、自分の肩の後ろあたりに回させた。
そして意味ありげな笑みを口許に乗せ、悟空の指を背に滑らす。
一拍置いて、悟空は三蔵の言わんとすることに気付いた。
「それは――だって!」
情事の際に悟空が三蔵の背につける爪痕は、また別の問題というか。
確かにその傷を舐めるのは悟空の癖かもしれないけれど。
戸惑う悟空を面白がるように、三蔵は悟空の指にねっとりと舌先を這わせる。
さっきまでとは明らかに舐め方が違う。これは、まるで……
三蔵を、見る。
紫の瞳が、悟空の視線を受けてちらと悪戯っぽく笑った。
「…………三蔵、ご飯」
まだ作っている最中なのだと悟空は告げる。
「後でいい」
三蔵の手は、すでに悟空のエプロンを外しはじめていた。
「今日は三蔵の好きなものだよ?」
「忘れたのか?」
ひんやりとした手が、悟空の服の中にすべり込んでくる。
「俺の一番の好物は――――お前だ」
【キッチン2】