2007年
04/01 「吉野」描いた最古の屏風が見つかる 京都国立博物館
京都国立博物館は31日、尾張徳川家に伝わり、1940年代から所在不明になっていた狩野派の屏風絵「吉野山風俗図屏風」が見つかったと発表した。同博物館は「最古の吉野の風俗図」としている。
屏風は縦1.5メートル、横3.4メートルの六曲一双。奈良県・吉野山の金峯山寺や修験者などが描かれているとのこと。米国で購入した収集家が約2年前に同博物館に寄託していたという。
吉野山の風俗図は1594年に豊臣秀吉が花見をした様子を描いた「吉野花見図屏風」(細見美術館所蔵)が最古とされてきた。今回の屏風はさらに古い時期の伽藍配置で、狩野元信(1476〜1559)以降の絵師が描いたという。
読売新聞。
文部科学省の「これからの博物館の在り方に関する検討協力者会議」(主査・中川志郎茨城県自然博物館名誉館長)は、専門性が高い「上級学芸員」(仮称)の資格創設を盛り込んだ中間報告をまとめたとのこと。上級資格を作ることで、博物館の研究レベルを向上させるのが狙い。5月に最終報告を策定し、文科省は具体的な検討に入る予定。
中間報告では、高い専門性を持ち、博物館活動の実績を持つ「指導的な学芸員に対する上位の資格」として、上級学芸員の創設を提言。学芸員のうち、7年程度の実務経験や一定の業績を条件に資格を与えるとしている。また、博物館法に基づく登録博物館制度の見直しも提唱したとのこと。登録されていない博物館の数が登録館の約5倍に達しているため、登録基準の緩和を含めた法改正も提言した。
読売新聞。関連記事:スクラップ2007年6月15日 博物館法改正その後(2008年8月30日付朝日新聞)
解体が5日午前、始まったとのこと。著しく劣化した壁画を石材ごと取り出して、修理、保存処理する。石室は16個の石材で構成されるが、この日は天井北端の石材が取り外されたとのこと。
取り外された石材は、幅160センチ、長さ102センチ、厚さ47センチで、重さは1トン以上。側面に特殊な布でできたベルトを巻き付けて亀裂のある個所がはがれ落ちるのを防止。その上で、石材を両側面から挟み込みボルトで締める器具を装着し、クレーンでつり上げたとのこと。
時事通信。取り外された天井石は、他の石材と接した部分にカビが生えていたそうです。
小川芋銭(1868〜1938)の代表作の一つで、100点の絵からなる大作「河童百図」のうち、23点が現存していることを茨城県立歴史館が新たに確認した。
百図は画商・島田勇吉の依頼で1930年代に制作。当時の画集は今も残っているが、肝心の作品は戦争の混乱とともに散逸した。このため同館の学芸員が、全国の画廊で開催された展覧会情報などを基に調査を実施し、十数年かけて所在を突き止めたとのこと。23点はいずれも個人所有。
毎日新聞。「美術館や博物館、自治体が所有する他の22点と併せて10〜11月に特別展を開催する予定」とのことです。
石室解体が進められている奈良県明日香村の高松塚古墳(7世紀末〜8世紀初頭)の北側の壁石の背面全体が、カビで真っ黒の状態だったと、文化庁が11日発表したとのこと。この北壁石は石室側に玄武が描かれており、今月中旬に取り外される予定。
これまで、石室内のカビは処理を重ねてもなくならず、発掘担当者は「北壁石背面のカビが絶えず石室内に影響していたのではないか」と話している。
時事通信。
神奈川県立金沢文庫は12日、運慶の「大威徳明王坐像」内部から仏舎利が込められたハスの実が見つかったと発表した。
ハスの実(長さ1.7センチ)は和紙に包まれて入っていたとのこと。片方の端は切り取られ、ヒノキ材の栓をしていた。東京文化財研究所がX線撮影したところ、中心に直径1〜2ミリの円形の塊が確認された。仏像に魂を込めるため、ハスの実をくり抜いて入れられた仏舎利で、水晶とみられる。
容器はガラスや金属製が見つかっているが、小さなハスの実をくり抜いたものは初めて。仏像内からは東南アジア原産の香料クローブやビャクダンの粉も見つかったとのこと。
毎日新聞。スクラップ2007年3月20日の続報です。仏像と納入品は「特別展 金沢文庫の仏像」にて公開されるとのことです。会場は神奈川県立金沢文庫、会期は4月19日〜6月10日
17日、文化庁は四神の一つ「玄武」が描かれた北壁石を取り出し、無事、隣接する準備室への移動に成功したとのこと。石材の取り出しは今月5日の北端の天井石以来2石目で、壁画の描かれた石が初めて石室の外に出た。
