三遊亭圓生音源データ

佐々木政談−1

1.TS-02616B2

2.不明,QR

3.25:33

4.無し

5.出囃子 正札附

えー、ェーッ、昔からこの、名を残すと言う事を申しますが。人間は、アーッ、名前の残る様な事を、ォッしなければいかんとおっしゃった方がございますがまァこの、えー徳と言うものが無いと、名は残らないと申しますが。名奉行と言うと、ォーッこらァもうどなたも御承知なのは、ァーッ大岡越前守と言う方で、えー他に名奉行が無いと言う訳ではございませんがまァ、名裁きと言うとみな、ァッ大岡政談にするという、まその方に、ィッお徳と言うものがあるのでございましょうが。嘉永年間に南の町奉行へ、佐々木信濃守と言う方が、職につきましたが、この方は誠に活発な方で、エッヘン、えー、お調べも上手い人だったそうで。非番になりますと色々に姿を変えては、市中見回りと言うので、今日も田舎侍と言う拵イ、小紋の短い羽織を召しまして、伴を一人連れて役宅を出ます。えー今あの朝日新聞の本社がございますが、数奇屋橋御門口と言う、あれがまァ、アー、昔の、南の町奉行でこざいましてこれから、銀座の方に出て来まして、でその時分で別に銀ブラをするてぇ訳でもありませんで、あちらこちらと、町の様子を見ながらこォう、何か事件は無かろうかと言うので、えー歩いている。子供が大勢ぞろぞろぞろぞろ出て参りまして、手習いの帰りと見えて、中で十二三の子供が荒縄で二ァ人こう、結わいられておりまして。でェ先ィ棒を持った者が、立ちまして、「ほうほう、寄れ寄れ。邪魔だ邪魔だ寄れ寄れ」……

6.1975〜1977年頃のQRの録音と思われるが、記録を逸している。

7.QR 放送録音

8.客が極端に少ない会場での録音である。

佐々木政談−2

1.TS-02674B1

2.1979.1.16,TBS,国立小劇場,落語研究会第129回

3.34:37

4.無し

5.出囃子 正札附

えー、ェーッ、昔からこのゥ、ァーッ名を残すと言う事を申しますが、ま人間は、ァーッ名が残ると言う事は、こりゃァ名誉でございますがしかしまァ、その方の徳と言う物が無いと、ァー残らんてぇ事を申しますが。えー名奉行と言うと、ァーッ、大岡越前守と言う方が、こらァ一番売れておりまして。ウーン、京江戸大阪三箇都と申しますが、えー京都(きょうとう)は、所司代と言うんだそうですが、これが一番勤めにくいと言う。……  ……<所司代〜京都八瀬の守名〜手先に大小追加一本〜与力の賄賂>……  ……えー、嘉永年間に南の町奉行へ、佐々木信濃守と言う方が職につきましたが、調べのお上手な誠に活発な方で、これはどうも甚だ良ろしくない風習であるから、こういう事は、絶対に止めさしたいがどうも、正面を切って賄賂(まいない)を取るなとも言えないから何か、意見をする様な事は無いかと、御非番の時には色々、姿を変えて町を見回ると言う今日も、田舎侍と言う拵イで小紋の短い羽織を召しまして、三蔵と言う伴を一人連れて役宅、只今あの朝日新聞の本社がございます、えー数奇屋橋御門口と申します、あれから銀座ィ出て来たんで、別に銀ブラをしようなんてぇ訳じゃ無いんでしょうが、あちらこちらと町の様子を見ながら歩いていると、子供が大勢ぞろぞろぞろぞろ、手習いの帰りと見えて、二ァ人子供が両ねを、両手をこう結わいられて。縄を持った子供が手先と見えましてね。先へ棒を持った者が立って、「ほうほう寄れ寄れ。これこれ、邪魔だ邪魔だ寄れ寄れ」……

6.国立の研究会の録音。国立での口演はこの1回のみである。

7.TBS・TV 落語特選会 放送録音 1979.3.28

8.

