2009年
06/01 大津市・円満院の重文を落札 宗教法人が10億超で
共同通信より。
共同通信より。
共同通信より。
共同通信より。
共同通信より。多分つながってます:スクラップ2006年4月28日
ロイターより。
平安時代の武将、源頼政(1104〜1180)が礼拝していたと伝えられる、平等院(京都府宇治市)所蔵の秘仏「片袖阿弥陀如来立像」(像高約50センチ)が、江戸時代初期の作で、実際に頼政が拝んだ可能性はないことが同院の調査で分かった。
今回の調査で、立像は菩薩に使われる波のような文様を裾に彫ったユニークな造りであることが判明。像は一木造りで、衣装は右肩を脱いでかけられている。立像で右肩に衣がかかっていないのは奈良・平安時代に見られ、裾以外の衣の文様は鎌倉時代前期の特徴だという。また、木の断面や彫り方などから江戸初期の作とわかった。
毎日新聞。仏像は「頼政830回忌記念特別展」で初公開とのこと。平等院ミュージアム鳳翔館で2009年10月16日まで。
京都府八幡市の浄土宗・宝寿院の本尊、阿弥陀如来立像の内部から、鎌倉時代の文暦2(1235)年に「定慶」が制作したとの墨書銘が見つかった。未知の仏師の可能性もあるといい、八幡市教委が5日発表した。
像はヒノキ材で高さ77センチ。修理で見つかった銘文に「泉州別当定慶造也」と書かれていたとのこと。表情や着衣の表現が快慶の作品に似ており、運慶らと連なる慶派仏師の1人とみられるという。
ただ、これまで存在が確認されている3人の「定慶」のうち2人は活動年代が異なり、同時期の「肥後別当定慶」とは作風が異なるため、八幡市教委は「今回の調査により、第4の定慶がいたと考えられる」とみている。
京都新聞より。
共同通信より。一般公開は7日から11月22日まで。
AFP通信によると、パリの警察当局は9日、ピカソ美術館の展示ケースからピカソが残したスケッチブックが盗まれたことを明らかにした。1917年から24年までの間に30点余りのデッサン画がクレヨンで描かれたもので、約800万ユーロ(約10億9千万円)の価値があるという。
警察の情報として同通信が伝えたところでは、8日深夜から9日早朝の間に盗まれた可能性があるという。仏文化省によると、ケースは特別な器具でしか開かないようになっており、専門的な技術がある者の仕業の可能性があるという。
朝日新聞。
瀧口修造(明治36〜昭和54年)が、富山で昭和37年に行った講演の直筆原稿が見つかったとのこと。西欧美術の動向や日本の生け花、茶道などを取り上げ、生涯のテーマとした「オブジェ(物)」について語った内容。
今回見つかったのは、第15回全国造形教育富山大会(富山市公会堂)で講演した際の原稿で、200字詰め原稿用紙35枚。万年筆を使い、丁寧な字でしたためている。大会事務局長を務めた洋画家の故東一雄さんが講演を依頼し、事務局員だった洋画家の松倉唯司さんが原稿を保管していたとのこと。
北日本新聞より。
京都市の泉涌寺の塔頭・悲田院が所蔵する「宝冠阿弥陀如来座像」が、鎌倉時代前期の仏師・快慶の作である可能性が高いことが、10日までに分かった。座像はヒノキ材で高さ72センチ、幅49センチ。目や表情など、快慶の特徴的な作風が見られ、同院では古くから「快慶作」との伝承が残っていた。
大津市歴史博物館の調査でファイバースコープで胎内を撮影したところ、頭部に快慶の作品であることを示す墨書の銘文「アン(梵字)阿弥陀」と、5人の弟子の銘文が記されていたとのこと。これらの墨書は、醍醐寺(京都市伏見区)の木造不動明王座像や石山寺(大津市)の木造大日如来座像など、快慶が手掛けた他の仏像でも確認されている。
京都新聞より。仏像は、大津市歴史博物館の秋の特別展で10月10日から10月25日まで展示されるとのことです。展覧会は10月10日から11月23日まで。