北壁石は幅約147〜151センチ、高さ約116センチ、厚さ約31〜50センチ。東西の側石とは「合欠(あいか)き」と呼ばれるカギ状の切り込みで接合されており、床石とのすき間には倒壊防止用とみられる小石が詰められていた。また、北壁石の北西部分2カ所で大きな亀裂が見つかったとのこと。
毎日新聞。
高松塚古墳の西壁に描かれた飛鳥美人と呼ばれる女子群像で、黒いカビが拡大していると、文化庁は18日発表した。17日の北壁石取り外し後に石室内を撮影した写真を調べたところ判明したとのこと。
同庁によると、飛鳥美人の壁画の向かって右上、4人の女子像のうち最も左の人物の黄色い服の左肩など少なくとも3カ所で、昨年12月に調査した時より黒いカビが拡大していた。他の壁画でもカビが拡大している可能性があるという。
時事通信。
高松塚古墳で、東壁に描かれた女子群像周辺でも黒いカビが拡大していることが18日、分かった。文化庁が発表した。同日午後、西壁の女子群像の黒いカビとともに、可能な範囲で除去、殺菌したとのこと。同庁によると、東壁でカビの拡大が確認されたのは5カ所。壁面の下半分に多く、絵が描かれた部分では確認されなかったとのこと。
時事通信。
朝日新聞より。
東西両壁や搬出された北壁から、石材加工の際に付けられた目印の朱線が見つかったと、文化庁が20日、発表した。
北壁の搬出に伴い、露出した東西両壁を調べたところ、東壁の側面(厚さ45センチ)で、上から下にまっすぐ延びる朱色の線を長さ約15センチ分確認。西壁の側面(同37センチ)でも同様の線が見つかったとのこと。いずれの朱線も、石室内面から21センチ外側に引かれ、当時の尺度で7寸に相当。設計図に基づき、竹のヘラのようなもので引いたと推定される。北壁の底面でも、合欠部分に朱線が引かれていた。
一方、床石では、壁石と正確に組み合わせる工夫として、壁石を据え付ける部分だけ高さ3センチ分削って段を設けていたことが判明。床石の周囲には凝灰岩片が散乱していることから、平坦な床石を墳丘に並べた後、段差部分は現地で加工したとみられる。
産経新聞。
朝日新聞より。
国宝壁画保存のため石室解体中の高松塚古墳で文化庁は23日、天井石同士の継ぎ手(合欠=あいがけ)がずれたり、継ぎ目を埋めるしっくいが塗られていない個所があり、天井にすき間ができていたと発表した。古墳築造時の「古代人による施工ミス」とみられる。
壁画発見時、東壁「青龍」の一部が茶褐色に汚れていたが、同庁はこのすき間から雨水や地下水が浸入したとみている。
しっくいが塗られていなかったのは北から2番目と3番目の天井石の間。「青龍」の尾の真上に当たる場所の天井石の間に5ミリから最大1.6センチのすき間が開いていたとのこと。
日経新聞。
レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452―1519)が「モナリザ」のモデルにしたとされる女性、リザ・ゲラルディーニが住んでいた家と生家の住所が、イタリア研究者の調査で判明したとのこと。ともにフィレンツェ市の中心部。ANSA通信が23日、伝えた。
研究者はジュゼッペ・パランティ氏で、1月にリザの埋葬地を特定したばかり。当時の遺言状や契約書を分析した結果、リザは16歳で結婚してから死亡する2年前までの1495―1540年にかけ、ドゥオモ(大聖堂)近くにあるストゥーファ通りの屋敷に住んだ。裕福な商人だった夫の家は、1階の一部を有名なパン屋に貸していたことも分かった。
生家は、ピッティ宮殿近くの小道スグアッツァ通り沿いで、地方の小貴族だった父親が大家から賃借していた書類から分かった。いずれの建物も現存していないとのこと。
日経新聞。ダ・ヴィンチ展開催してますし。
石室から取り外された北から2番目の天井石は26日、古墳から約750メートル離れた修理施設に運ばれたとのこと。文化庁によると、この天井石には7つの星座が描かれているが、星を表す金箔などに剥落はまったくなかったという。
修理施設の搬入室で殺菌した上で修理作業室に運び、今後10年程度かけて修理、保存処理される。
時事通信。「石には全長1.2メートルを超す亀裂があり、最大の難関とみられていた」(4月25日付日経新聞)が、無事に取り外せた模様。 「飛鳥美人」搬出は5月10、11日とのことです。
ゴッホの作品とされる油絵が、クロアチアの首都ザグレブにあるミマラ美術館で見つかったとのこと。27日までに、これまで知られていなかった作品とオランダの専門家が確認した
時事通信。






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