05/11/29
DailyLife
02



 テーブルの上にはケーキとシャンパン。
 生クリームがたっぷり乗った白いホールケーキは、ちょうど半分の大きさになっている。切り分けた四分の一サイズのケーキが少し欠けた形で三蔵の皿に、生クリームひと舐め分が悟空の皿に。あとは胃袋の中。
 悟空はケーキに添えられた大粒の苺で、皿に残っていた生クリームをきれいにすくった。
 三蔵も苺をひとつ口に入れ、そして、そろそろかとおもむろに尋ねる。
「――で?」
 脈絡なく飛んできた問いかけに、悟空が答えられるはずもない。
「え?」
 だが三蔵は、ただじっと悟空を見ている。
 見慣れた顔――とはいえ、掛け値なしの美貌に見つめられて、悟空はどぎまぎした。
「何?」
 やっぱり三蔵は何も言わず、けれど、長い睫毛にふちどられた深い紫暗の瞳が、ゆっくりと悟空に近づいてきた。
 キスは、文字通り甘い。
 悟空の背中がソファに沈んでしまう前に、三蔵は唇を離す。
 そして、ようやく口を開いた。
「いつもより食欲がない、いつもより酒を飲む、それに――俺の前でずっと緊張している。理由は?」
 うわ、と悟空は慌てる。
 核心をつかれてしまった。
 気付かれるなんて思ってなかったのに。三蔵の言ったことは確かにその通りで、ごまかすこともできない。
 かといって「理由」を告げてしまうには、大きな障壁があった。――心の準備、というものが。
「ちょっと待って、三蔵」
「もう待った」
「あのだからもうちょっと」
 三蔵は少し目を眇めた。
 唐突にフォークを持ち、食べかけの自分のケーキを切り分けると、それを悟空の口に運ぶ。
 目の前に甘い匂いを差し出されて、思わず悟空はぱくりと食べた。
 途端、勝ち誇った声。
「食ったな?」
 悟空は、何か失敗してしまったような、落ち着かない気分に駆られる。
 はたして、三蔵が重々しく告げた。
「食ったんだから、潔く言え」
 ごっくん、と悟空はケーキを嚥下した。
「さ、三蔵――?」
「言え」
 ケーキを食べたからどうだとか、そんなことはどうでもいいのだと三蔵の迫力に納得させられて、悟空はついにあきらめた。
「……つまり」
 何十回と脳内で復唱した台詞を思い浮かべて。
「三蔵、誕生日プレゼントは――」
 アルコールでほんのり頬を染めて、緊張した面持ちで新妻が言う。
「俺じゃ、ダメ?」
 ……三蔵はどれくらい沈黙していただろうか。
 悟空はこれ以上耐えられないというように、三蔵の胸に突っ伏した。
「――ごめんやっぱ今のなし!」
「悟空」
「聞かなかったことにして三蔵」
「悟空」
 三蔵は軽く悟空の髪を撫で、顔を上げさせる。
 悟空は自分の言ったことに真っ赤になっていた。アルコールのせいでないのは明らかだ。
「……バカだと思ってるだろ?」
「何でだ?」
「自分でめちゃくちゃバカだと思うから」
 悟空は三蔵の視線を遮るように、手のひらで自分の目を覆った。
「新婚だったら誕生日プレゼントは絶対これだって悟浄が言うから……」
 あんなやつの口車になんか乗せられるんじゃなかった、とつぶやく。
「あいつの入れ知恵か」
 三蔵の声のトーンが下がる。
 確かに、これが悟空の発想とは思えない。
 ただ、悟浄の馬鹿は気に入らないが、「プレゼント」はそうでもなかった。
「……開けていいか?」
 プレゼント、と三蔵は悟空の襟元に指先をかける。
 悟空は大きな目を覗かせて――そして、うなずく代わりに三蔵にキスを贈った。


【プレゼント】


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