佐々木政談−3

1.TS-02748A2

2.(1968.3.3),TBS,東商ホール,「落語名人会」

3.24:30

4.無し

5.出囃子 正札附

えー、ェッ、昔からこの、ァーッ名を残すと言う事を申しますが、ま人間名が、ァーッ残ると言うのは、徳と言う物が無いと、ァーッいけないと申しますが。まァ名奉行と申しますと大岡越前と言う方が、一番名前が売れておりますが、ァーッ他にまァ名奉行が無かったと言う訳ではございますまいが、えーやはりまァ、ァーッ、お偉い事もお偉いが、それだけの徳と言うものがあったんでございましょうが。(カット)ウーン、お奉行様の下を、お勤めンなりますお役は、与力でございますそれから、同心手先と言う。でこの与力と言う者は、今で言うと、えーまず、警視と言う様な、お役柄でございましょうが大変幅の利いたもんだそうで。大阪には天満与力と言う、大塩平八郎なんと言う偉い方が出ておりますが、江戸は八丁堀にお屋敷がございましたので、八丁堀の旦那方と言う。巻羽織に雪駄履きと言うので、手先を連れて来ると、姿を見ただけでブルッとこの震え上がったと言う。ところがどうも余り権力があった為に賄賂(まいない)を取って困ったそうで、賄賂袖の下、コンミッションなんと言う。なんだァ、ァーッ風邪薬の様な名前が付いておりますが。これをどうも余り酷くやり過ぎて、追い追い悪弊が激しくなりまして、南の町奉行へ、佐々木信濃守と言う方が職につきましたが、調べのお上手な活発な方で、どうもこれは甚だ良ろしくない事であるから、賄賂を取る事は止めさしたいがどうも、正面を切ってお前たちは賄賂を取っちゃァいけないとも言いにくい、何か、意見をする様な種が無いかと、非番の時には色々に姿を変えて、市中を見回ると言う。今日も田舎侍と言う拵イで、小紋の短い羽織を召しまして、伴を一人連れまして役宅、只今のあの朝日新聞の本社がございます、数奇屋橋御門口と言う、あれから銀座ィ出て来まして、あちらこちらと町の様子を見ながら歩いている。子供が大勢ぞろぞろぞろぞろ、手習いの帰りでございましょうが十二三の子供が二ァ人こォう前で、荒縄で、結わいられて、縄を持った子供が手先と言う心持ちで。棒を持った者が一人先ィ立って、「ほうほう、寄れ寄れ。邪魔だ邪魔だ寄れ寄れ」……

6.TBSの公開録音であるが、時間調整の為、(カット)の位置で枕がカットされている。

7.TBS・R 落語名人会 放送録音 伊東氏ライブラリー→佐藤氏ライブラリー

8.元テープの保存が悪く多少音飛びが生じている。

佐々木政談−4

1.TS-02774A2

2.1974.1.30,東横劇場,東横落語会第157回

3.32:08

4.To.TY-60036,ZF20-409(CT)

5.出囃子 正札附

えー、ェッ、昔からこの、人は名を残すと言う事を申しますが、これはなかなか徳と言うものが無いと、ァーッ名は残らないと申しますが。えー、お奉行様で、名前の残りましたのは、ァーッこらァもう何と言っても、大岡越前守と言う方が、名奉行と言うので、ェーッ名前を残しておりますが。別にまァ、大岡様だけが、ァーッ名奉行と言う訳では無いのでございましょうがやはり、ェそこに徳と言うものがあって、名前が残ると申しますが。お奉行様と言うものはなかなか、ァッお勤めの難しいもので、京、大阪、ァッ江戸、これを三箇都と言ったそうで。京都(きょうとう)だけは、ァーッ、奉行ではなく所司代と申しますが、これが一番、勤めにくいと言う。……  ……<所司代〜京都八瀬の守名〜与力の賄賂>……  ……ェ嘉永年間に南の町奉行へ、佐々木信濃守と言う方が職につきましたが、これは調べのお上手な活発な方で、どうもこれは甚だ悪い、悪弊であるから、どうかして止めさしたいと思ったが、アーどうも正面を切ってお前たちは賄賂を取るなとは言えませんので、何か、意見をする様な事が無いかと言うので、非番のになりますと色々に姿を変えては、市中を忍びでこの、えー方々、回って歩きます。今日日も田舎侍と言う拵イで、小紋の短い羽織を召しまして、伴を一人連れて役宅、えー数奇屋橋御門口と言う、あれから銀座の方へ出て来まして、まその時分で別に、ェッ銀ブラをするてぇ訳じゃァ無い。あちらこちらと、町の様子を見ながらこう歩いて来ると、子供が大勢ぞろぞろぞろぞろ、手習いの帰りでございましょうが中で十二三の子供が、荒縄で二ァ人こう両手を結わいられて。縄を持った子供が手先と言う心持ちで、棒を持った者が一人先ィ立って「ほうほう、寄れ寄れ。邪魔だ邪魔だ寄れ寄れ」……

6.東横落語会の録音。ホールで演じた時のものには、所司代や八瀬の守名と言った枕が入っ  ている。

7.To.TY-60036 DISC COPY

8.

佐々木政談−5

1.TS-02901A

2.?,NHK

3.29:24

4.東京音楽工業.CR-1441(CT),Po.20CN-6624(CT),POCN-1096(CD)