東京・谷中の寛永寺にある徳川将軍家墓所で、13代将軍家定の正室・澄心院(ちょうしんいん)の墓など7基それぞれの宝塔を保護する八角覆堂(おおいどう)の跡とみられる柱穴や礎石が出土したとのこと。八角覆堂の遺構が見つかったのは同寺では初めて。
寛永寺谷中徳川家近世墓所調査団によって発掘された遺構は、7基のうち6基が柱穴、1基が礎石で、それぞれ2〜3メートル間隔でほぼ正八角形に配置されていたとのこと。柱穴はいずれも直径約1メートルで、深さは約1メートル半だった。
江戸時代の墓所で八角覆堂が確認されているのは東京・芝公園の増上寺にある2代将軍秀忠の墓のみ(1945年の戦災で焼失)。将軍家では、秀忠の葬儀や墓が、後のモデルになったとされており、家康、秀忠の葬儀に影響を与えた天台宗の天海大僧正(1536?〜1643年)の思想が受け継がれたとみられている。寛永寺の将軍家墓所を含め、八角覆堂は一つも現存していない。
読売新聞。
岡山市立オリエント美術館は12日、13日から展示する東京国立博物館所蔵の重要文化財「金銅透彫冠帽」の本体と装飾品をつないでいた銅線1本が脱落していた、と発表した。本体と銅線とも損傷はなく、そのまま展示するとのこと。
同冠帽は、韓国・慶尚南道昌寧から出土した6世紀ごろのもので、高さ約42センチ、幅約21センチ。透かし彫りの冠の外側に銅線で「歩揺」という装飾品を付けている。脱落した銅線は、そのうちの1本(長さ約6ミリ)で、「歩揺」はついていなかった。
産経新聞より。
レオナルド・ダ・ヴィンチの幻の絵か!?と注目される謎の絵画「ラロックの聖母」が日本に初上陸することが14日、分かった。
絵は1998年、仏南部のラロック村で発見されたとのこと。同村に住む男性3人が、中古用品店で絵(49センチ×59センチ)を1500フラン(約3万円=当時)で購入。その後専門家のX線、赤外線分析の結果やレオナルド・ダ・ヴィンチ博物館館長のアレッサンドロ・ヴェッツォシィ氏による見解から(1)ダ・ヴィンチの生きた時代(15〜16世紀)に描かれた(2)ダ・ヴィンチの特徴を有する構図や表現が見られる(3)レオナルド派によって描かれた、との3つの事実が浮かび上がったとのこと。最近になって、絵から「掌紋」が発見され、誰の掌紋なのか鑑定作業が進められているとのこと。
サンケイスポーツ。以前フジテレビでこの作品に関する特集番組やってました。ダ・ヴィンチの名につられ見た記憶があります。その後どうなったかと思いきやこれからこういうことになるんですね。フジテレビのイベント「めざせ!お台場合衆国2009〜フジがやらなきゃだれがやる!」で、東京・台場の同局球体展望室「はちたま」に展示されるそうです。期間は7月18日から8月31日まで。
塗り替えが検討されているのは、エルミタージュ館の本館にあたる「冬宮」。エメラルド・グリーンの外観で知られるが、1764年の創設当初は薄い黄色だった。
冬宮の壁はその後何度も塗り替えられ、現在の色になったのは1947年。戦争からの解放感から、専門家の委員会で「明るく目立つ色にしよう」との意見が多かったためという。ただ、旧海軍省など周辺の歴史的建造物は薄い黄色が基調で、冬宮が調和を乱しているとも指摘されてきた。
そこで、同館は、創設250周年にあたる2014年に合わせ最初の薄い黄色に戻す方針を決定。ところが、これを知った市民から異論が噴出。インターネットでは賛否両論の激しい議論が起きているとのこと。
読売新聞。
共同通信より。
イタリア文化省は16日、不法に発掘され、日本の美術収集家に売却される寸前だった古代ローマ時代の大理石レリーフが押収されたと発表した。売却価格は50万ユーロ(約6600万円)が予定されていたという。イタリア紙コリエレ・デラ・セラが伝えたとのこと。
