05/05/23
DailyLife
01



「あ、」
 そんなつぶやきをひとつ残したきり、悟空はあわてて玄関に駆けていく。扉を開くと、そこには待ち構えたように、見慣れた姿があった。嬉しくて、思わず目を細める。
「三蔵、おかえり」
 インターフォンを鳴らしたわけでもなく、突然目の前の扉が開いたというのに、三蔵は驚きもしない。とろけそうな笑顔とキスの出迎えを、当然のように受けて、返す。
 扉を開けた途端、ふと三蔵が不機嫌な表情をしたように悟空の目に映ったが、気のせいだったのか、頬への「おかえりのキス」を済ませ改めて顔を合わせたら、悟空の前にいるのはいつもの三蔵だ。
 でも何となく気になって、悟空は余分にもうひとつ、今度はちゃんと唇にキスをした。ちゅ、と離れるつもりのそれは、しかし三蔵につかまって、思いのほか長くなる。
 ひとしきりキスを終えた頃には、悟空の頬が薄く染まっていた。もう、と文句を言いつつも、悟空の顔は笑っていて、三蔵の耳元に唇を寄せていつものように続けた。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも、俺?」
「お前」
 ――ゴン、という何かがぶつかる音が、居間から聞こえてきた。
 三蔵が眉間にしわを刻む。
「ごめん、忘れてた。八戒と悟浄が来てたんだ」
「……だろうな」
 帰るなり発見して不愉快な気分にしてくれた、玄関に並ぶ自分のでも悟空のでもない二足の靴をちらと見て、三蔵は目を眇めた。

「忘れないでくださいよ」
 冗談めかして笑いながら、八戒は後悔の二文字を噛みしめていた。
 今日の訪問の趣旨は、「新婚生活」を始めた三蔵と悟空をひやかすことだったはずだ。その絶好のネタを得たというのに、からかう気にもなれない。
 むしろ、こっちがあてられてしまった。新婚さんパワーを甘くみていた。
 いまだって、家の中だというのに、二人は手までつないでいる。
 八戒と悟浄は横目でちらと視線を交わし合った。――たぶん、おなじことを考えている。
 再び悟空と三蔵を見た八戒は、にっっっこりと、いっそ胡散臭いまでに爽やかな笑顔を浮かべた。
「僕たち、そろそろおいとましますね」
「え? 夕飯、食ってくんじゃなかったの?」
 二人の分もあるのに、と悟空は驚いた顔をする。
「お前なら食えるだろ」
 悟浄は淡々と言う。テーブルにぶつけた額が赤い。
 ――励んだ後なら(しかも長そうだ)余計に腹もへるだろうしな、という一言は、賢明にも飲み込んだ。
 そういう台詞は「ば、バカ変なこと言うなよ!」といった狼狽えた反応が返ってくるから楽しいのであって、まちがっても肯定されたくない。ましてや、のろけられたりなんかした日には泣きたくなるので本気で勘弁してほしい。
「頼むから帰らせてくれ」
 真剣に訴える悟浄の隣で、八戒もうんうんと重々しくうなずいた。
「そう?」
「悟空、あまり引き留めるな」
 あいかわらず悟空は理由をわかっていないようだが、さすがに三蔵は理解している。もともと顔を見せたときから「帰れ」オーラをびしばし出していたのだ、意向が一致してこれ幸いとばかり、めずらしくソフトな言い回しをしつつもさっさと邪魔者を追い出しにかかる。
 三蔵にみすみす従うのは癪だが、無理して居座ってさらなるダメージを被るのはもっと御免だ。八戒と悟浄は挨拶もそこそこに、甘ったるい空気に満ちた新居を後にした。

「あーあ。新婚さんのお宅になんか行くものじゃありませんねぇ」
「同感。何かこー、寿命が三日くらい縮んだ気がするぜ」
 予定よりもだいぶ早い時刻の帰り道、あてがはずれたと、ため息をついて何気なく振り返ってみたら、本日最後のダメ押しが八戒と悟浄を襲う。
 その「新婚さんのお宅」の明かりがふつりと消えた。
「――あ。」


【三択問題】


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