5.出囃子 正札附

えー、ェーッ、昔からこの、名を残すと言う事を申しますが、人間はこの、ォーッ後ィ何でも名前が残ると言う事は、ま人間として、ェーッこの位いい事はございませんがしかしまァ、徳と言うものが無いと、名前が残らんてぇ事を申しますが。ァーッ昔からこの、オーッ、名奉行と言うと、大岡越前守と言う方が、ァーッ一番売れておりましてね、えー、何政談と言うとみんなこの、ォーッ大岡裁きで、ァ大岡様ばかりが、ァーッそう、オーッ一人で、何でもやれると言う訳ではございませんまァ他に、名奉行と言う方も幾らもございますが、まその方に、ィッ徳と言うものがありますので、みんなまァ大岡政談なんと言う事になったんだそうですが。えーお奉行様と言うものはなかなかこの、ォッお勤めの難しいものでございまして。京、江戸大阪、これを三箇都と申します。えー京都(きょうとう)だけは、ァーッ奉行ではございません所司代と申しますが、これが一番やりにくかったそうで。……  ……<所司代〜京都八瀬の守名〜与力の賄賂>……  ……この時に、えー南の町奉行へ職に就きましたのが佐々木信濃守と言う方で。どうもこれは甚だ良ろしくない事であるから、えー以後は、こういう事は絶対に止めさしたいがどうも正面を切って、お前たちは賄賂を取っちゃァいけないとは言えないが何か、よそながらに意見をする様な事が無かろうかと、非番な時には色々に、姿を変えて市中を見回ると言うので、今日も田舎侍と言う拵イで、小紋の短い羽織をお召しンなりまして伴を一人連れて役宅、数奇屋橋御門口と言う、あれから銀座の方へ出て参りまして、まその時分ですから別に、ィッ銀ブラてぇ訳でも無いんでしょうが、あちらこちらと、町の様子を見ながらぶらぶらぶらぶら。と向こうから、子供が大勢ぞろぞろ出て参りまして。手習いから帰りと見えて、十二三の子供が荒縄で二ァ人こう、前で両手を結わいられて。縄を持った子供が、ァッ棒を持ちましてね、先ィ立った者が「ほうほう寄れ寄れ。おう、邪魔だ邪魔だ寄れ寄れ」……

6.NHKの音源であるが、録音日は不明。東京落語会の録音では無い。初めは店頭干しのカ  セットで出たが、後にポリドールから正式に出ている。

7.東京音楽工業.CR-1441 CT COPY

8.

佐々木政談−6

1.TS-12572A1

2.1966.11.27,(1966.11.28),TBS,東商ホール,「落語名人会」

3.28:29

4.Te.TETR-20042(CT),TECR-20042(CD)

5.出囃子 正札附

えー、ェーッ、昔からこの、名を残すと言う事を申しますが、まァ人間このァーッ徳と言う物が無いと、名は残らないと申しますが。ァーッ名奉行と言うと、大岡越前守と言う方が一番、アー売れておりますが、えー確かにまァ優れた方ではございましょうが他に、名奉行が無いと言う訳ではございません。まァ有名な方が幾らも他にございますが。えー大体このお奉行様と言うものは大変、お役の難しいものだそうで。京江戸大阪、ァッ三箇都と申しまして、ェー京都(きょうとう)は所司代でございますが、これが一番勤めにくいと言いまして……  ……<所司代〜京都八瀬の守名〜与力の賄賂>……  ……えー南の町奉行へ佐々木信濃守と言う方が職に就きましたが、調べのお上手な活発な方で、どうもこれは甚だ良ろしくない事であるから、自分から意見をして止めさしたいがどうも、正面を切ってお前たちが賄賂を取ってはいかんとも言えませんので何か、意見をする様な事が無かろうかと、非番になりますと色々姿を変えて、市中見回りると言う。今日も田舎侍と言う拵イで小紋の短い羽織をお召しまして伴を一人連れて役宅、只今のあの朝日新聞の本社がございます、数奇屋橋御門口と言うあれから、銀座の方へ出て来ます。その時分で別に、ィッ銀ブラてぇ訳じゃ無いんでしょうが、あちらこちらと、町の様子を見ながら歩いて来る。手習いの帰りと見えて、子供が大勢ぞろぞろぞろぞろ出て来る。十二三の二ァ人子供が、荒縄でこう、両手を前で結わいられてね。縄を持った者が、ァッ先ィ立って、棒をも、持ちまして「ほうほう寄れ寄れ。邪魔だ邪魔だ寄れ寄れ」……

6.オリジナルの放送録音を野口氏が所持されていたが、放送分には少々カットがある。

7.Te.TETR-20024 CT COPY

8.

佐々木政談・解説

落語に出て来る子供では、「真田小僧」と双璧な利口な子供である。圓生師はあまり子供の演出を得意としていない様であるが、この「佐々木政談」や「真田小僧」「位牌屋」などの子供は圓生師にはまっている様に思う。圓童時代は結構この噺に出て来る様な子供ではなかったかと、妙な想像をしてしまう。名奉行は大岡越前守に奪われると枕でも出て来るが、確かに落語でも大岡越前守はしばしば登場する。「大岡越前」「遠山の金さん」はテレビにも登場しているが、この佐々木信濃守はテレビにも登場しないマイナーな名奉行なのであろう。圓生師は比較的早いうちからこの噺は手掛けていた為か、残された録音は年代の相違こそあれほぼ演出に変化が無く全てのテイクが安定している。6本の録音が手元にあるが、他に「圓生百席」のものが未入手で残っているので、合計7本の「佐々木政談」を現在確認している。

時代設定:寛永年間。

舞台:銀座界隈、新橋竹川町高田屋綱五郎宅、南町奉行所。

登場人物:佐々木信濃守、伴三蔵、桶屋高田屋綱五郎、伜四郎吉、四郎吉友勝っちゃん他、家     主太兵衛、長屋五人組、与力衆。

ベストテイク:「佐々木政談…2」。晩年の国立の安定した高座である。

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