レリーフは古代の神ミトラスと雄牛を描いた2世紀ごろの作品で重さ1.5トン。ローマ郊外で発掘されたとみられ、その後、発掘した農家が干し草の間に数カ月隠し、売却先を探していた。
イタリアの法律では、文化財は発掘者が誰であるかにかかわらず政府の所有物となり、発掘者は政府への提出を義務付けられているが、農家はこれを行っておらず、日本への売却の仲介者を含め4人が送検されたとのこと。
産経新聞より。
共同通信より。
共同通信より。
田中一村(1908〜77)のスケッチなど約180点を県が年度内に、購入するとのこと。代表作の下絵とみられるスケッチなど貴重な作品という。奄美市の「田中一村記念美術館」に展示する予定。
購入する作品群は、一村と生前親交があった女性の所有。主に、鳥、魚、虫などの生物やスイセン、シダなどの植物、風景画、闘牛の様子などのスケッチ。代表作「クワズイモとソテツ」の構想段階の下絵とみられるスケッチも含まれているという。
毎日新聞。
共同通信より。
石川県輪島市の県輪島漆芸美術館は19日、嘉永3年(1850年)の年号が入った輪島塗では最古の漆精製用大鉢(クロメ鉢)が見つかったと発表した。室町時代に小産地化し、江戸時代後期に量産化が始まったとされる輪島塗だが、1910年(明治43年)の大火で、それ以前の漆器製作の道具類はほとんど残っておらず、貴重な資料という。
クロメ鉢は、小判型の曲げ物づくりで長径約90センチ、幅約75センチ、深さ約17センチ。底裏には、「嘉永三年」の年号や「河井町」の地名のほか、他の歴史文書にも登場する塗師(ぬし)(漆器商)「松九(松屋九兵衛)」の名前が墨書されていたとのこと。
ウルシの木から採取した生漆を、大型のクロメ鉢を用いて櫂(かい)でかくはんしながら、天日で精製する作業は、分業、量産化が進んだ江戸時代に始まったと考えられてきたが、年代を特定できる物的資料は見つかっていなかった。
読売新聞。
共同通信より。
明治期の伊勢神宮が描かれた大量の版木が、23日までに京都市の出版社、芸艸堂の蔵から発見されたとのこと。神宮司庁が発行した「神都名勝誌」を印刷した版木で、富岡鉄斎、川端玉章らが描き、職人が彫った絵が鮮明に残っている。
発見されたのは、縦約22センチ、横約45センチの版木約250枚で、両面にびっしりと絵や文字が彫られているとのこと。「神都名勝誌」は明治28年の発行で、伊勢神宮の由来や歴史、名産の赤福などとともに、新しい交通機関の鉄道や船の路線も紹介。伊勢旅行案内として人々に親しまれた。
産経新聞より。「9月19日から大阪歴史博物館で開かれる「伊勢神宮と神々の美術」展で、新発見の版木類が初公開される予定」とのこと。
共同通信より。
共同通信より。
共同通信より。
奈良市の平城京跡で、正倉院宝物に使われているのと同じ奈良時代の金銅製の花形鋲1点が出土したことが23日、分かった。このほか、折れ曲がるなどした丸い銅鋲約30点も確認。奈良市埋蔵文化財調査センターは「調度品などに使われていた銅鋲を、リサイクルしようとしていた可能性も考えられる」としている。
同センターによると、丸い銅鋲の多くは頭部分の直径約1.3センチ、長さ約2.5センチ。金が施された花形鋲は頭の直径約1.2センチ、長さ約2センチで、6弁を持つ。こうした鋲は正倉院宝物の収納箱や厨子などに使われ、装飾性が高い。今月新たに見つかった交差点跡近くで出土した。交差点跡は東西の「五条条間北小路」と南北の「四坊坊間東小路」が交わる地点とみられるという。
産経新聞より。
共同通信より。「ジョークのつもり」と本気で思ってたとしても逃げ口上だとしても何だかなぁという。
共同通信より。「作品は7月4日から8月16日まで東京芸術大学大学美術館の「コレクションの誕生、成長、変容−芸大美術館所蔵品選」で一般公開される」とのこと。
共同通信より。
共同通信より。






topback